どうも、西(資格とっ太郎)です。
さてさて今日も前置きとかはなく、いきなり本題なんですけれども、
これをやると自分の成長に繋がるのは明確なのに、
“ほとんどの人がやっていない”
ようなことって結構あります。
というか、このメルマガで語っていることの大部分はそういう内容なのではあるのですが、、
今日もその一つとして、
「自分自身を客観的に見る」
つまり、鏡に映った自分を見るように、あるいはカメラで斜め後ろから見るような、
そんなふうに自分自身を他者からの視点で見る、ということについて話していこうかなと。
言葉にすると単純なのですけれども、これって意外と盲点になりがちなことだなぁと。
■ツムツムというゲーム
さて、ちょっと余談なんですけれども、最近少しだけハマっているゲームがあって、LINEゲームの『ツムツム』という、ディズニーキャラクターのパズルゲームというか、落ちゲーがあります。
このゲーム自体はもう10年くらい前、サービス開始した当時にも少しだけやっていたのですが、最近になって息子が始めるようになって、妻も妻で細々とやり続けているゲームなので、
家族で一緒に楽しむのも良いよなぁということで、僕も少しだけ(いや実はガッツリと・笑)やっているんですけれども、
まあ中々簡単なようで奥が深いゲームというか、いろんな技術を必要とするゲームなわけです。
で、こういうゲームをやるにしても、当然ながらプレイ技術を上げるためには練習を重ねないといけないのですけれども、
練習をすればするほど、プレイ回数を重ねれば重ねるほど、それに比例して上達していくのかっていうと、そんな単純でもないわけです。
これはスポーツとかでも同じですよね。
確かに練習(しないよりは)した方が上達はするわけですけれども、同じ時間、同じ労力の練習をしても、やり方によってその効果は全く違って、
ある人はすぐに上達するし、ある人はどれだけやっても中々上達しない、というような差だったり、
最初のうちはすぐに上手くなったけど、だんだんと上達具合が緩やかになって壁にぶつかって限界を感じている、とか。
なんなら練習すればするほど下手になってんじゃないか!?とか。
まあそういうことが往々にしてあるわけです。
これは何事においてもそうですよね。
で、そういう時に自分の壁を突破するためのキッカケとして上記の、
「自分自身を客観視する」
という作業が割と重要になってくるわけです。
■ゲーム配信者はなぜ上手いのか
さて、ツムツムというゲームは割と有名で盛んらしく、YouTubeでも関連のチャンネルや動画はたくさんあって、いろんな人がプレイ動画を上げているわけですね。
で、そういう人達の動画を見ると当然ながら大抵の人はみんな“上手い”わけです。
もちろん、
「上手いから配信してるんだろ。」
というような見方はできるわけですけれども、僕はむしろ逆なんじゃないか、とも思うんですよ。
つまり、
“配信しているからこそ上手くなる”
と。
これは僕自身も大いに経験のあることですが、自分以外の誰かに何かを教えようとしたとき、ちゃんと意味を説明しようとすると必然的に、
“自分自身を客観視”
しないといけないわけです。
・こういう状態の時、何を意識してプレイしているのか?
