エゴとの同一化をやめる、あるいは気付くようにすることで、
たとえば菓子類の食べすぎ、酒類の飲みすぎ といったことに関する考え方も変化してきました。
人間(エゴ) は、味覚などの感覚器官を通して、脳が 「快」 と判断することを起こそうとしているだけであって、
そのために わざわざ飲食物を身体に流し込んで、そういう感覚を味わおうとしているわけです。
(もちろん飲食に限ったことではないですが…)
別に全く買わない・食べない・飲まないというわけではなくて、
「今日は○○を頑張ったし、OKだろう」 という日などは、
意識的な情態でお店に行って、自主的に選んで買い物をする。
これは、文字通り 「自分(エゴ)へのご褒美」 となります。
これが無自覚の状態でエゴのいいなりになっていると、「やめられない止まらない」 状態になってしまうのでしょう。
また、『空 舞い降りた神秘の暗号 』 の94ページに書いてあったことも、これでよくわかりました。
「酔うと気持ちがいいことでしょう。しかし酔わない気持ちよさを知らないだけなのです。酔うと身体の感性が鈍りますが、覚醒して観察し、気づいていると感性が冴えてくるのです。肉体の感性が冴えると、もともと身体が持っている喜びや幸せ感が勝手に湧きだしてくるのです。」
この本では、お酒に限らず、「○○に酔う」 という自己陶酔の意味も含んで書かれています。
酔う=エゴと同一化した状態、といえます。
至福の源は内側にあるのだから、欠乏感から外部の飲食物や肩書等に求めてもしょうがないんですよね。
まあそうはいっても、エゴさんは巧妙なもので、完全な摂生までは至らず、
必要以上に菓子類・酒類を買って飲食してしまうことも まだありますが。。。
ただ、「こういうことなんだな、こういうトリックがはたらいているんだな」
と、意識はできるようになったということです。
「やめられない止まらない」 は、依存症のようなことなど、別のことにも当てはまりますね。
少し立ち止まって、そういうのが他にないか、観察してみるのもよいかも。