先日思い立って古本で『燃えよ剣』上下巻購入。
元々『竜馬がゆく』で司馬遼を読み始めた関係で、
新撰組には抵抗感があったけれど、
るろうに剣心、銀魂、薄桜鬼、というお陰様で、
単なる殺人者集団以上のものとして新撰組を見てみようという
気持ちになって、その結果の今。

司馬遼の書き物は、何が創作で何が史実なのか、よくわからない。
どちらであっても障りなし、と思って読むことのできる立場だから、
別に構わないのだけれど。
でも、相当崩してあるにもかかわらず、
銀魂の総悟と十四郎の関係は燃えよ剣の沖田・土方を感じさせる。
多分史実よりも司馬遼の影響かと。

うちの師匠たちの在り方、自分自身についても感じるところだけれど、
副長タイプの人間というのはいるものだ(苦笑)。
実務を細かく詰めることは副の仕事、
方針付けと人心掌握と号令が長の仕事。
副には思想は要らない。
でもそのかわり、絶対的に信頼できる長に出会う必要がある。
それが難しい。

今、下巻の3分の1、鳥羽・伏見の戦い。
終焉が見えだして、つらくなってくる頃。

少年漫画と歴史小説の違うところは、
前者はハッピーエンドを演出したがるけれど、
後者はそうではないことも多いということ。
予定調和はつまらないけれど、救いのあるエンディングがないと、
読むのがどんどんつらくなる。

薄桜鬼は伝奇要素が強いけれど、
それでもどんどん人が死ぬことには変わりなく、
まだ見ていない最終話の前、生き残っているのは確か、
土方と、脱退した永倉だけ。

燃えよ剣も、これからどんどん。
すでに沖田の病は篤いし。
最後まで読みきれるのかなあ。

予定調和はつまらない、でも救いは欲しい、人生にも。