現在,宮城県丸森町にある『金山城伊達・相馬鉄砲館』では『火縄銃を飾る花々』と題した特別企画展を開催している。『火縄銃の花々』とは,火縄銃に施された花の象嵌や蒔絵のことである。意外に思われるかもしれないが,花で飾られた火縄銃は少なくない。花道は,室町時代から続く武士の文化であり,江戸時代には武士のたしなみの一つとされた。武士道は花を愛でる優しい心を大切にしたのだ。
この企画展では,八つ水車の家紋が彫り込まれた鉄砲を展示している。
八つ水車紋が彫り込まれ鉄砲
この鉄砲の銃床を保護するために巻き付けられた金属板には,「八つ水車」という家紋が彫られている。八つ水車の家紋の隣にある金属板に彫られた波型模様は,水面の波紋を表している。
八つ水車紋
銃床を保護する金属板と八つ水車紋
八つ水車の下半分は,波立つ水中にあるから見えません。
銃身には水面から立ち上がる三株の菖蒲の花が象嵌されている。一番上の菖蒲は銀象嵌で,その下のものは銅象嵌だった。菖蒲は,「尚武」や「勝負」につながり武家に好まれた花である。また,邪気を払う魔除けとしても知られた山野草で,端午の節句にも用いられたから庶民にも馴染み深い。
菖蒲の象嵌
菖蒲の花を銀と銅の二つに分けて象嵌したのは,射撃時に銃口から吹き出す発射炎を雷の稲光に見たてたからだろう。だから銃口に近い一番上菖蒲の花は,きらめく電光に照らし出されたように銀象嵌にし,その下の物は,稲角の閃光が届かない薄闇の中の姿として銅象嵌にしたのかと思われる。
この鉄砲を注文したのは,八つ水車を家紋とする裕福な武士で,家紋の水車で尚武や勝負へ水を送っているところを見れば,砲術に熱心な人物だったのだろう。また鉄砲に水車と花を描き込んだあたり,風流で心の優しい男だったに違いない。もの言わぬ鉄砲でも,じっくり観察すれば様々なことを私たちに教えてくれる。