とか、
・この時こういう気持ちになりがちだけど、実は大事なのはここ
とか、
・こうしていた時は上手くいかなかったけど、こう変えてから爆伸びした
とか。
そういうふうに、他者に説明するためには自分のプレイを振り返って、客観視して、情報を整理する必要があるわけで、そういう作業をすることで技術の理解度が深まっていったりするわけですが、
それよりもなによりも、当然ながら自分のプレイ動画を配信している人は、自分のプレイを、
・録画して
・編集する
ということを必然的にやっているわけです。
つまり、文字通りの意味で自分のプレイを“客観的に”見ていると。
YouTubeを見ていると、ホントにいろんなレベルの人が動画を上げているので、中には、
「あ~、この人はあんまり上手くないな」
っていうようなものも、あるにはあるわけです。
「なんで、そんな中途半端なところで繋ぐかなぁ~。」
「いまスキル繰り越し(という技術)できたでしょ~。」
とか、思ったりもするわけですよ。他人のプレイ見てたら。
だけれども、結果を見ると自分が同じキャラを使った時とほとんどスコアが変わらなかったりして、
で、案の定、自分のプレイを録画して見返してみたりすると、その動画と全く同じようなミスをやっていたりすることに気付くわけです。
自分がプレイしているときは、プレイだけに意識が向いているので、そもそもそういうミスすら気付いていなかっただけで、
後から客観的な視点で見直すと、ミスしまくりなわけです。
で、ミスが見つかるということは当然、そこが改善の余地がある“伸びしろ”なわけですから、
その後の練習次第で伸ばせるわけです。
だけれども自分を客観視しなければ、そもそも伸びしろにすら気付けない。
これはスポーツの世界では当たり前に行われていることで、特にアスリートとなるようなレベルの人であれば、やってない人はいないでしょ、というくらい極々普通のことです。
自分のプレイを撮影して、後から見返してフォームをチェックしたり、プレイ中には気付かなかった癖が見つかったりっていうのはよくあることですが、
それによって上達に繋がるわけです。
僕も27歳の頃にバドミントンを再開したときには、自分の素振りの様子だったり、実際にシャトルを打つ様子を細かく(あらゆる種類のショットを)スマホで再生して、スロー再生で何度も何度もチェックしている時期がありましたけど、
そういう努力をした結果、弱小高校出身で特に強くもないけど経験者ではある、という普通に趣味としてバドミントンをやってるというレベルから、
今ではめちゃめちゃ上達して、同世代で全国大会に出場している人や、全国大会で優勝経験のある人と同じコートでゲームをしても違和感が無い(ちゃんと戦いになる)くらいにはなれているし、
部活でバドミントンをやっていた頃の感覚でいうと「ありえない」くらいのレベルでは成長しているわけです。
練習頻度は部活でやっていた頃の方が遥かに多い(ほぼ毎日ですからね)にも関わらず、週に1回か2回くらいしかバドミントンをしていない今のほうが、圧倒的に強い。
それがなぜかというと、部活でやっていた頃の僕は自分自身の客観視というのを全くできていなかった、というのが一つの大きな原因です。
つまり、日々の練習は頑張ってこなすんだけれども、それは主観的に頑張っているだけで、必要なメニューをこなしているだけで、
「なぜこの練習が必要なのか?」
とか、
「この練習によって、何をどう鍛えるのか?」
とか、そういう大きな視点で全く考えていなかったし、
なにより自分のプレイを自分で見るという機会が殆どなかったわけです。
自分の素振りのフォームすら自分ではあまり見なかったし、シャトルを打っている様子で言うとほぼ皆無だったと言っていいかもしれない。
たまに顧問の先生が試合動画を撮影して見せてくれたりしたこともありますが、
「なんか思った感じじゃないなぁ。。」
「こんな打ち方だったっけ、おれ?」
と、テキトーに見るだけで終わって、
本当だったらその段階で、その“違和感”を突き詰めて、理想とする動きと比較して、ギャップを埋めるための作業と努力をしなければ意味がないわけですが、
そこで終わってしまっていたわけです。
だから下手なままで、大した成績も残せず(地区大会初戦敗退)、そのまま卒業と共にしばらくバドミントンを辞めることになるのですが、
