今、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」を読んでいます。

読書の秋ですしね。

その中の一節ででてきた言葉に、自分が吸い込まれた気がしました。


「天使と悪魔」の中に「シルヴィー」という女性が出てきます。

マクシミリアン・コーラーの秘書として。

だから、ほんのちょい役です。

一瞬しか出てこないし。


でも、そんな彼女の思いが、自分の中で衝撃を受けました。


「毎週日曜学校へ行っては、他者に手を差し伸べようとか、もっと親切になろうとかいった考えであたまをいっぱいにして、意気揚々と帰ってくる。いったい、そのどこがいけないというのか。」


今の社会は、小さい頃から学歴社会と競争社会という、他人を蹴落として這い上がっていくということを体感的に学ぶ。本来の姿としては、自分の努力によって勝者になる。しかし、勝者の裏側には必ず敗者がいる。

結果的に、常に他人と闘っている意識が芽生える。それも自然と。

逆に、他者に手を差し伸べようとか、他者に親切にしようっていう考えは、押し付けられてしまっているのではないか?と思う。

そりゃあ体感的に、直感的に、自然と自分に身についている「競争」という意識の方がはるかに強いのでは?


宗教とか、そういうのにはほとんど関心はありませんが。

ある意味、宗教のすごさを感じました。



昨日、東京都中野区のとある学校への電話がありました。

「小学生の女の子に危害を加える。殺しに行く」と。

28歳の男から事情をきいたところ「むしゃくしゃしたので電話した」と話しているという。

男には知的障害があるということだが、結果的に自分を満足させるために人を殺すという結論に達している。


自分さえよければ…。


そうじゃなくて、他人に手を差し伸べて、他人を助けてあげることで、自分を満足させるべきなのでは・・・?