資格とっ太郎のブログ -3ページ目

資格とっ太郎のブログ

宅建と行政書士を半年で合格したのがプチ自慢(笑)の資格とっ太郎です。
今はネットで起業してビジネスをやっているので、資格の勉強方法だけでなく
独立開業のためのビジネス情報なんかも記事にしていきます(`・ω・´)

こんにちは、資格とっ太郎です。

 

今日は、「1万時間の法則」について。

 

これは、何かを極めたいと思うなら絶対に知っておくべき重要な考え方なので、ここに書きとどめておきたいと思います。

いちおうカテゴリは「ビジネス」ですが、まあ今回も大体なんにでも当てはまるような感じです。


成功のカギは「伝える技術」

ビジネスで成功する上で、避けて通れないのが「伝える力」です。SNS投稿、ブログ、セールスレター…どれも文章を通じて「相手に価値を伝える力」が必要です。

 

でも、多くの人は最初こう思いますよね:

  • 何を書けばいいかわからない

  • 文章が思い浮かばない

  • 書いても誰にも読まれない

これ、英語学習やスポーツの上達でも全く同じ。

最初はうまくいかなくて当然。でも続ければ、必ず上達する。というやつです。


「1万時間の法則」とは?

「1万時間の法則」とは、何かの分野で一流になるには、1万時間の努力が必要という法則です。研究結果によると、一流になる条件はただ1つ:時間をかけたかどうか。

 

つまり、

  • 才能ではなく、積み重ねが結果を生む。

  • 天才も裏では膨大な練習時間を積んでいる。

実は、この法則は文章力を磨くことにも当てはまります。


文章力も「練習時間」がすべて

僕も最初は文章が全然書けませんでしたが、時間を重ねることで段階的に上達してきました。

 

~1000時間:誰から見向きもされない文章。

1000〜2000時間:ようやく誰かが読んでくれるレベルの文章。

3000時間:商品が売れるようになるくらいの文章。

 

ここで大事なのは、上達に近道はないということ。スポーツや英語学習と同じで、手を動かし続けた人だけが結果を出せます。


「時間」からは逃れられない現実

卓球のメダリスト水谷選手は「どうすれば卓球がうまくなりますか?」という問いに、

「1万時間練習してから質問してくれ」とTwitterで言いましたが、これは文章も同じ。

 

「どうすれば文章が上手くなりますか?」 「どうすればビジネスで成果が出ますか?」

僕の答えはシンプル:3000時間やってから考えよう

(僕が3000時間かかったから)

 

だけど多くの人は、その前に諦めてしまうわけですね。


「時間を稼ぐ」視点が未来を変える

仮に3000時間の時間を練習に費やそうとしたら、毎日3時間やっても1000日(3年弱)。

 

もし1年で、、、とかいう条件なら9時間くらい毎日練習しないといけないわけですけれども、

こう言うと「1日9時間も練習する余裕なんてないよ!」と思ってしまうかなと。

 

確かに。

 

普通の社会人が1日9時間も、仕事以外の活動をしようとしたら相当無理しないと難しいかもしれません。

 

だけど、繰り返しますが近道はないので、重要なのは時間をどう稼ぐかです。

スキマ時間を活用する

  • 通勤中に音声教材を聞く(勉強の場合)

  • 移動中に頭の中で文章構成を考える(文章力の場合)

  • 退屈な会議中にメルマガの下書きを書く(文章力の場合)

「ながら時間」を活用する

  • デートの待ち時間にスマホで執筆(文章力の場合)

  • 子どもが昼寝中にベンチで勉強(勉強の場合)

こうした地道な積み重ねが、積み重なると大きな時間になり、未来を大きく変えます。


「時間の使い方」は「お金の使い方」と同じ

無意識のうちに浪費するのは、お金だけじゃなく「時間」も同じ、だと僕は思っていて、

  • ちょっとしたSNSスクロールが積み重なって、1日1時間を失う。

  • なんとなくの動画視聴が、年間で数百時間を消費する。

こういう一つ一つは小さく見える時間も、積み重なると大量の時間になります。

 