アスリートの世界では上達のために当たり前とされている事も、一般プレイヤーレベルでは全く当たり前ではないわけですね。
僕もバドミントン歴は長いですが、周りでそこまで徹底してチェックしている人はほとんどいません。
たまに自分で試合の動画を撮影したりすることもあるけれども、上記の高校の頃の僕のように一度見て「なんか違和感あるなぁ」で終わるわけです。
細かいレベルで何度も何度もチェックして、ギャップを埋めていく作業ってなると、それこそホントに全国大会で結果を残すことを目標にやってるガチ勢の一部の人とか、そのくらいになってくるのではないかなと。
それやれば絶対に上手くなるし、やらないよりは絶対やった方が良いことなんだけれども、殆どの人はあまり本気ではやらないわけです。
・・・さて、話しをツムツムに戻すと(わざわざここに戻す必要があるかは知らんけれども・笑)
動画配信者っていうのは、もうほぼ例外なく自分のプレイを客観視するわけです。
撮影して編集するんで、その過程で自分のプレイを客観的に見るわけです。
ゲームに限らず、スポーツ系ユーチューバー達もみんなそういうことをやるわけですね。
で、見ながら
「ここいつもミスってんなぁ~」
「この時動き悪いよなぁ~」
とか、やっぱり見えてくるわけで、
そういう癖とかミスが見つかれば、じゃあ次は気を付けてみよう、とか意識ができるわけです。
そういうのを日々やっているから、自然と上手くなってくんだと。
で、普通のプレイヤーってそこまでやらないじゃないですか。
たぶん自分のプレイを録画するっていう事すらほとんどやらないんですよね。
だって、ゆうてゲームですからね。ほぼやらないですよ。
実際、僕もこのゲームにドハマりしてから3カ月くらい経つわけですけど、つい先日までは自分のプレイを録画するなんてことはしてなかったし、しようとすら思わなかったわけで、
まあゲームを楽しんでるだけですからね(苦笑)
そこまで本気になる必要はあるのか、ということでもあるわけですが。
けれどもつい先日の事、
「めちゃめちゃ良いキャラをスキルMAXにできたのに、全然コイン(ゲーム内で使えるアイテム)が稼げん!」
と、途方に暮れた時に思ったのです。
(評価する人にもよるけど)このゲームの中では2番目くらいに強いとされているキャラ(Cバズ)を手に入れたにも関わらず、なぜ自分はあのユーチューバーみたいに稼げないんだ!と。
同じようにプレイしている(できている)つもりなのに、この違いはなんだ、と。
そう思ったわけで、
「そうだ!自分のプレイを録画して見てみよう!」
と。
ある意味、本気になったわけです。
で、録画しました、見ました。
「下手やなぁ~」
と(笑)。
・ロングチェーン
・スキル繰り越し
・フィーバーイン
・ボムキャン
等といった、このゲームの基本技術。
どれも頭では分かっているにも関わらず、客観的に見てみるとそれらが全くお粗末であることに気付くわけです。
そうまさしく、僕があまり上手ではないYouTube動画を見て、
「そこ途中から繋いだらいけんやん!」
「いまスキル繰り越しできたやん!」
「いや、ボムキャン用のボム消してどうするんよ!」
と思ったように(笑)
このゲーム知らん人にとっては訳のわからない用語ですけれども、こういう基本技術を僕もまともに出来ていなかったことが浮き彫りになったわけです。
しかもこれが、自分を客観的に見ないと気が付けなかった。
“人の振り見て我が振り直せ”
と、昔からのことわざがありますけれども、人の振りを見ただけで我が振りを直すっていうのは意外と難しいものなのです。
なぜなら人は自分には甘いし、自分の事も(見れているようで)見れていないので、謎に「自分はできている」とか、「自分には関係のない事だ」と思い込んでしまうわけです。
だけれども、意識的に客観視してみた時に初めてわかるわけです。
「あぁ、自分も一緒じゃん。」
と。
ということで、今日のテーマは“自分自身の客観視”でした。
自分を客観視することでしか、実は自分の欠点だったり癖っていうものは見つからなくて、本当だったらそこは改善すると伸びしろだったりするわけですが、
気が付かないままだと改善しようもないので、まずは客観視すること。話しはそこからだと。
最も簡単な方法は(何をやっているかにもよるけれども)
“自分を録画して後から見返す。”
これは非常に有効です。
ではでは今日はこれで。
最後までお読みいただきありがとうございました!
