全てが始まったのは、ひょっとしたら
誰かさんの結婚式に行こうとして転んで穴があいたあたりからかもしれないし、
あるいは、精神波攻撃を受けてMP全損になった
8月末あたりのことからかもしれない。

いや、8月末のことは間違いなく引きずってるな。
結局9月最初の仕事とか、体調が悪くて行けなかったから。
そしてそのタイミングで、もう10年近く共闘してきたプリンタが逝去、
それが圧倒的に状況を悪化させたのだ。
それが、2日日曜日のこと。
とりあえず母に連絡をとって、プリンタを購入する際に車を出してもらう算段。

3日月曜は、朝4時半から8時の間に後輩の事例報告第1稿チェックして送信。
その後大阪市内へ、北新地駅で母と待ち合わせて、
ヨドバシでプリンタチェック後、お茶をしてから、伯母の病院へ。
気管切開が外れて話ができるようになった、tottemoと話したがっている、
と聞いて行ったのに、誤嚥性肺炎で気切に逆戻りとのこと。
それでも、前に会ったときと比べるとだいぶしっかりしていて、
口パクであっても一生懸命何かを伝えようとしている。
『大学院に行ってるんやて?』って、これかなり情報古い気がするけど(笑)、
一生懸命、話そうとしていた、伯母の言葉。
その後、夕方実家に帰宅後、
夜には母のPCがIEしか入ってなくて悲惨な感じなのでfirefoxを入れる、
これが意外に面倒で結局朝近くまでかかる。

しかも、4日火曜朝、夜明けとともにセミが鳴き始めて、ろくに眠れなかった。
普段はカラスが増えた(山から下りてきている様子)せいで静からしかったけれど、
ゴミ回収の日につきカラスは定休日。
セミを食べてもスカスカしてそうだけど、それでも食べてくれるなら歓迎なのに、
私が帰った日に限ってサボってやがる。
そして9時半、寝ぼけ頭のまま、母とスーパーにいって、荷物運びんだりして、
その後一旦帰ってから、今度は電化製品量販店経由で自分の部屋へ。
プリンタは、もう、しんどくて、1軒目で決めた。
販売のお姉さんがトラウマ級に怖すぎて、明らかに職業選択間違ってると思った。
帰ったのは火曜夕方4時ごろ、荷物もろくに片付かないまま、
少し仮眠をとる(寝落ちる)。
夕方6時半、慌てて研究会のため大学へ。
文献とかまるで読めてない感じで。
研究会終了が9時半くらい。
そこから後輩と、件の事例報告について不明点を打ち合わせる。
11時の閉門ぎりぎりに大学を出る。

5日水曜日の記憶はほとんどない。
おそらく寝てたというかくたばってた。

6日木曜は、とりあえずプリンタのセットアップに手をつけて、
あとは洗濯とか掃除とかしてたぽい。

7日金曜朝、後輩から約束どおり事例報告の第2稿が届く。
夕方打ち合わせの予定だったけれど、えらい雨。
結局うちに来てもらうことにする。
夜9時、後輩が来て、そこから結局合宿になる。
見通しが甘い、2時間で帰るつもりだったらしいけれど、
その状況で仕上がるようなもんじゃないということがわかっていたろうに、
いや、わかっていなかったんだろうな。

彼女が帰っていったのが多分8日土曜朝の5時半くらい。
そこから私は、子どもの教材を作る。
眠くて頭が動かなくて、時間がかかる。
なんとか教材をつくり上げて、風呂にはいって、
2時間くらいの仮眠時間を獲得する。
無事帰れたか不明だった後輩からはやっとその頃メールが来て、
メールを送ろうとしてそのまま寝落ちたとのこと。
ので、午後1時(リミット時刻を過ぎているけれど念押しというレベルの時間)に
起こしてもらうことにする。
アラームはもっと早くかけてたけど。
なんとか家を出たのは1時15分過ぎくらい。
CL宅には普段より1本遅い電車でたどり着く。
楽しみにしていた青エクの新刊、るろ剣の新刊、
電車の中で読み始めたけれど眠くて頭に入らなかった。
結局寝てた。
子どもの機嫌は悪くて結局開始は2時間近くたってから。
子どものセッションが終わったのは7時過ぎてた。
ちょっと親御さんと丁寧に話をしないといけないことがあるなあと
改めて課題を感じた。
もう赤ん坊じゃないんだから、親御さんが口を出さない方がいいところもあるのに、
そこに口と手を出して、一方で、手をかけた方がいい点について、
大変だからと放任。
状況はわかるけれど、結果もわかるからNG。
その後親御さんと面談しつつ子どもに工作とかさせて、
先方を出たのは予定より30分遅れ。
タイミングが悪く、電車が2本遅くなる。
こちらに到着が10時過ぎ。
スーパーに寄って、帰宅は土曜午後11時。
風呂に入って食事をしたのは奇跡。
そして、洗濯物を干しながら寝落ちるという器用なことを達成。

9日、日曜朝(?)、目が覚めると、体中が痛く、何より、冷えている。
冷房の温度を低めにした状態のまま床で寝てしまったから。
帰宅時点で限界近かった坐骨神経痛はもっと悲惨なことになっていた。
仕方ないのでカイロと鎮痛剤テープを貼って、再度就寝。
昼ごろ、後輩からの第3稿の着信で目覚める。
第3稿の直しをしながら何回か寝落ちながら、何とか返したのが夕方6時過ぎ。
あーもう、これでこの件はおしまい。
あとは多少のアドバイスのメールは送ったけれど、
明日までに提出だからもう終わり。
ということでまた寝てた。
そして起きて、タイバニを見たのだった。
まだ寝不足の感じ。
今の時点で、部屋がありえないくらい散らかっていて、
洗濯物が外に干しっぱなし、洗い物が流しに漬けっぱなし、家計簿つけてない、
G先生にそこそこ急ぎのメールを返してない、坐骨神経痛かなりきつい。
この程度までで済んでる。
というかここまで回復したので、よしとしてもらおう。