逆に、意識してスキマ時間を積み上げれば、年間で数百時間の「資産」に変えられる。


成功への本質はシンプル

「1万時間」という時間だけを見ると、絶望的なほど長く感じるかもしれませんが、

これは絶望ではなく希望でもあります。

 

なぜなら、

 

才能がなくても、時間をかければ結果は出る。

 

っていうことだから。

 

だからこそ、時間をどう稼ぎ、どう楽しむかが大事なんですよ。

1日3時間×約3年間=3000時間。 

 

スキマ時間を味方につけて、コツコツ積み上げていくしかないのです。

 

だけどその3000時間の練習があなたの財産になりはじめ、

その時間が10000時間になった時、あなたは一流になっている。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

 

 

 


どうも、資格とっ太郎です。

 

今日の記事は、過去に運営していたビジネス系のメルマガ記事のリライトになりますが、

かなりの長文、

 

だけれども、うまいこと人生を乗り越えていくなら、こういう意識が大事なのではないか、という

 

ビジネスにも、人生全般にも通づる、そんな内容になってますので、

ブログで公開するのも躊躇うくらいの長文ですけれども、

 

まあせっかくブログを再開しましたので、この辺りもお届けしようかなと思います。

 

テーマは「リスク」についてです。

 

■リスクをどう判断するか?


さて、リスクです。

口の中をスースーさせる白い粒ではなく、
世の中を生きていると必ずと言っていいほど付きまとってくるアイツです。


ちょっとここで、つい先日いただいたメッセージがあるので
少しだけ参照させていただきたいと思います。

そのまま載せると長くなりそうなので、
簡潔に結論だけ勝手に僕の解釈で要約させていただくと、

“個人情報”

に関するリスクですね。

インターネットを使用する以上、必ず付きまとってくるコイツです。


非常にデリケートな問題なのですが、
個人情報に関するリスクっていうのはもうインターネットを使う限り
必ず付きまとってきます。

極端な話し、

「SNSのアカウントを作ることすら・・・なんか恐い。」

と、メッセージをくれた方は仰っていたのですが、
こういうところにもハードルはあるわけです。


あとはもう少し話しを進めていくと、
例えばネット上で商品を販売するためには“特商法”という法律があり、

なんと、氏名も住所も電話番号も、何から何までネット上に公開しておかなければ
そもそもインターネット上でビジネスができません。

 

ネット上で何か物やサービスを販売するとき、これらの個人情報をネットに晒しておかないといけないわけですね。

まあ、いろんな回り道的方法を使えば、公開せずとも何とかなる方法は
あるにはあるのですが、、、例えば代表に別の人を置くとか。

公開しなくていいビジネスモデルを選択するとか。いろいろ。


この辺に関して、確かにリスクは「ある」わけです。

間違いなくある。

「そんなの気にする必要は無いです」

なんて言ってるやつがいたら、そいつは大ウソつきです。


大きいか小さいかは別にして、リスクは必ずあるのです。


で、僕らビジネスをやっている人(全員かどうかは知らないけども)
少なくとも僕はそれを“容認”しているわけです。

リスクが「無い」のではなく、「容認」してるんです。


例えばSNSなどの何らかのネット上のサービスのアカウントを作成するときもそうなのですが、
いちいち氏名や住所やメールアドレスや電話番号、などなどといった個人情報を吸い上げられますよね?