こんにちは、資格とっ太郎です。
今日も過去メルマガのブログ向けリライトになりますが、
今回はおそらく“最も重要”と言っても良いかもしれないくらい、重要な内容です。
それは、
「時間の作り方」
ですね。
勉強にも何か新しいことに挑戦するにも「時間」が必要です。
時間があれば良い、というわけではないですけど、
時間が無ければ、そもそも何もできません。
何かを進める以上、必ず「時間」という壁にぶつかることがあると思います。
そういう時に考えたい、時間に対する“意識”の話しです。
僕が勉強時間を作るときのポリシーは
“本当に大事なもの(こと)を犠牲にしてはならない”
ということです。
そして僕にとって「家族」や「家族と過ごす時間」というのは
本当に大事なもの(こと)の一つです。
だから、家族と勉強時間を天秤にかけるということはしません。
なぜなら、それをやってしまうと常に家族の方に傾いてしまうからです。
多くの人は、勉強時間を捻出するために、
他の事と“天秤にかける”感覚でやっているかもしれませんが、
それだとかなり低いところに「限界」があるんですよね。
だって勉強っていうのは“将来のために”やることなので、
それを“今目の前の事”と天秤にかけると、どうしても今目の前の事の方が大事に見えちゃうし、そうなると勉強に傾かないですよね。
なのでこの発想から勉強時間を作ろうとすると、
すぐに限界にぶつかるし、時間を作るために何かを犠牲にしなきゃいけない、
っていうやるせなさみたいな感覚も抱いてしまうかもしれません。
じゃあどうするか?っていうと、この天秤という発想を辞めます。
時間が「ない」から捻出するんだ、ではなく、
時間は「ある」ものとしてそれを見つけ出すんだ、
という視点で探していくということです。
これは僕が何をやるにも常に意識、というか実践していることなんですけど、
“どこに行くにも学習資料を必ず携帯しておく”
っていうのを徹底しています。
実はこれはいろんな視点で重要な結果を生むんですけど、
今回は「時間」ということなので、それにフォーカスして説明しますが、
まず前提として、勉強を進めるうえで重要な「条件」というが3つあって、
一つは、「やる気」。
いわゆるモチベってやつですね。これがないと身体が動きません。マジで動きません。
それから、「道具」。
最低でも参考書や資料など、勉強を進めるための道具がないと勉強は進まないですよね。
最後に、「時間」。
これも当たり前ですが、勉強には時間が必要です。
この3つ、「やる気」「道具」「時間」
これらが“全部”揃った瞬間に、勉強が可能な状態になるわけです。
どれか一つでも欠けてたら勉強はできません。
この中で、一般的には「やる気」と「時間」に関しては、
かなり不確定要素です。
自分自身が、いつやる気が出るかわからないし、なぜかやる気が出ない時もある。
忙しい現代社会では、いつ時間が空くかも不確定なことってあると思います。
例えばなんですけど、僕は子どもが3人いるので、
休みの日には公園に行ったり、ショッピングに行ったり、遊園地的なところに連れて行ったり、
あるいは、授業参観や入学式とか入園式とか、そういう何らかの行事に行くこともありますけど、
「あれ?これって今なに待ち?」
っていう時間って絶対あるんですよ(笑)
「流石に子どもの入学式に行ってまで勉強する暇は無いでしょ!」
って思う人もいると思うんですけど、全然そんなことない。
もちろん、校長先生の話しとかPTA会長の話しとか、
そういう誰もが「これ要るんかなぁ。。」と思いつつも静かに聞いているフリをしてる時に
参考書を開いて勉強するみたいな、ガリ勉なのかヤンキーなのかわからないことをやるってわけじゃなくて、
少し早めに席に着いてみんな揃ってるけど、
なぜか時間になるまで式典が始まることはない、その間の時間とか。
入学式が終わって、子どもたちはクラスに向かって軽く担任の先生と顔合わせと挨拶をしている間、親は昇降口前で待たされてる、その時間とか、
細かく細かく見ていくと、時間って実は結構あるんですよ。
そして僕らはその細かいけど実は結構大量にある時間っていうのを、「細かいっていう理由だけ」で特に意識しないしドブに捨てているわけです。
そしてそういうドブに捨てた時間って、細かすぎて意識もしないから、
記憶にも残らないし、文字通り「何もない」時間を過ごすことになってるわけです。
無駄にしたっていう自覚もなく。
