「らくごのご」(1996.8.12テレビ朝日(関東))
毎度おなじみの桂ざこばと笑福亭鶴瓶の「らくごのご」。
関東地区は1回お休みで、今回は、8月8日、関西放送分。スリー8の日ですね。
ゆきえさん、白に黒の水玉に白のスケスケの上着。

ゲスト:常田 富士男

お題:宅配、入道雲、革叢(むら)
手紙で怪談のリクエストがありました。

ざこば師匠
夜10時、<宅配>。「モニターに顔をだせ」。ハンコをもらって、物を
置いていく。
手紙が入っている。娘がいなくなる。また宅配。手紙「近所の<草叢>を
さがせ」とある。草叢へ行く。声。顔(首)だけある。…また宅配。手紙
「明日<入道雲>のあるときに会いましょう」。また宅配。手紙「入道雲の
真下に立て」。また宅配。手紙「娘がみつかると思うか。イワシ雲の方へ
歩け。クモをつかめ。…わからんやろ。
「クモをつかむような話や」

鶴瓶師匠
<宅配>に行く。<草叢>さんの所へ届け物。道をきく。「まっすぐ行けば
いい」
行く。道をきく。「まっすぐ行けばいい」 行く。道をきく。「まっすぐ
行けばいい」
行く。道をきく。「まっすぐ行けばいい」……何度か同じパターンが続き
ます。
届け物の中を開けます。「ブーメランや」
--<入道雲>が入ってないと指摘され、また、高座に戻ります。
--<入道雲>の詰め合わせや。草叢さんの所へ着くと、「こんなに遅う
まで何してた」と怒られる。「雷落ちるはずや」

さてお待ちかねの拙作です。
  (実在の場所、人物等と一切関係ありません)