どの程度の個人情報が必須になるのかはサービス毎に異なりますが、
何らかの個人情報を与えない限りそのサービスを使えないわけです。


個人情報を与えている以上、その個人情報に関する「リスク」というのは常に存在するわけです。

例えば、あの大手SNSが一夜にして悪徳企業に大変身して、
顧客の個人情報を半グレ組織に売りまくったりしたら

登録者の電話やメールアドレスには、毎日のように詐欺電話やメールが
殺到するかもしれません。

これは明らかに「リスク」ですよね。



そこまで極端ではないにしても、大手SNSの中の人(個人、管理者的な人)が
その会社の業務や遵法ポリシーなんかを全無視して、悪意を持って上記のような行動に出れば、同じようなことは発生するわけです。

大手SNSに限らず、もはや今の社会ではどんな企業でもある程度の個人情報を持っているわけで、

ニュース等ではそれらの情報の流出に関して報道されたりすることも、わりと日常茶飯事ですよね?

もちろん、個人情報保護法っていう法律の中で規制はされているんですが、
中には破りまくってる奴もいるわけです。


つまり「リスク」だらけなんです。


いや、別にビビらせているわけではなく。事実としてそうですよ。ということです。


で、簡潔に言えば僕自身に関してはそれらのリスクを「容認」して、それらのサービスを使っているということです。

リスクはリスクとして存在している。

この事実は変わらないので、じゃあここで僕らが考えなければいけないのは、そのリスクを、

“どの程度許容するのか?”

なんです。簡単に言えば。


これは僕の考え方なので、あくまで参考までに留めておいてもらいたいのですけど、、

じゃあなぜ僕がそれら上記のリスクを「容認」しているのか?

それに至る思考プロセスは何なのか?

です。


例えば「メールアドレス」。

この個人情報が悪意を持った誰かに横流しされるとどんなことが起きるか?

毎日のようにウイルスファイルが添付されたメールと、フィッシング詐欺のページへ誘導するメールが届きます。

えぇ、それはそれはもう何十通と。

中には精巧に作られているものもあって、当たり前のようにクレジットカード会社を装って(メールアドレスや文章など)、

「ご利用通知」

みたいな感じで、身に覚えのない買い物を、あたかも決済されたかのように送ってくるわけです。

楽天カードなんかは実際にこういうメールで通知してくれるサービスがあるので、
楽天カードを装ったメールは結構多いのですが、

すると、結構焦りますよね?

見た感じ、メールアドレスもちゃんと楽天カードだし、
文章も楽天カードっぽいんです(まあコピペなんだからそのまんまなんだけど)

で、

「身に覚えのない場合はこちら」

みたいに、リンクを載せているわけです。

そしたらその先がフィッシング詐欺のページで、
そのページの中でクレジットカード情報を“記入させよう”とするわけです。

で、焦ってアクセスして「やばい、すぐに取引キャンセルしなきゃ!」みたいな
まともな精神状態じゃなければ、これが記入してしまう人が一定数いるのです。

で、クレジットカード情報をまんまと詐欺グループに渡して、
なんやら決済されてお金を抜き取られてしまう、というタイプの詐欺メールがフィッシング詐欺ですが、


こういうメールが日常的に届くようになります。

あとは古典的ではありますが、添付ファイル付きのメールが届いて、
添付ファイルを開くとウイルス感染、というのも、メールを使う上でのリスクの典型です。


が、僕はこのリスクを容認している、というか容認して生きてきたし、
既にめっちゃ詐欺メールが届くんで、どっかで漏らされてるんですよね。

まあこの辺は、その昔僕が特に何も考えずにそのメールアドレスで
いろんなサービスに登録しまくったからで、

今だに面倒なんでメールアドレスを変えてないからなんですけれども
(苦笑)


とか、電話番号だったら、これも似たようなケースにはなりますけど、
典型的な振り込め詐欺とか、

あるいは何やらよくわからない不動産投資の営業電話とか、

こういうウザい詐欺的な電話がなってくる、っていうリスクがあります。


もちろん、例にもれず僕の携帯番号もどこかにもれているようで、
数か月に1回は電話が掛かってきます。

ちなみに僕はもう知っている人以外からの電話にしか出ることはなく、
(知ってる人からの電話に出るかどうかも怪しいのですけれども・苦笑)

