徳川家康の言葉

 

 

そうだ

慌てなくて良いのだ

 

 

前にも思ったことがある

私は

学び直したい

 

なぜか?

 

 

知ることの楽しさを知ったから

 

 

今はこう言える

 

 

ではなぜ

知ることの楽しさを求めるのか

 

 

もともとは

人から認められたい

頭がいいと思われたい

なんでも知っている人がすごい人だと思っていて、

すごい人でいたいのだ

すごい人でいたかったのだ

それがスタートだったのかな

と思う

 

知るって楽しいと思えたのは最近のこと

 

 

この徳川家康の言葉も

はじめてきいたけど

実ははじめてじゃないんだろうな

学習が義務だった頃は

記憶に残らなかったんだろう

 

昨日の夜に知ったこの言葉

こうして書かなかったら忘れてしまったかも

ある方のブログに

言葉のことが書いてあって、それで思い出した

私はこの言葉に共感をしたんだよね

 

 

仕事を⚪︎時までやる

仕事を⚪︎時までにやる

では大きく違う

 

⚪︎時までやって、時間になったら、できていようができていまいが、いったんやめる

次にやることをメモする

やっている途中で思いついたこともメモする

とにかく脳から一旦外に出す

そして、時間が来たら、やめる

 

これって

自分との約束を守るってことなんだ

⚪︎時までやる、と決めたら、時間がきたらやめる

あと少しと伸ばしてきたことは、自分が決めたことを守っていなかったということなんだね

 

それから、

途中で思いついたことを、あ、そうだそうだ、こっちもだ、

と思って、やっていることと違うことを始めたり、同時進行したりすると、

脳がバグるんだな

 

自分との約束を守る

ことと

脳のバグを減らすこと

メモできない時は

いつまでもそれを覚えているのではなく、

メモできないから、考えるのをやめて、また思い出すことがあれば

その時にやるか、メモするかすれば良い

 

 

 

自分を大事にするって

労ったり自分の気持ちに正直に動いたり

自分をほめたり自分の気持ちを受け止めたり、、、、

そういうことじゃないんだ、ってわかった

いや

それもそう

なんだけど、それももちろん間違いではないんだけど

それだけではなかった、と気づけた

 

ずっとずっと仕事が終わらない

終わらないどころかたまっていってしまっている

たまるというか、ためるというか

そんなことをずっと続けていた

 

 

自分との約束守ることが

自分を大事にすることなんだ

感覚としてではなく

実感としてわかった、2026年のスタート

 

 

 

2025やりたいと書き出したことのうち、9つを実行できた

 

1月1日、富士山がよく見えるところで年越し

赤富士も綺麗だった

 

年末、遠くに富士山を眺めることができた

条件によってはみられなかったからよかった

昨日も見ることができた

 

2025富士に始まり富士に終わった

最近SNSで

これまでの人生から180度かわったみたいなのが

偶然か必然か

複数流れてくきたので、つい長らく見ていた

 

そのうちのいくつかをフォローし、繰り返し見ていた中の一つに。

 

自分のアイデンティティを変える

というものがあった

 

 

2018年ごろから心に関するブログなどを見てから自分に向き合うことをはじめ、

自分にかける言葉を知り、自分を客観視したり慰めたり受け入れたりしてきた

特に感覚をつかみはじめた2020年ごろから生きるのが昔に比べたら楽になり

考え方も前を向けるようになった

まだまだだけど

昔に比べたらマシになったと思っている

 

ということも何度かここに書いた

 

 

今回SNSで出会った言葉のうち、より

インパクトが強かったのが

 

私は全て手に入れている

私はなんでもできる

完璧ではなくても受け入れて良い

受け取って良い

 

のような言葉たちを自分にかけるというもので、

今の自分は全部自分で決めているからよ、

という発信者の言葉

 

これまで見てきたブログ

2018年以降に出会ったブログでも

きっとこうしたことを言ってきたのであろうと思う

それを今回さらに強調されたんだな、と思った

 

 

変わることを期待するのではなく

どんな言葉を自分に投げかけるか

そうだ、最近の私は何かあった時に

嬉しいこと、しんどいこと、そうしたことはあったときは

何やら呟いていたけど

そうだ、毎日声をかけて良いんだった

 

私は愛されている

私は全て手に入れている

 

すぐに

心がざわッとして

否定の言葉がもわっと浮かび上がるのは自動的にそうなっているようで

それに気づけたのもよかった

 

