小石川後楽園庭園へ
水筒もってお散歩に出かけました![]()
秋晴れのお天気で、のどがとっても渇きました![]()
鯉たちに餌をあげました![]()
黒い鯉がたくさん集まってきました

ぶひッぶひッ~と音をたてて餌の取り合いです!豚みたいな音でびっくりします![]()
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ここの庭園は、2尾赤い鯉と、亀数匹、鴨が2羽 住んでいるみたい![]()
赤い鯉も寄ってきましたよ![]()
初代水戸徳川家・徳川頼房が作ったお庭とか
(水戸黄門様光圀(1628~1700)のお父様
デス)
近江・琵琶湖をイメージして作られたとか うつくしい![]()
明が滅亡の時、明の儒学者・朱舜水(1600~1682)が
日本に亡命してきていて
光圀に強い影響を与えたそうです
だから?日本ではじめてラーメンを食べた人は
水戸黄門さまといわれるのでしょうか~
(←ラーメン博物館で読みました)
当園の名前は、朱舜水が『岳陽楼記』から引用し
1629年『後楽園』と名づけたそうです
朱舜水が日本で住んだ終焉の邸宅は
今の東京農業大学がある場所
朝廷に追われ、江戸城から追い出された
徳川慶喜は、5年ほど巣鴨で暮らした後は
小石川後楽園のすぐ近くにある
今の仏教大学のある場所を、終焉の邸宅にしたそうです
水戸徳川家は
大名の中で数少ない定府(じょうふ)様(←江戸住まい)だったので
将軍を補佐していた→ だから
後の世で、『天下の副将軍』 と呼ばれるようになったのだとか
こんな素敵な石橋もありました
朱舜水の指導で、駒橋嘉兵衛がつくりました みごと![]()
水面に写る橋の影が、満月に見えることから(← うまく影がとれていません
)
『円月橋』という名です
あまりにみごとな橋だから
8代将軍吉宗は、江戸城吹き上げの庭に
同じものを作ろうとしましたが、遂に果たせなかったそうです(← 技術?のせいかしら)
庭園の中には
田んぼもありました
意
水戸黄門かかしが、黄金色の稲穂を守っていました
花菖蒲に、稲田、藤棚、梅林、枝垂桜、
季節折々に楽しめるようです
とてもきれいに管理されていました
庭園のイチョウは、もう実をポチポチと落としていました
銀杏のにおい~~~
秋の香り