知らない番号からの電話はまずネットで検索して、少しでもそんな感じの番号なら
光のスピードで着信拒否行きです。

今はネットで電話番号そのまま検索すれば大体は一発でわかりますからね。


■ナイフでブスリ。。。


あとは、「住所」とか。

これも最悪のケースを想定すればキリがないですけど、
例えば、ネットで見ず知らずの人が僕の家に突然やってきて、

ナイフでブスリ。。。


・・・


無いとは言えないですよ。決して。


そこまで極端ではなくとも、商品を買って満足いかなかった人が直接家に殴り込んできたり、あるいは逆恨みでやってきて、

ナイフでブスリ。。。

いや、無いとは言えないですよ。決して。



だけど、繰り返しになりますけれども僕はこの辺のリスクを「容認」して生きているわけです。

もちろん、ブスリされても良いってわけでは決してないですけれども(笑)

じゃあこの突然ナイフでブスリのリスクって、果たしてネットだけなの?

っていうと別にそういうわけでもないですよね。


リアルな生活でも人間関係はあるし、というか外出はするし、どこかに家に住んでいるわけですよね?自分は。

たしかにこの世に存在している以上、決してリスクはなくならないわけです。


上記の極端なナイフでブスリも、ネット使わなくたって「絶対に無いとは言い切れない」程度の確率ものとしてリスクとして確実にそこに存在しているわけです。


だから、ネットだけ過剰にリスクを高く判断するのはどうなのだろう?と。

そりゃもちろん、公開することでリスクが上げることは間違いないのだけれども、それはどれほどのモノだろうか?と。


住所がバレることのリスクっていうのは、これは人それぞれ違うでしょう。

それこそ、売れっ子芸能人とか、人気YouTuberとかなら、絶対にバレたくないだろうし
(だから彼らはマネジメント会社に所属して、ビジネスやるにしても会社の名の下で行うことにメリットがあるわけだ。)


あるいは、借金で夜逃げしてなんとか逃げ切れている感じになっている人がいたとしたら、そりゃあ死んでも住所を公開したくはないし、

例えばストーカー被害が原因で引っ越して逃げてきた人、とかでも同じようにそのリスクは過大になるわけです。


つまり、何らかの行為によるリスクっていうのは一意に決まるんじゃなくて、人によるんです。

だから、人それぞれの判断が必要な領域です。

他人があまり口出しできない領域。


だから僕は、あくまで「思考プロセス」程度の物しか提供できませんし、
決して「大丈夫です」なんて無責任なことは言いませんけれども、

何となく恐れる、

とか、

何となく大丈夫な気がする、

とか、

そう判断するのもやっぱりマズイと思うのです。


ある行為におけるリスクがどの程度であるかっていうのは人それぞれですし、
それをどう見てどう判断するかも人それぞれです。

メッセージ頂いた方は文章の中で、

「赤信号みんなで渡れば恐くない、みたいな状態になっている気がして」

と仰ってましたが、これは正しくその通りだと思います。

みんなで渡っていたところで、前方不注意の車が来たら全員ひかれるのです。

この集団の中には、歩行者信号が赤であることに気付かずに渡っている人もいるかもしれないし、気付いているけどあえて渡っている人もいるかもしれないし、

赤信号を渡っているという風に、見える現象は全員同じかもしれないけど、実は人それぞれ状況だったり判断は違っていたりするのです。


赤信号で渡るなら、前方不注意の車の存在には常にアンテナを立てておいて、
ヤバそうな雰囲気になったら、一目散に走って逃げる準備をしながら、、、渡ってる人もいるかもしれないわけです。

もちろん、何も考えずに「皆わたってるから」で渡ってる人もいる。


これに限って言えば、生存確率が高そうなのは前者ですよね。

でも、そもそも前方不注意の車がいなければ、みんな大丈夫だったりもする。


いや、信号無視はあかんけれども(笑)


■リスクの判断プロセス


と、こんな感じで、何かをやろうとすると必ずリスクは付きまとうんです。

特にビジネスをやろうとするっていうことは、普段は意識しなかったようなタイプのリスクも考慮しなきゃいけなかったりする。

人間っていうのは、なんやらよくわからないもののリスクは過大に評価しがち(生存本能からすれば当たり前なのですが)なので、

そのあたりは冷静に、

  1. なにがリスクなのか?
  2. それによる最悪のケースはなにか?
  3. それが発生する可能性はどのくらいあるか?
  4. 結果的にそれは許容するに足るものなのか?