夫「<草叢>といえば、鳥が出るのが本寸法」
音「バサバサ」
夫「ワッ、びっくりした。ほんまに鳥が出よった。(軽く身震いをする)
  鳥が出たら、今度はコツやで、ええかいな……(肩にしていた釣り竿を
  おろして、おっかなびっくり、鳥の出たあたりの草をはらいのけていく)
  ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。なんや<宅配>の箱や」
  (なんや、空き箱かと思うて、釣り竿で軽くつついてみると、ビクとも
  しない)
  なんか、まだ入ってんのか。(もう一度つついてみる)だれぞゴミでも
  入れてほったんやろ。帰ろ、帰ろ」
  (間)
音「ビンポン、ビンポーン」(玄関の呼び鈴が鳴る)
夫「はい、どなたですか」
男「今日は、お隣の長谷川さん、お留守のようなんで、宅配便、預かって
  頂きたいんですけど」
夫「ああ、いいですよ、ハンをここにつきまんのか。荷物は玄関のその脇に
  置いといてんか」
男「ありがとうございました」
夫「ああ、御苦労さん」
妻「なんやの」
夫「隣の長谷川さんとこへ宅配便やけど、留守やそうやから、預かっといた
  で」
妻「そうか(途中で表情がこわばる)--長谷川さんて、どこの長谷川さん」
夫「どこかて、隣の長谷川さんやろ。よその町内の長谷川さんの荷物をワザ
  ワザうちまで持ってきて預けるようなことはないやろ」
妻「理屈を言いなはんな。あんたは会社へ行ってしまうからよう知らんかも
  しれんけど、隣の長谷川さんて、2、3年前から留守やし」
夫「留守て、転居{ひっこし}か」
妻「それが、この近所、挨拶なしでおらんようになってしもたんや」
夫「雲隠れにし、夜半の月かな、ちゅうやつやな」
妻「なに優雅なこと言うての。留守やったら預かったままにしとられへんの
  やから、あとで見といでや」
夫「えらい仕事背負てしもたな」
  (間)
音「リーン、リーン」(電話が鳴る)
夫「もしもし、どなたでっか。え、長谷川さん? あんたどこにいてはり
  まんねん。
  宅配便預かってまっせ。いつ帰ってきやはりますねん。え、もうちょっと
  待て?
  腐ったりしまへんやろな。その点は大丈夫やて。それでも早いとこ、
  帰ってきておくんなはれや」
  (間)
長「ごめんやすや」
夫「へ、どなた。(間)あ、長谷川はん。どないしてはりましたんや。長い
  こと留守にしてはりましたなあ」
長「ちょっと研究の方が忙しかったもので」
夫「研究て、なんの研究だ? 聞いてまっせ、なんや、いろいろ特許もとって
  はるそうでんな。今度はなんだんねん」
長「今、山清水や岩清水やいうて、水がえらいブームになってまっしゃろ」
夫「へえ、イワシ水?でっか? そしたら、マグロ水やカツオ水なんかも
  おまんのか」
長「イワシ水やのうて、岩清水でんがな」
夫「へえ、岩・清水でっか。水、作りはるんでっか」
長「いつまでも水やおまへん」
夫「へえ、そんならなんでんねん」
長「温泉の素いうのもわりと出回ってまんなあ」
夫「ハア、温泉の素を作ってはりまんのか」
長「いつまでも、温泉やおまへん」
夫「そんなら、なんでんねん」
長「風だ」
夫「カゼ? カゼて、あの、ビュービュー吹く風でっか?」
長「風にもいろいろありま。特に、夏の涼風は何にも代えがたいものがあり
  ま」
夫「涼風なんて、いまどき、冷房装置が普及してまんのに、商売になりまん
  のか」
長「それが、考え方の転換です。今の冷房は確かに、いろいろ工夫されて
  いますが、温度が低いだけで、風に味がおまへん」
夫「風に味? 風に味なんかおまんのか」
長「そら、須磨の浦風、尾上の松風、谷間を吹く風、富士の風穴の風……
  いろいろな風がおます。それぞれ場所場所によって、味、かおりが違い
  ます」
夫「なるほど」
長「その風を保存して、輸送する技術を開発することができたんですわ」
夫「それが何の役に立つんでっか」
長「冷房を使てるときにこれを使うと、カオリに包まれて、その場所に行った
  ような雰囲気になります」
夫「そうか、さっき、温泉の素とかいうてたけど、あれと一緒やな」
長「あんなもんやないで、そら、目つぶってたら、潮騒が聞こえるような気が
  しまっせ」
夫「そら、口だけやったらなんでも言えるわな」
長(少しムッとしながら)「口だけやおまへんで、預かってもろてた宅配便
  おまっか」
夫「ここにおまっけど。何が入ってまんのん」
長「研究の成果の一つですわ。サンプルの風が入ってまんねん」
夫「サンブルでっか。開けてみたら腐ってたいうことはおまへんやろな」
長「そんなことあったりするかいな。ちょっとこっちへ。(ムッとしながら、
  預かってもらっていた宅配便を手元に受け取ってふたを開け、中身を
  とり出す)どないでっか、これは」
夫「小型の魔法瓶みたいでんな」
長「そうでんがな、最近、この手の魔法瓶がでけたから、わたいの計画も
  なんとかなりましてん」
夫「さよか」
長「ちょっと、カオリをかいでみなはれ(魔法瓶のフタをゆるめる)」
夫「ええんでっか(魔法瓶を手にとって、顔の上下にもってくる)。ああ、
  ほんま、潮風のようなカザがしますなあ」
長「これは京都の嵐山の風」
夫「なるほど」
長「これは、富士山」
夫「へ」
長「これは磐梯山」
夫「へ」
長「これは恐山」
夫「へ」
長「これは津軽梅峡」
夫「へ」
長「これは大雪山」
夫「へ--しかし、なんでんな、風だけやと、ちょっと淋しおまんな」
長「そうでっか。そうやろ思て、雲の用意もできてま」
夫「クモて、あの空の雲?」
長「へえ、これを開けたら、お望みの雲が出てきまんねん」
夫「どんな雲?」
長「これが、イワシ雲」
夫「なるほど」
長「これが、スジ雲」
夫「なるほど、オデンにしたらうまいやつでんな」
長「なんのことでんねん」
夫「スジ食お、言うてね」
長「あほらし。これが、<入道雲>です」
夫「ああ、ムクムクと広がっていきまんなあ」
長「もう一つ開けると、積乱雲になります」
夫「もう一つ開けたら」
長「雷が鳴ります」
夫「もう一つ開けたら」
長「にわか雨が降ります」
夫「もう一つ開けたら」
長「にわか雨に雷が鳴ります」
夫「もう一つ開けたら」
長「そこら中、洪水になって、雷が落ちます」
夫(急いで、開けようとしたふたを閉める)「そら、えらいこっちゃ」
長「ところで、荷物はこれだけでっか」
夫「そやで」
長「もう一つ送ったはずでっけど」
夫「それだけやで」
長「もう一つあったはずでっけど」
  (間)
夫「そない言うたら、草叢になんか、宅配の箱があったなあ」
長「それはどこでっか? 変な人に見つかるとまずいんです」
夫「あんなもん、だれも持っていかへんやろ。こっちやで」
長「どこでっか」
夫「こっちや、こっち」
長「どこですか」
夫「こっちや、このへんや」
長「このへんでっか」
夫「あれ、いっぱいへんなキノコができてるなあ」
長「ああ。このへんでんな」
夫「キノコがだんだん多なるなあ」
長「もれたみたいです。気をつけてくんなはれ」
夫「オ、あれや、あそこにある(かけ寄る)」
長「気をつけて。開けたらあかん」
夫「なんや、こん中に入ってんのは」
長「ア、開けたらいかん言うてんのに」
夫「アー、キノコ雲や」
                        (終わり)