もちろん、オーブでもありません。
ここでは光の射す角度や木々の位置などの物理的条件が重なって
よく、このような写真が撮れます。
太陽光は肉眼でみると白や黄色(黄金色)ですが
実際はこんなにも豊かな色が合わさって
ひとつになっていることが分かります。
ここは小さな山ですが、かつての霊山
信仰の山ということもあって
光が写りこみやすいのかもしれません。
光の球といえば
数年前、瞑想後の変性意識でぼーっとした頭で目を開けたところ
目の前に、霧吹きでふいた水の粒子のような
無数の小さな光の球がくるくると回転しながら飛び交い
光の球のひとつひとつは小さな生きもののように存在し
それらはきっと、わたしたちの中にも存在し
いきとし生けるものに、力と活力を与えるものではと感じました。
それよりもっと遡った10年以上前
伊豆半島の大瀬崎の神社を訪れたときのこと
鳥居を写そうと、手に持った携帯のカメラを向けると
空に虹色に輝く光のしゃぼん玉のような
大きな光の球体が浮かび上がり
なんだこれは
こんなもの、見たことがない!
これを皆に見せたら 驚くだろうなー!
心の声とともにシャッターを押したところ
その瞬間、携帯が手から滑り落ち
足元の海中へと落下(いわゆる水没)してしまいました。
大瀬崎は周りを海に囲まれた杓文字のような形をした半島で
門外不出 という言葉が頭をよぎりました。
ほんとうに大切で神聖なものは
簡単に人目に触れないようになっているのかもしれませんね。
※追記
記事を書きながら、大いに反省するところがありました。
あのとき、しゃぼん玉のような光の球体を目にしたとき
私に煩悩がなかったら
これを皆に見せたら 驚くだろうなー!
↑
ここですね。
神聖なものを前に、私は好奇心丸出しで
皆に見せよう(つまり見世物にしようと)考えてしまったのです。
大瀬崎の神様から
「こやつはダメじゃーーーー」と
お叱りを受けて当然です。
神聖なものへの畏敬の思いと
お姿を現してくださったことに、純粋に感謝できていたら
結果は違っていたかもしれません。
みなさまにとって今日が光に満ちた日となりますように
最後までお読みいただきありがとうございました。