こういうようなプロセスをちゃんと考えて、判断するのを個人的にはお勧めします。


このあたり、世の中には「死ぬこと以外はかすり傷」っていうタイプの人もいるのですが、そういう人は結構大胆にリスクとるんですよ。

だからあまり深くは考えないんだけど、でもそれもこういう考えるプロセスを一切省略して、「死ぬこと以外はかすり傷」という指針を胸に刻み、リスクを容認してるわけです。


でも僕みたいに、ちょっとそこまでラディカルになり切れない人は、
ちゃんと一つ一つのリスクに対して上記の1~4のプロセスをふんで考えるわけです。


だから僕にとっては、例えば「焼肉屋をやる」とかはリスク大きすぎて、もう手が出せないんです。

1~4のプロセスを、何回繰り返しても「容認できない」になっちゃうので。


だけど、ネット上に住所を公開するくらいの事なら、
まだデメリットよりもメリットの方が勝っているかなぁ、っていう判断で、

まあ嫌なのは嫌なんだけれども、公開しているわけです。

繰り返しますが、デメリットよりはメリットの方が大きいと「判断」して、リスクを「容認」してるわけです。


もし僕がこれを容認できないと、そもそもネットビジネスできないし、

あるいはそれこそ「赤信号・・・」になっちゃうけど、
違法であることを認識しつつ非公開でビジネスをやって、

指摘されたら「あっすいません。。」的な感じでやるのか、とか。

勿論そこにも、違法であることのリスクっていう、新たなリスクが存在するわけです。

だからそのリスクについて云々、、、ということになりますけど、僕はやらない。

そのリスクは大きすぎると思うから。

勿論、リスクが大きすぎると判断した根拠として、特商法の罰則規定にも一応目を通している、くらいには徹底してます(いや、いちおうね。いちおう・笑)


まあこういうと、

「場合によっては違法行為もアリってことですか?」

っていうこれまたラディカルな一派が現れそうで困ったものですが、
まずそもそもそれを判断するのは僕じゃないし、

聞かれてアリとか答えたら、僕にも新たなリスクが出るのだから(共謀なり扇動行為なり)、アリとか言うわけないじゃん、ってことなのだけれども。


SNSアカウントくらいなら、偽名登録でも直ちに違法とかはならないしても、規約違反なら常にアカウント強制削除のリスクを抱えるわけです。

一生懸命投稿して、フォロワーを集めて育てたアカウントが、ある日突然
運営からBANされた日にゃ、

ちょっとやそっとじゃ立ち直れなさそうなダメージを受けそうです。

だから“僕は”やらない。


参考までに、上記の思考プロセスを使っていただくぶんには構いません、というかそのくらいしか考えられることは無いと思いますが、

最終的には自分で判断する必要があるわけです。


■危機意識の薄れ


使っている内に、どんどん危機意識が薄れていって、
知らず知らずに自然と許容するようになっていく、、、

なんていうのはアリがちですけど、それもまた違うと思うわけです。


例えば、家に乗り込んでナイフでブスリ、なんて半分冗談で言いましたけど、

このリスクと、交通事故で突然死んでしまうリスクは、どちらが高いか?

を考えると、これはちょっと調べればネットでも出てきます。


殺人事件だと毎年数百人死にますが、交通事故では数千人死にます。

なので、交通事故の方が圧倒的にリスクは高いけれども、
みなさん、普通に外歩きますよね?

