浮世の暁 -10ページ目

浮世の暁

リアクションモードで生きる

仏教の教えからは、昨年は般若心経を中心にいろいろ学んでいましたが、


最近は、原始仏教から、よりリアルな釈迦の教えに親しみを感じています。



原始仏典 』 というわかりやすい文庫本があり、それを時々読んでいます。


原始仏典は人間としての釈迦の教えを知ることができ、生活にも活かすことができると思います。


たとえば、254~255ページには、


「たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。「快楽の味は短くて苦痛である」と知るのが賢者である」


「貪っている人々のあいだにあって、患い無く、大いに楽しく生きよう。貪っている人々のあいだにあって、貪らないで暮そう」


とあります。




宗教っぽさもなく、どこか現実離れしたスピリチュアルとも違う。


生活に根差していて、身近に感じられます。

ホ・オポノポノについてです。


このブログで詳しく書くのは初めてかも・・・。



手元にある本は、

・『豊かに成功するホ・オポノポノ

・『さとりのホ・オポノポノ

の2冊。


『豊かに~~』 は、たしか447さんが挙げていたので、それを見て選びました。

『さとりの~~』 は、本屋に行ってたまたま見つけたのを購入。





さて、『さとりの~~』 の第十二章(89~93ページ) を読んで、


「ああ、やっぱりそうだなあ」 と感じたこと、納得したことがあります。



要約すると、


ホ・オポノポノでクリーニングを実践しているうちに、潜在意識は自動的にクリーニングをしてくれるようになるが、そのためには、次から次へと違うメソッドを学ぶのではなく、1つに絞って実践し続けることが必要である。なぜなら、いくつもメソッドを選んでいると、潜在意識はどれを使って解決してよいかわからず、機能しないから。


といったところです。



実際、ホ・オポノポノだけで数日間過ごしてみましたが、


疲れて帰ってきた後の外出時でも、足取りも心も軽く感じられましたし、


なんとなく安定した安心感を抱いていられますね。





そういえば、少し前にたまたま見かけた掲示板の書き込み にも、同様のことが書かれていました。

その人は、ある1冊の本のみを熟読して実践した、とのことです。






これまで、あれこれいろいろなメソッドを学んで自分なりの世界観を構築してきましたが、


それはそれとして、シンプルで一本筋の通った生活態度を貫いた方がいいのかもしれません。

エゴ(理性)が望んでいることなのか、魂(潜在意識)が指し示していることなのか。


そういった記述がリアトラ本で出てくるわけですが、



最近、日ごとに考え方や感覚や希望が変化してしまうことがあり、


望んでいる(と思っている)ことは魂から発せられたものではなく、


実はエゴがその時の感覚・気まぐれで方向をコロコロ変えているだけかもしれない、、、


そんなことを思わずにはいられない状況が続きました。




ときどき見かける、毎日を丁寧に過ごす、というのは、意識的に過ごす時間を増やすということだと思いますが、


「それを望んでいるのはエゴか魂か」、をできるだけ正確に把握するためにも大事なことなんだと思いますね。



湯船に浸かっている間、5分間だけでもいいから、思考はいっさい働かせないとか、


今に在る状態を分単位でやってみる…、そういうことを毎日続けたいと思いました。



エゴはどうしても一喜一憂してしまうので。同一化しているとそのことすら気付けない。


不動心でありたいものです。