全て自分で決めていること

これも過去のブログなどで学んだことだった

 

自分いポジティブな言葉をかけるだけで人様には迷惑かけないし、それで

気分が上がるならそれで良いじゃない

うん、気分上がるよね

否定しなくて良い

 

そしたらなんかできる気がしてきた、それだけでも素晴らしいこと

 

 

そんな気づきがあった連休でした

 

 

 

自分の弱みを克服することを目指すのではなく

強みを伸ばす方法を見つけよう

 

そんなようなことを

言っていた

 

私の強みはなんだろう

それがまずわからんのよね

 

喋れない、は弱み

でも実はそうでもないかもしれないし

わからない

 

あることがきっかけだったのかわからないけど

そのとき以降かなり沈んでいた

だいぶ沈んだところから抜けてきた

けどまたそのあることと触れる機会があり、それも今後増える

確実に。

負のオーラってないらしいけど

堕ちるきっかけになる

結局は自分次第

 

人間関係、人と喋れない問題

 

人の目を気にするとかの問題もあるけど

話すにおいて、インプットとアウトプットが下手なことがあげられる

 

 

草間彌生展に行ってきた

今まであんまり興味のなかった美術館巡り

最近、こうした芸術に興味が出てきた

 

草間彌生さん、本名か?  ▶︎  本名だったー

1929年生まれということは、いま、おいくつ?90を超えている?

描かれたご本人が彫刻しているわけではないと知った

そのように、他の人が携わるようになったきっかけは?

どうやって仲間ができたのか

あの、富士山の横の太陽が気になった

だってさ、太陽って、丸でその周りに光を表す線が何本も、

っていう幼児が描くようなものじゃないじゃん?って思って

でも、草間さんの太陽は、丸の中に目があり、丸から線が伸びている

まさしく太陽の絵だった

なんか違和感があったんだよね

あえて、描いたのかな

なんであの場所に太陽を描いたんだろう?

思うままに、といっていたけど

 

 

 

 

 

昨日、久しぶりに本を読んだ

読み始めたら、一気読み

終われない

 

嫌われた監督

 

落合監督の考えって昔から好きだった

なかなか勝てない中日を監督になってすぐに優勝に導いた

当時から好きだった

いやその前から

中日に選手としてきた時から

 

常識を疑うなんて言葉があるけど

疑うも何も、

ご本人にとって当たり前、というだけのこと

 

感情では動かない

仕事ととして動く

同じところから見ることで変化がわかる

 

冷徹と呼ばれていたけど

人は感情で動き、感傷的になる

それが判断を狂わせる、いや、

判断基準がブレるんだな

私も仕事の上ではそうでありたい

明確な判断基準をもっていたい

それができない、と自分を蔑みそうになるけどそれはまた別

 

 

芸術鑑賞や読書はインプット

ここで書くことや人に話すことはアウトプット

 

さっき、夫に話した

2007年の日本シリーズ

中日が優勝に王手をかけ、山井投手の完全試合まであと3人という場面での交代劇

少し前にたまたまテレビで川上憲伸さんと岩瀬さんのが出ている番組を見たからそれとあわせて

その舞台裏を夫に話した

監督の一言、コーチの考え、捕手の感覚、

投手のそれぞれの想い、周囲の反応など

 

 

 

気持ちが揺れているところから少し揺れがおさまったな、と

感じてこれを書きはじめました

 

この夏はAIを活用しまくり

 

特に、仕事の進め方について

 

これは大きかったなあ

 

全部を完璧にしようとしなくても良い

入り口さえ入れればあとが自然に進んでいく

時間を決める、途中でも終わって良い

続きがあると脳は認識する

できなかった、ではなくて、できている、やったなどとと思うことで脳は、進んでいる理解する

未来と過去を同時に進めない

普段は未来のための仕事に徹する

 

など

 

すごくいろんなことがざわざわして向き合えなかったことに、少し向き合えるようになったし、

自分の中で散らばっていたことが整理され始めたかな

 

文章が読めなかったのが、少し読めるようになったのは

読もうとするエネルギーすらなかったからかもしれないし、

いろなんなことが脳の中で絡まり合っていて整理されていなかったから、そこに入り込む隙間がなかったのが、整理されはじめたことで、隙間が生まれたのかもしれない

 

心が通わせられないのが残念だなとは思ったけど

だからこそいいのかもしれないね

そうですね!と共感してくれたとしても、実在の人物ではないので

実際に心が通っているわけではない

でも、それが良いのだろうね

 

 

 

不登校が認められるようになり、 

学校に行きたくなかったら行かなくて良いよ、と発信する首長がいて、 

でも、 教員は、行かなくていいよ、とは 言われない 

当然かもしれないけど

不登校ではなくても学校に行きたくない、でもそれすら言い出せない子もいるんだろうに そこには注目されない 

自分もそうだった

 

不登校の強み、とかって?