車が通る道の横を、毎日のように歩くし、車にも乗ると思うのです。


このリスクを「容認」しながら、突然ナイフでブスリが恐いからそのリスクが取れない、
とかなると、リスク判断としてはチグハグなんです。

これこそが「何となく恐れている」という状態で、僕らが最も陥りがちな罠です。


わからないけど何となく嫌だ、っていう。


正しくリスク判断して、それでも嫌なのと、
何となく嫌なのは、行動の選択としては同じだったとしても、やっぱそこには大きな違いがあるんです。


だから一つ一つ考えるんです。


本名を公開することのリスクってなんなの?

生年月日は?

電話番号は?

メールアドレスは?

年齢は?

性別は?

住所は?

本籍は?(あるいは国籍は?)

クレジットカード番号は?

マイナンバーは?

預金残高は?

ローン残高は?


などなど。

挙げればきりが無いけど、ネットで生きていくうえでは
概ねこの辺の事とは向き合う必要が出てくるでしょう。


■例えば本名を公開したらどうなる?


繰り返しますが、これらのリスクは一様に決まるわけではなく、人によるので、その人自身が自分で考えなきゃいけないわけです。

例えば副業禁止の会社に勤めている人なら、本名公開はリスク高めですよね。

確かこの辺のことはメルマガのバックナンバーでも書いたような気がしますが(これのリスクを下げる方法とか)、

かくいう僕も副業禁止の会社に勤めながら、副業でネットビジネスを始めているので、これもある種リスクを「容認」してるわけですよね。

会社にバレるリスク、バレたときに被る被害、バレる確率、

その辺をちゃんと判断して、「容認」したわけです。

少しだけ、バレる確率を低くするという工夫を施しながら。

この選択は、「副業禁止だからやらない」っていう選択を取ることよりも、
“自分にとって”利益が大きそうだから、そのリスクを容認してでもやったわけです。


でもその判断は、繰り返しますが、その人次第です。

 

リスクもリターンも、最終的に引き受けるのはその人、なのだから。



ただ、これだけは覚えておいて欲しいのですが、

リスクっていうのは過大にしようと思えばいくらでも膨らませることはできるのです。

僕らの脳には想像力という力があるので。

だからこそ「発生確率」っていう視点もちゃんと押さえておかないと、

なんだかわからない、だけど恐い、という観念に支配されてしまうわけです。


大事なことなので何度でも言いますが、

リスクがなかったわけではなく、リスクは確実に存在したけれどもそれを「容認する」という“選択”をしただけなのです。


当たり前ですが、メリットも享受して、ノーリスク、なんて甘い話しは無いわけです。

どんなことにもリスクは存在します。

それこそ、その辺の道を歩くことだって、常に交通事故や通り魔のリスクがあるわけです。


これからビジネスをやっていくなら、否応なしにリスク判断は必要になってくるわけです。


だからもう、「なんとなく嫌」っていうのは卒業しましょう。


とりあえず上記を参考に、考えるべき1~4のプロセスを参照して、
一つずつ考えて、分からないところは調べて、判断する。


各々のリスクは各々にしか分からないので、他人である僕は「僕の場合はこうだった」程度の、そしてほとんど参考にならない事しか言えません。


「なにを行動するにも、いちいちそんなこと考えたら面倒でしょうがないよ!」


って感じかもしれないんですけれど、でもこれって
今回の文脈でいえば、単に“リスク判断”っていうだけの話しですが、

もう少し抽象的に引いてみてあげれば、

“生き方”

だと思うんです。


僕らが何となく過ごしている毎日っていうのも、選択の連続でできているという当たり前の事実を考えれば、

そして自分の今の現状は過去の選択の結果なんだ、今の選択が未来につながるんだ、っていう当たり前の事実を考えれば、

ぼくらは「選択」という行為からは逃れられないわけです。

その一つ一つが人生を築き上げていくのです。


そして、選択にはリスクが付きまとうのです。


そのリスクを適切に判断して、行動を決定していくのですから、これが“生き方”以外のなんなのでしょうか?


