(福井県小浜市 西小川の月)

 

㉑(平成三〇年一月二十二日)

 

 昨年から教え子たちの同窓会が続いた。方や齢四十七になろうとする、そして今年「成人の日」を迎えた二十歳の子たちの。彼らの年の差のなかに、僕の人生も横たわっている。 前者の彼らが中学校を卒業した数年後に僕は教師を辞めている。僕自身の試行錯誤のなせるせいなんだと思うが、辞めた直後、初めて僕は後悔という語句を知った。ひと月間を悶々と過ごした。覆水盆に返らず…。 その後の十数年間は、主に小中学生の学習を助ける仕事にたずさわったが、十四年前に、縁あって再び中学校の教壇に立った。冒頭後者の彼らは、その時期の教え子たちだ。途中の一年間だけビジネスホテルのフロント業務に就いたが、他は一年契約の講師という立場で、全て担任をさせてもらいながら今日に至っている。一介の教師であること、それがささやかな僕の矜持(きょうじ)なのかもしれない。弱音を吐きたくはなかったし、自分を不遇と思ったり、ましてやそれを人の所為(せい)にしたりはしたくなかった。僕は、ほかならぬ僕の人生を歩んできたのだから。

 

現追記:でも、講師の給料は安かった。退職金は一年ごと。当然、年金にも差が生じる。そんなことは若い時には思いもしなかった。そうだからだけではないだろうけれど、よくも悪しくも転職することなしに勤め上げる教師が大勢いることに、今は合点がいく。

 

㉒(平成三〇年二月二十六日)

 

   「平常心 是れ道なり」   (平素の心がけそのものの中に道がある)

 

の言葉を、私学受験や公立前期受検の前に掲げようと思っていたのだが、現実は予期せぬことが生じたりして、「平常心」を保つことがいかに難しいかを痛感させられた。そのひとつが、学年を襲ったインフルエンザ。私学受験では、熱を出しながら別室で受験をしたり、一、五次の試験に回してもらったりと、実に慌(あわ)ただしかった。それでも試験結果を含めて何とかなったのは、やはり君たちの平素の心がけかなとも思う。

 今年の受験シーズンは、ちょうどピョンチャンの冬季オリンピックと重なった。君たちが、自分の高校受験を生涯の記憶の中に思い起こすとき、きっと、フィギュアスケート羽生結弦選手の金メダル獲得なんかも併せて残るのだろう。(その日、将棋では羽生竜王が中学生棋士藤井五段に公式戦で敗れた。同じ漢字の姓で、ハニュウとハブと読むのも面白い。)

 実力伯仲する選手たちに差をもたらすものに、よくメンタル面があげられる。ふと思う、「平常心、是れ道なり」はアイロニー、つまり「人は、なかなか平常心を保ち得ない」の反語なんだと。だから、我々が何か事を前にして、不安や焦り、恐怖などの感情を抱くことは極めて人として自然なように思う。それがマイナス方向に自分を追いやらないために、メンタルトレーニングや冒頭の言葉があるのだろう。そんな人間同士が戦うからこそ、スポーツや将棋などの勝負の世界も、時には予測できない結果をもたらし、また感動を与えたりもするのだと思う。

 人は弱さを持つ。それに対峙し、克服しようとするなかに、人の成長もあるように思う。同時に、己の弱さの認識は、他者への謙虚さを生む。

 

   「心の機微を知る」

 

この学年のみんなはとても優しいんだなと、この頃思う。もちろんいろんなぶつかりあいはあっただろうけれど、同じ空間・時間を過ごしたからこそ生まれたゆるやかな絆のようなものの存在を感じる。どこかでお互いを認め合っている、そんな気がする。それがデリカシーにつながり、「心の機微を知る」ことにもつながるのだろう。また、つながってもほしい。さあ、卒業式までもうあと半月あまりになった。私学の推薦・専願や公立前期試験で進路決定を得た人もいるが、一週間後の公立中期試験に向き合う人もいる。残りの期間、個々それぞれが自分の成すべきことを理解し、行動して欲しい。この仲間で在ることは、二度とない。共に在ることを慈しみたい。

 

(小浜港にて)