こんにちは、naoです。


昔から高いところが好きでした。

小学校低学年の頃には、平屋建ての我が家の屋根に登っていました。

我が家には小さな母屋の他に、プレハブハウスがすぐ脇に有りました。

その脇に大人の背丈ほどのブロック塀が立っていて、まずはブロック塀に這い上がり、プレハブハウスの屋根に乗り移り、最後に母屋の屋根に登ってました。

当時は平屋建ての家が多かったので、屋根に登るとかなり遠くまで見ることが出来たんです。


そして、この経験がエスカレートして、今では考えられない行動をすることになりました。


昭和40年台半ばは、空前のボウリングブームでした。

全国各地にボウリング場が建設され、こんな田舎と思うようなところにも建てられていました。

ボウリングブームが去った後、駅前や車が行き交う場所を除いて、ボウリング場がバタバタと潰れていったものです。

わたしの住む地域にも、ボウリング場が建設され、御多分に洩れずに潰れました。


この廃墟と化したボウリング場は、すぐに転用されるわけではなく、少なくとも5年は放置されていたと思います。

イメージとしては、↓の写真のような感じですね。



そして、ここが地元の子供達にとっては、いい遊び場所だったのです。

初級クラスは、裏口の扉から中に入っての探検です。


板が剥がされて、むき出しになった床が見える状態です。

誰もいない場所に友達と入って行くのが、探検みたいで楽しいのです。

時々、見知らぬ子供たちが入ってくることもあり、そうなると探検感が一気に無くなるので、入れ替わるように外に出て行きました。


小学校高学年だったわたし達はこれに飽き足らず、次のステップに進んだんです。


通常のビルでも3階はあると思われる建物の脇に、金属製の梯子が掛かっていました。

その梯子は子供でも足が届く高さから始まっていました。

その階段を一段ずつ登り、屋根の上に登ったのです。

屋根の上からはかなり遠くまで見渡せるので、子供心に征服感を感じたものでした。


今のわたしが小学生がこのような場所に登っているのを見たら、危ないのですぐに降ろさせますが、自分の時には危険はまるで感じませんでした。


そして、ここからもうひとつ悪い遊びを覚えたのです。




こんな感じで、駐車場の一角に鉄柱にピンが立っていました。

その鉄柱の脇にも梯子が掛かっていたのです。

これは、ボウリング場の看板を一周するように囲んでいた電球交換用の梯子です。

この梯子によじ登り、電球を取り外して、


梯子に登ったまま、車が停まっていない駐車場に向かって、上から放り投げたのです。


電球の中は真空に近いため、プシュッと乾いた音で破裂します。

この破裂音が結構快感で、大人の目を盗んでは何度も繰り返しました。

新たな電球が補充されるわけもないので、電球が無くなった時点で終わりとなりました。


XXほど高いところに登りたがるとは言いますが、本当にXXでした💦


よいこの皆様は真似しないでくださいね!