こういう時間っていうのが、人には結構あって、
この時って時間は「ある」んです。
で、その時にもし「やる気もある」っていう状態で
勉強道具を持ってないから勉強できない、ってなるとめっちゃ勿体ないですよね。
だから、僕はどこに行く時も、
もしかしたら使わないかもしれないし、いや普通に考えたら使わない可能性の方が高いんだけど、
そういう時間も有効に使いたいので、必ず勉強できるものを携行しています。
そしたら、そういう普段無駄にしてた時間を有効に使って勉強が勧められるんなら、
逆に言えば、まとまった時間は遊べるじゃん。
やりたいことできるじゃん。
家族と一緒に過ごせる時間もできるじゃん。
「勉強で忙しいから」という理由で家族と過ごすという“本当に大切な時間”を犠牲にしなくても良くなるかもしれないじゃん。って思うので。
もしかすると読者の方は、僕が勉強をめっちゃ努力して、毎日ゴリゴリにやっているんだって思ってるかもしれませんが、実はそういうことじゃないんです。
今までいろんな資格試験を受験してきましたし、
資格以外にもいろんな勉強をしてきて知識を増やしてきましたけど、
「めっちゃ勉強頑張ったわ~!!」っていう感覚ってほとんど無いんですよね。
傍から見ればめっちゃ頑張っているように見えるかもしれないし、
ストイックにやっているように映るかもしれないんですけど、
感覚としてはむしろ逆なんですよ。
まとまった時間で他のことやりたいから、そのぶん細かい時間のほうで勉強してるっていうだけ。
だから「えっ、こんなところでも勉強するの?ストイックすぎ・・・」っていう見え方になっちゃうんですけど、実は逆なんですよね。全然ストイックじゃない。遊びたいだけ(笑)
むしろ、僕がちゃんと机に向かって勉強しているような時間って、全体で見れば微々たるものです。
それこそ、本当にがっつり大量の紙に書いて計算していく必要があるときや、試験対策のために計算問題や過去問を解いているときとか、
そういう限られた時間でしか実は机に向かって勉強はしてなくて、
学習時間の大部分は上記のようなちょっとした時間の積み重ねです。
何かやってるついでに、たまたま時間ができたし、やる気もあるし、勉強道具もあるし、
「だったらやっちゃおう」っていう感じで勉強してます。
会社に通勤していた頃は、主に通勤電車の中が僕のメインの学習場でしたけど、
今はどこでも勉強します。条件さえそろえば。
ちょっと前に家族で箱根ユネッサンっていう温水プールの施設に行ったんですけど、
そのプールで遊んでる最中ですら勉強する時間ありましたからね(苦笑)
1歳の娘が昼寝したから、妻と小学生の子どもに、
「じゃあオレがここで娘見とくから、3人は遊んどいで~」
ってな感じで。
さすがにプールの中に参考書は持ち込んでいないけれども、
スマホはOKだったので、プール脇のベンチに座って、お腹の上に娘を寝かせた状態で、
スマホで過去問のページにアクセスしたり、
基礎解説のページを読んだりすることはできるわけです。
こんなとこにも、時間ってあったんですよ。
普通なら、
「いや、さすがにプール内で勉強しないでしょ!!」
と思うというか、勉強できるかもしれないという可能性すら考慮しないと思うんだけど、こんなとこにも実際に“あった”わけです。時間が転がってた。
こういうのって普通、勉強できる環境がそろってなければ、
「まあしょうがないよね、のんびり待っとくか。」っていう意識にしかならないし
別に時間を無駄にしているという感覚も全くないと思うけど、
一つ、“勉強できるものを持ってる”(この場合はスマホ)という状態だからこそ、
「あっ、勉強できるかも」っていう意識になれるし、
実際に勉強が進むわけです。
結構極端な事例を挙げましたけど、
時間って細かく細かく見ていくと、こんな感じでちょっとしたタイミングでできたりします。
他にも、これは男子限定になるかもしれないけれども(笑)
奥さんや彼女や、まあ連れの人でもなんでもいいんですけど、
女子トイレってめっちゃ混むことあるじゃないですか。
ショッピングモールとか行くとよく見かけまることありますよね。
トイレ前で壁に寄りかかって突っ立ってスマホいじってる男ども。
(まあ僕も含めてなのですけれども)
あの連れ待ちの時間って、長い時は結構長いですよね。
多分その時間にソシャゲのログボ回収してる人もいるとは思うんだけれども、
勉強道具持ってれば勉強できますよね?