むしろ生き方そのものですよね。


だから、丁寧に生きたいなら、丁寧に選択するのです。

少なくとも僕はそう思う。

だから面倒でもやる。

というか、やってるうちにもう面倒ではなくなったけど(笑)



・・・ってことで、いかんいかん。

なんか説教臭い雰囲気になってしまった感は否めませんが(苦笑)
今日はこの辺で。

最後までお読みいただきありがとうございました!

 

 

↓僕のメルマガはこちら

 

 

 

 

 

こんにちは、資格とっ太郎です。

 

今日は真面目系の内容です。

(いや、真面目じゃないときはないですけども・笑)

 

テーマは、

 

「これからの時代に本当に必要な力」

 

についてです。(おぉ、真面目そう。。。)

 

ということで、どうぞ。

 


「ITスキルは必須?」

以前、複数の(ビジネス)メルマガ読者さんからこんな相談をいただきました。

「インターネットでビジネスを始めたいのですが、ITパスポートは取ったほうがいいでしょうか?」
「プログラミングは必須ですか?」

これ、わりとよく聞かれるんですけど、

結論から言えば、ネットビジネスを始めるのにIT資格は不要。


ですし、むしろ資格取得に時間を費やすくらいなら、手を動かして実践する方が100倍早いです。結論だけ言えば。


「使う側」と「作る側」— 求められるスキルは真逆

ここで大事なのは、「使う側」と「作る側」の違いを理解することで、

IT系の何かを使って何かをしたいとき、そのIT系のサービス自体を「作る」人と「使う」人がいるわけです。

 

で、時代が進む(便利になる)につれて、使う側はより簡単に、作る側はより複雑で高度に、なっていきます。

  • 作る側(開発者):プログラミングなど高度なITスキルが必要
  • 使う側(僕たち):サービスを活用する「実践力」こそが大切

たとえば、今はWebサイトを作るのにhtmlのコードを書かなくても、作成ツールで簡単に作れます。

動画編集も、直感的な操作で簡単に編集できるものが無料、もしくは安価で提供されています。

 


ITパスポートや資格は「無駄」ではないが、遠回りになる

ここで誤解してほしくないのは、IT資格が無駄だと言いたいわけではないということです。

ITパスポートや基本情報技術者試験で得られる知識は、「ITリテラシーの土台」にはなります。

 

ただ、インターネットでのビジネスに直結するか?といえば、答えはNOです。

 

資格試験で学ぶ知識が、実戦で役立つ部分はだいたい3%程度。

 

「安全なパスワード管理をしましょう」
「ウイルス対策ソフトを入れましょう」

 

くらいですけど、こんな基礎は資格がなくても一般常識的な内容です。


「やりながら学ぶ」— これが最強の学習法

特にネットに限らずビジネスの世界は、やった人だけが先に進める場所です。
資格の勉強より、実践からのフィードバックこそが成長を加速させます。

 

例えば:
・ブログを始めたいなら、すぐにWordPressやアメブロを立ち上げる。
・メルマガを配信したいなら、すぐにツールを使って書き始める。
・YouTubeに挑戦したいなら、スマホ1台でもまず1本動画を撮る。

 


プログラミングも「実践あるのみ」

プログラミングも同じ。

参考書を読むだけでマスターできる人はいません。


言語は、使わなければ身につかないからです。

 

まずは、「Hello World」を画面に表示するシンプルなプログラムを作るところから始める。
そこから、じゃんけんゲームのような小さなアプリを作ってみる。

実際に手を動かし、エラーにぶつかり、その解決方法を検索する。


この繰り返しこそが、スキルを確実に自分のものにします。


AI時代、技術だけでは生き残れない

「これからはAIの時代だ」「プログラミングは必須だ」と言われていますが、実は僕は少し違う視点を持ってます。

 

