嵐電天神川山ノ内そして西大路三条

 

嵐電天神川…副名称は右京区総合庁舎前。「SANSA右京」に入居する右京中央図書館は京都市で一番大きな図書館で、約3000㎡の広さと、約30万冊の蔵書がある。

 嵐電天神川は、地下鉄東西線の延伸でH二十年にできた、鹿王院駅に次いで五十二年ぶりの中間駅らしい。

 

山ノ内…この付近の土地は、元は天台宗延暦寺の寺領であって、比叡山の飛び地、つまりその山門に属していた土地、山内(さんない)の土地というところから付いた地名である。

 ※山王神社~日吉大社の神霊を分祀したのが由来

 

 

 写真は、山ノ内の停留所。道路幅が狭いからか、プラットホームの幅は、測ると六十㎝ぐらいしかなかった。しかも、かなりの段差がある。

 一般車道を走る嵐電は、かつてさまざまな路線を走っていた市電を思い起こさせる。全廃になったのが、かれこれ40年ほど前だから、五十未満の年齢の人には、市電そのものの印象が薄いかもしれない。

 嵐電は、僕に、ノスタルジーを喚起させる。徐々に遠くなりつつある昭和という時代の。

 

西大路三条…三条の町入口と呼ばれていたことから旧駅名は「三条口」という。秀吉がめぐらした洛中と洛外を区切る御土居(おどい)のあったところであり、町(洛中)の入口に当たることから、三条の町入口と呼ばれていたと伝えられている。

 

 

 今の京都の町なみがつくられたのは、平安京がおかれた大昔ではなく、秀吉以降といわれている。秀吉が城郭都市を目指しめぐらした御土居の開口部がいわゆる一般的な「京の七口」だが、図のように七つでもないし、箇所も一定ではなく時代によって推移したようである。今日でも、鞍馬口、荒神口、丹波口などの地名が残る。

 三条口は歴史的には粟田口を指すから、旧駅名の三条口は、嵯峨道に連なる西三条道なのだと思うのだがどうだろう。

 御土居の旧跡は、各所の「土居町」などの地名や、たとえば大宮交通公園のなかとか平野神社、鷹峯など数か所ににその名残を見つけることができる。

 

 (上:玄琢下)                          (下:堀川通沿い)