レストランの待ち時間も、基本は連れと出かけるなら連れと会話してることが多いものの、
「いつ連れがスマホいじりだすかわからない」ですよね。
それを推奨するわけでは決してないけれども、
デートしてたらちょっとした口喧嘩になって会話が止まることもあったりするでしょう。
そういうときって会話する気にもならないし、
ちょっと時間を開けて落ち着いてからしか話し合わないと解決しない時とかあんじゃん。
勉強できるよ。
「デートの時にまで勉強とか、空気読めし!」
って、相手に思わせないようにさりげなく勉強することもできるわけで、
これをやってるときは勉強できない、って諦める必要はないと思うのですよ。
必ずしも何かを天秤に載せる必要もない。
本当に大事なものを守りながらも、勉強する時間はあるかもしれない。
っていう視点を持てるかどうか。
今僕がこうして記事を書いている最中にも、
娘は僕の膝の上でお菓子食べながら満足げにアンパンマンを見ているように。
もちろん、一人で集中して書いているよりは仕事は捗らないけれども、
娘と触れつつ、かつ、この瞬間は妻も育児の負担が多少軽減されたりして、
多少の効率低下を差し引いても有り余るほどのメリットしかないわけですよ。
で、気が付いたら学校から返ってきた息子が隣に一人増えてるし(笑)
まあそれはさて置き。
勉強時間っていうのは、本当に何かを犠牲にしないと作れないものなのだろうか?と。
もちろん、まとまった時間を作るにはある程度何かを上手にやりくりしないといけないかもしれないですけど、
そもそも勉強ってまとまった時間じゃないとダメか?っていうと、決してそんなことはないはずです。
まとまった時間じゃないとやり辛いものもあるかもしれないけど、ちょっとした時間でできることも数多くあるはずです。
言い換えれば、時間っていうのをどこかに割り当てるという感覚で使うのではなく、
もっと立体的に見て、
これやりながらでも、これできんじゃね?
これやってる途中でも、ちょっとくらいでんきんじゃね?
っていう視点で見みる。
で、その時はもちろん何か他の事の時間の中で勉強をしているので、
完璧な集中、完璧な進行はできないと思います。
だけど、完璧を求めなければ、
そこそこの事はできると思うのです。
そこそこの事でも、それが何か月も何年も積み重なっていくと、
「時間がなくて」全く何もやれなかった場合よりも圧倒的に大きな差となって返ってくるはずです。
数か月前にある試験を受験した時は、
今みたいに娘を膝に乗せたまま過去問を解いてたことがあって、
まぁ~集中はできないですよ(笑)
でもそれでも進みはします。
一人でやる場合の半分くらいの進み具合だったとしても、
それでも進むんだからいいんですよ。
やるっていう意思さえ諦めなければ
やれることはあります。
ではでは、今日はこの辺で。
最後までお読みいただきありがとうございました!
こんにちは、資格とっ太郎です。
今日のテーマは「心の鍛え方」について、です。
そう、心。。。
勉強、投資、ビジネス、と続いて、「心」。。。
随分ふり幅の広いブログになってしまってますけれども、どうぞお付き合いくださいませ。
僕らにとって“心”は、生き方や仕事、恋愛など、あらゆる場面のパフォーマンスを左右する重要な要素ですけど、
だけど、「頑張りたいのに気持ちがついてこない…」「せっかくのチャンスを逃してしまう…」なんて経験、割と誰にでもあるんじゃないかと思います。
実は“心”は、生まれつきの強さや弱さだけで決まるものではなく、「鍛える」ことができる、というのが今回の話しです。
特にビジネスや恋愛、自己実現で成果を出したい方は、ぜひ参考にしてみてくださいね。
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■目次
1.なぜ「心」を鍛える必要があるの?