確かにAIやIT技術は進化を続けます。
ですが、その進化は一部の超ハイスキル層にのみ席を用意するでしょう。


「半端な知識」が価値を持たなくなる

AIや最先端ITの世界で戦えるのは、熾烈な競争を勝ち抜いたごくわずかな人です。
中途半端なプログラミングスキルや資格知識では、太刀打ちできません。

 

むしろ、多くの人が戦うべき場所はそこではないと僕は思います。

 

上記の通り、「作る側」というのは、より高度で、より複雑になっていくので

ぶっちゃけ、中途半端な人材は要らなくて、一部の超優秀な人だけが集まって、

そしてそこに大量の資金が投入されていくという、

 

そういう超二極化の世界観にならざるを得ないと思います。

 

で、僕ら凡人は、そんな彼らが作ったものやサービスを甘んじで受け入れ、

その前提で、便利になった世界の中でどう生きていくかを決めていく、というような。

 


未来を切り拓くのはむしろ「人間力」

では、これからの時代に本当に必要な力は何か?
僕は、その答えこそが「人間力」だと思っています。


読者さんから届いた、心に刺さった言葉

先日、読者さんからこんな感想をいただきました。

「どれだけリモートワークが進んでも、AIが人の仕事を奪っても、
結局、人は人とのつながりを求めます。
分かち合える人がいなければ、どれだけ稼いでも虚しいだけです。」

僕もまさにその通りだと思います。

 

どれだけ技術が進んでも、人間が求めるのは「人間」です。
そして、「人に求められる人」になるには、スキルや資格ではなく、人間力が鍵になります。


人間力を磨く3つのステップ

1. 直感に従うことを恐れない

「面白そう」「ワクワクする」——それは自分の中の本能が「やれ」と言っているサインであり、
自分という人間を明確に形作るためのプロセスだと思ってます。

なので、流行りや雰囲気ではなく、自分の心が動くことに飛び込んでみることが大事かと。


2. 選択に迷ったら、自分の“個性”を信じる

何を学ぶべきか、何をやるべきか——それを決めるのは、他人の意見ではなく、
その選択こそ、その人の個性を形作る。
だからこそ、「自分が何を選ぶのか」に意味があるんじゃないかと。


3. 経験を積むことを最優先する

知識は経験で補完されますが、経験は知識だけでは補えません。
本を読むより、動画を見るより、まずはやってみる。
成功も失敗も、積み上げた経験が「人間力」をつくっていく。


スキルの先にあるもの

僕自身も、電験や行政書士といった、いくつかの資格は持っています。


だけど、今僕のビジネスが多くの人に支持されているのは、資格そのものが理由ではありません。

なぜなら、同じ資格を持っている人は世の中に大量にいるから。

 

資格そのものよりも大事なのは、自分ならではの経験、そこから出る言葉、価値観、生き方に共感してくれる人がいるからです。

 

だからこそ、そのどれかに価値を見出してくれた人が、僕のもとへ何かを学びに来てくれているのだろうと。

知識があるだけ、資格を持っているだけ、だと絶対にここまではこれていないですから。


まとめ

次の時代に必要なのは、どんなスキル、どんな資格、という視点では不十分で、


むしろ「自分は何者なのか?」という軸を持つことが大事な時代に突入するんじゃないかなと。

 

 


未来を切り拓くために、今できること

・直感に従い、心が動くことに挑戦する。
・資格や知識だけではなく「経験」を積むことも優先する。
・自分だけの価値観や言葉を大切にする。


最後に

何を学ぶべきか。

 

この答えを持っている唯一の人は、「あなた自身」。


外の声に惑わされず、自分の声に耳を傾けてください。

 

それこそが、次の時代を生き抜く「本当に必要な力」だと僕は信じています。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。
このブログが、あなたの進む道を照らす一助になれば嬉しい限りです。