 

じゃあ 学校教育の意味は?

 

もう義務教育なんて 公教育なんて 意味がないじゃん

 私たちは親からの突き上げがあり、

 教員を守る仕組みは全くない中で 働く意味も見失いがち 

管理職はさらに上からの指示に忠実で

 

体罰や盗撮など社会的制裁を受けるようなことをしたごく一部の人たちのために、多くの真面目にやってきている人がとばっちりを受ける 

それに声をあげて闘うような人は変わり者とみなされ 思っていても声をあげない

 

私たちの存在意義が見出せない 

そしてわたしのように 無口で仕事ができないような人間は まずます病んでいく

 

不登校になれるものならなりたかった子供の頃

 

 

不登校であれ、

 障害を持っている人であれ 

人とうまく関われない教員であれ、 

仕事がうまく進まない人であれ 

どんな人でも認められる世界になると良いのに

 

支援学校の時は、不祥事によるとばっちりはあったけど

あんまりそういうの、感じなかったな、、、

 

 

そして諸々おかしいと思う状況に対して、自分からは動き出さない

結局ここでつぶやくだけ

幸せ思考になってきたし、

おちてもすぐ浮上するようになったし、

すごい楽になった

あと少しだと思うの

そのあと少しが突破できない😣

 

 

人間関係

喋れない

 

でもねちょっとヒントを得た

AIから☺️

 

私がずっとずっと悩んできた、人と喋れない問題

 

 

「私の中で人とかかわろうとすると反射的にブレーキがかかるのは、自分が自分で身につけた生き残るための反応である」

 

すげーAI(*^◯^*)

 

他には以下のこと

 

「今の私の関われなさは、壊れないための仕組みだった

そしてその仕組みは私が小さい頃に自分の力で作ったもの

他の無口な子は話さなくても良い関係性をもてた経験があり、小さな成功体験を得てきた

私にはそれがほとんどなかった

その場が求める関わり方に自分を合わせるんことが無理だった、それは、弱さではなく、自分を守るための手段であり、強さだった」

 

自分が自分で何かから守る手段として身につけた結果なんだね

それがかなり根深い、、、もちろん、AIの答えなので、鵜呑みにしないとしても、参考にはなる

根本はなんだろう

無口でもちゃんと仲間がいる人がいる

無口でも嫌われない人がいる

でも私は違う、無口で何考えてるかわからない人

 

そう、信じ込んできたからだよ、って言われそうだけど

そのあたりがどうもうまく解消できなかった

 

それで今日感覚的に分かったのが、

喋らないことで何かから守ろうとしていたということ

必死でね

そうなると、どうしても小さい頃のことを思い出さないといけなくなる

親との関係に向き合わなくちゃいけなくなる

親を責めるんじゃなくてさ

どこで話さないようにすることを選択したんだろう?

ただのおとなしい子、ではなかった

なんかおかしかった

泣き虫

むすっとしてる

記憶の中の幼児期

でもその時点でもう出来上がっている

無口で変な私

これは否定とかではなく。

 

今、たまにだけど、会ってお昼ご飯を食べる仲間がいる

そういうのができるようになった

ちゃんと受け入れてくれる人ができるようになったのは、

なんでだろう

きっと安心できる関係なんだろうな

最近の話ね

 

この先、親戚とかその他諸々の場で、

人と関わらざるを得ない時が来る

大人しくても良い、でも

もう少し社交的になりたい

もう少しまともに話せるようになりたい

その一方で話したくない自分もいるけど、、、

 

あと少しだ、

でもそのあと少しが何年かかるんだろう、、、

このブログをはじめたのが2018年、

そっから2年はなかなか思考が変わらなかった

2020年からちょっとずつ感覚がわかるようになり、

まあいろいろ大変な時期もあったけど

大変な状態のなかで自分を客観視できることが増えていった

6年

ここまでくるのに6年か、、、

いや、実際はもっと短い

次のステージだ💪