2.行動は心に制限される~「やりたいのに動けない」ワケ
3.「積極状態」と「消極状態」~心の2つのスイッチ
4.心を鍛える基本は“解釈”を変えること
5.今日からできる!心のトレーニング実践法
6.まとめ:心は“習慣”で変えられる
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1.なぜ「心」を鍛える必要があるの?
日常生活や仕事、プライベートでも「あと一歩が踏み出せない」「嫌なことがあるとモチベーションが一気に下がる」といった悩みはありがちだと思うんですが、 こうした問題は多くの場合、“心”の状態に左右されています。
僕らが何か新しい行動を起こそうとするとき、体力面よりも「心の壁」が大きなハードルになることが多いはずで、
たとえば飛び込み営業で初対面の人へのアプローチなど、「できない」「やりたくない」とストップをかけるのは多くの場合、身体的な理由より“心の抵抗”ですよね。
恋愛でも、気になってる人に声をかけるとか、デートに誘うとか、
ビジネスでも、積極的にSNSで他者と絡んでみるとか、同業の人に声かけてみるとか、動画をYouTubeにアップするとか、
いろんな場面で、「その作業自体の肉体的な負荷はない」けど“心の抵抗”でそれができない、ってことはよくあるはずです。
つまり「心を鍛える」という視点が必要不可欠になります。筋肉もトレーニングしなければすぐ衰えてしまうように、心も日々の鍛錬で強くなったり弱くなったりします。
だからこそ、正しいアプローチで心を鍛えることが大切なのです。
2.「積極状態」と「消極状態」~心の2つのスイッチ
“心”には大きく分けて2つの状態があります。
- 積極状態:やる気やワクワク感、ポジティブな感情で満たされている状態
- 消極状態:落ち込みや不安、ストレス、イライラなど、ネガティブな感情に支配されている状態
心が強い人は、辛いことや嫌なことがあっても、すぐに積極状態に戻す術を知っています。
逆に、心が弱い人はちょっとした出来事で一気に消極状態になり、長い間そこから抜け出せなくなるケースも。
積極状態を保てると行動力がグッと上がり、スピード感も増します。
ビジネスでも恋愛でも、結果を出すうえで“スピード”と“行動力”は重要ですよね。積極状態を維持・回復するスキルこそが、心を鍛えるうえで大切なポイントになります。
3.心を鍛える基本は“解釈”を変えること
ではどうすれば、心を積極状態に保てるのか? そのカギが「解釈を変える」ことです。
たとえば「雨が降る」という何気ない事実。これ自体に良いも悪いもありません。
ところが、多くの人は無意識に「せっかくの休みが台無し…」とネガティブに捉えがち。これが“消極状態”を呼び寄せる要因になります。
しかし、同じ雨でも「人が少なくなるからアトラクションを満喫できる」というように、ポジティブに捉えることも原理的には可能なわけですよね。
表面的には「そんな都合よくは思えない」と感じるかもしれないけれども、でも”心”とは、今までのそういう解釈の癖によって今があるわけです。
今までそう解釈してきた、だからこれからもそう解釈する。というだけ。
心をトレーニングするとは、「少しでもポジティブに解釈しようと努める」ことの積み重ねであり、筋トレに例えれば、腕立てやスクワットをやるたびに筋力が増すように、ポジティブな解釈を続けるほど、“心の筋肉”が強くなるのです。
すると、どんなことにも心を積極状態に保つことができるし、ちょっとしたしょうもないことで消極状態へ陥ることを防ぐことができるわけです。
4.今日からできる!心のトレーニング実践法
心を鍛えるために大切なのは、知識よりも「継続して解釈を変える努力」です。以下のステップで、少しずつ“ポジティブな解釈”を習慣化してみましょう。
-
まずは気づく
- 何かネガティブに感じた瞬間、「あ、自分は今こう捉えている」と気づく。
-
ポジティブ要素を探す
