前から気になっていたので
出かけてきました![]()
ご自由にお入りください~ は~い
そうします![]()
この旧文部省舎は昭和8年にできたとか
まわりは近代ビルの中
ここだけは昭和のレンガ造り
中に入ると
3F展示室までの廊下は赤いじゅうたん敷
文部大臣室が昭和8年の写真通り
復元されていました
床は当時のまま、木でモザイクされたおしゃれな床
3年前までシャンデリアに取り替えてあったものを
昭和8年の当時のアールヌーボー調のシンプルな照明に戻したとか
この大臣室で、はじめて執務した大臣は
鳩山一郎大臣
この大臣室で、最後に執務した大臣は(平成15年まで)、
川村健夫大臣
この建造物は、昭和20年の東京大空襲で被害を受けなかったので
当時のままで保存することができたとか
法務省はドイツ人のベックマンらが図案を描いたのだけど
ここは、大蔵省・(えいぜんかんさい局)が設計し (←漢字不明
)
大林組が作ったのだとか
創建時から、日清日露戦争の体験も活かし
屋根には70cmの耐弾層を作ってあるのだそうです
耐震も、大正12年関東大震災に学び
しっかりと作ってあるのだとか
(大林組が、当時そのように考えて施工したとは感心です!!!)
さらに世界大戦中の昭和17年には
1トンに耐えられる防空監視所を屋上につくり
昭和50年まで残っていたとか
↑・・・・これなら満足できるな![]()
↑・・・エ~ッ
ミルクと味噌汁? 液体だけ?!
おいしそうな品揃えに変化しましたね~![]()
ビデオ上映もありました『教室体験シアター』
小学校の机でみれます
(いつでも
水筒がお供です♪)
~~~この展示コーナーのまとめです~~~
士農工商の身分制度がありましたから
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江戸時代→ 庶民の子『寺子屋』、武士の子は『藩校』で学びました
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明治時代→ 寺子屋・・・お寺や農家を借りて授業したとか
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明治5年→ 『学制』発布・・・身分に関係なく勉強ができる法制度に変わりました
(しかし、農家の子は、子守などをしなきゃならなかったので、就学率は3割でした)
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明治19年→ 『義務教育制度』開始
□
明治33年→ 授業料が無料
□
明治45年→ 98%の就学率となりました
わずか40年でほとんどの子らが教育を受けれるようになりました
さらに一般の子らが無料で上級教育を受けるためには
師範学校へ進学した後、教育者になることが条件で勉強を続けることができました
□
大正時代→ 教育が普及したため、児童文化が開花し
芥川龍之介などの文庫がよまれるようになりました
この大正時代に、交流試合など部活動が行われるようになりました
世界大戦中の
□
昭和19年→ 『集団疎開』をしました・・・小学校3~6年生が
田舎へ疎開したそうです
はじめは修学旅行のつもりでワクワク出かけたものの
なかなか帰れる状況ではなく、食べるのもやっとだったそうです
環境が不衛生だったので、しらみが湧くのがとっても嫌だったとか
昭和20年ポツダム宣言受託すると
子供達は、生まれた時から戦争だったから
戦争が終わるという意味がわからなかったらしい
□
昭和36年頃→ 『ハイタレント、マンパワー』の教育がなされるようになる
(国家経済対策としてとられた教育政策)
加熱する受験競争から、校内暴力などのゆがみが生じはじめた
□
平成→ ゆとり教育
自分で考えることができない傾向がではじめた
□
平成21年4月→ 『生きる力』をはぐくむという教育
さまざまな問題に積極的に対応し、解決する力を養いたい
だれでも、時間に拘束されないでお勉強ができる
『放送大学』 =海外では『オープン・ユニバーシティ」と呼ばれ
遠隔教育を受けている現在の人口は9千万人いるとか
放送大学の使命 =教育を広げ社会に貢献することを目的とする![]()
昭和60年から放送開始
平成10年から全国放送 現在8万人の在学生![]()
平成20年から韓国放送通信大学と提携
教育は社会をうつす鏡であり
行き過ぎた点を反省し
人づくりをすることが国の基本
しかし
学校で学ぶ以前に、家族で学ぶことがたくさんある・・・・・・・
こんなことを、情報ひろばで見てきました
平日いつでも無料です