- 「もしこれをプラスに考えるとしたら、どんな見方があるかな?」と問いかける。
-
本心を確認する
- 「自分の本心は幸福になりたいことだよね?」と再確認する。幸福を求めるのが本心なら、意識的にプラスの解釈を選ぶ価値がある。
-
習慣にする
- 一度や二度では変わりません。筋トレと同様、反復こそがポイント。無理にでもポジティブに捉えようとする行為を続けることが“心の筋力アップ”につながります。
このように、何気ない日常の出来事を小さなトレーニングの場に変えていくことが重要です。
僕の場合、究極のポジティブ解釈としては「ストレスの対象は練習相手」と考えるようにしています。
何か、相手の言動や行動によってイラっとする(消極状態になる)ことがあったとします。
そうですね、車の運転中にやたらとクラクションを鳴らしてくる車とかがいたとしましょう。
まあ、普通に考えるとむかつく人はむかつくと思います。
でも、ここでむかつくのは「負け」なんですよ。心が消極状態になりますから。
こういう(今までなら消極状態になってた)状況において、それでも積極状態を保てることを「勝ち」としましょう。
そしたら、僕らはあらゆる状況において「勝てる」ように練習しなければならないわけですから、
そういう消極状態を誘発する行動をわざわざしてくれている人っていうのは、いわば「練習相手」ですよね。
スポーツで考えてみましょう。
対人競技は、相手がいないとゲームになりません。
ゲーム中は、全力で相手を負かすために頑張るし、相手も自分を負かすために全力です。
だけど、ゲームが終われば、お互いに研鑽したことを称えてお礼を言います。「ありがとうございました」と。
こうしてスポーツの技術は上達していくわけですけど、練習する「相手」がいないとこれは成立しないわけです。
つまり、自分の上達もない。
敵になってくれる人がいるから、自分が成長するわけですね。
これと全く同じ理屈だと考えて、
自分をムカつかせてくる相手 = (心を鍛えるという技術の)練習相手
と考えれば、わざわざ自分のトレーニングの練習に付き合ってくれていると、そう解釈するとストレスの対象の見方も少しは変わってくるのではないかと。
これは僕が究極の解釈と呼んでいる思考法になります。
なぜ究極かというと、なんにでも使えるからです(笑)
と、こんな感じで練習を続けていくと、たとえはじめはぎこちなくても、続けていけば必ず「前ほどは消極状態にならなくなった」「行動するハードルが下がった」と実感できるようになります。
5.まとめ:心は“習慣”で変えられる
- 心は生まれつきだけでなく、“鍛える”ことで強くできる
- 行動を阻むのは“心の制限”なので、そこを乗り越えればスピードと行動力が身につく
- 心を鍛える基本は“解釈”を変えるトレーニングの継続
- ポジティブな習慣づくりが、結果的にメンタルを強くする近道
何事も、いきなり結果を求めてもなかなかうまくいきません。
筋トレや勉強と同じで、心のトレーニングも「意識して続ける」ことがいちばん大切です。
数日試して変化を感じられなかったとしても諦めないでください。時間はかかるかもしれませんが、その分きちんと成果となって返ってきます。
数年先に「昔はちょっとしたことで挫けていたのに、今はブレない強さが身についた!」と胸を張って言えるようになるかどうかは、今この瞬間から心を鍛える習慣を始めるかどうかにかかっています。
自分にとって本当に大切なこと、叶えたい目標を諦めないためにも、ぜひ今日から心のトレーニングを始めてみてくださいね。きっと未来のあなたが「やってよかった」と思えるはずです。
---------------
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後も“心を鍛える”ヒントや、毎日をポジティブに過ごすためのコツを発信していきます。よかったら読者登録やコメントをいただけると、とっても励みになります!
それでは、また次回の記事でお会いしましょう。
