■ 映画『一命』を観に行きました。 | 独創的未来の創造と発見

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昨日映画『一命』を観に行きました。


三池崇史監督の作品は十三人の刺客・最後の忠臣蔵・忍たま乱太郎に続き四作目です。

日曜日にもかかわらず会場の来場者は5名でした。

時代劇離れでしょうか・・・

残念ですネ。




【監督】 三池崇史

【キャスト】
•市川海老蔵 -
•瑛太 -
•満島ひかり -
•役所広司 -


【スタッフ】
•滝口康彦 - 原作
•山岸きくみ - 脚本
•中沢敏明 - エグゼクティブ・プロデューサー
•ジェレミー・トーマス - エグゼクティブ・プロデューサー
•坂本龍一 - 音楽


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《徒然なるままに・・・あらすじと感想》を書いてみました。


井伊家の江戸屋敷に現れた一人の男、津雲半四郎(海老蔵)。

彼は「切腹のために門前を借りたい」と申し出ます。

対応した江戸家老の斎藤勘解由(役所広司)は、またかと苦々しい面持ちで対応します。

それというのも、江戸では切腹するので門前を借りたいという浪人が多く現れ、大名家からいくばくかの金品をせしめることが流行っていたからです。

津雲半四郎は何度かこの屋敷を訪ねたが門前払いになっていました。

そしてまた門をたたき江戸家老の斎藤勘解由に目通りが適う。

そこで家老は、以前井伊家に来た若い浪人(瑛太)が、やはり同じことを申し出たが切腹の場をしつらえてやったら若い浪人が狼狽したことを話す。

そのうえ、その若い浪人は竹光しか持っていなかったので、うまく腹が切れずに苦悶の中で死んでいったことを語る。

ここで津雲半四郎(海老蔵)の切腹を思いとどまらせようと江戸家老の斎藤勘解由(役所広司)するが津雲半四郎(海老蔵)はその説得には応じられず、舞台は切腹の場中庭へと移ります。
ここまでは江戸家老の斎藤勘解由(役所広司)の回想シーンとして前半を占めます。

切腹を思いとどまるよう言われた津雲半四郎だがそれでも、落ち着き払った津雲半四郎(海老蔵)は静かに、その浪人が千々岩求女という半四郎の女婿であったことなどを語り始めます。


この映画の基本は津雲半四郎と家老の「喋り合戦」です。

作りこみ演技では人語に落ちない海老蔵と演技力、存在感ではまだ若いにもかかわらず迫力を見せる海老蔵そして役者としての年季の入った役所広司、この二人の舌戦ですから歌舞伎口調と現代口調の掛け合いはやはり海老蔵の口上が勝るように思えました。


求女(瑛太)は貧困と病に苦しむ家族を守るため、狂言切腹で少しのお金を得ようと企てますが、訪れた井伊家の家臣達は江戸で流行る門前ゆすりの見せしめに切腹嘆願を受け入れ強いられます。

狂言=ウソは良くないものの、それもこれも病の嫁さんとかわいい子供を守るため。

でも、そんな情けも黒い大人たちには通用しません。

それは黒い大人と限定せずとも一般社会でも受け入れられません。

そして残虐な罠にはめられ求女は亡くなります。

物語はそこからドラマチックな復讐劇へと突き進むわけですが、そんな悲劇の象徴とも言える女性が、今回の『満島ひかり』さんです。

今までのちょっと現代的な女子キャラからガラリと変わり、悲劇の大炎上で燃え尽きる役に挑戦、確かな演技を見せました。


前半の山場は、家老が語る千々岩求女の死。

思惑が外れた求女は、「必ず戻るので、いったん家に帰らせて欲しい」と懇願しますが、それをあざ笑い、その場でどうしても切腹させようとする家臣たち。

もはやこれまで、と諦めた求女ですが、子共を医者に診せる三両の金を願い出るがそれも拒まれ切腹を迫られる。
持っている刀は竹光。

これでは腹なんて切れません。そこで、真剣をくれるように頼みますが、彼らは認めません。

ひとりひとりは、そんなに悪い人間ではないのかもしれないけど、集団になった時に「いじめ」の対象を見つけると、どんな残酷なことでもできてしまう。これは現代と変わりない、人間の嫌な性質と思います。

しかたなく、竹光で何回も腹を突く求女(瑛太)。このシーンは凄いです。ホラーの世界です私は2Dで観ましたが3Dで観ていたら気分が悪くなったかも知れません。

どうしても腹に刺さらないので、仕方なく倒れこむようにして竹光を腹に突き刺し折れた竹の先でで腹を割っ斬る求女。

苦しい息の中で介錯を頼みますが使い手は「まだまだ」の一言。ここらへんで、気の弱い人は画面を見ていられないかも知れません。


後半は、津雲半四郎の語る身の上話。

まだ浪人になる前の平和な生活。旧友の息子である求女と自分の娘(満島ひかり)が楽しそうに語るシーン。主家が断絶になり浪々の身になりながらも、貧しくも幸せに生きてきた、自分、娘、そして求女。

やがて生まれた孫(金吾)の可愛さ。病に倒れた娘と高熱を発して寝込む赤ん坊。子を医者に連れて行くには3両という金が要ると医者に言われ、求女は「あてがある」と家を飛び出して行きますが、いつまで待っても帰ってこない。

夜、遅く死体になって帰ってきた求女。そして、井伊家のバカにしたような口上。
半四郎はそこまでを一気に語り、こう問いかけます。

「確かに、おしかけ切腹は悪い。恥ずべき行為だ。だが、いったん家に帰って出直したいと言った者の願いをなぜ聞き入れてくれなかったのか。それに竹光と知って、なぜ無理やり腹を切らせたのか」

ここにおいて、半四郎(海老蔵)と家老(役所広司)の立場は真っ向からぶつかります。それは、持てる者と持たざる者の争い、さらに個人と組織の争いとも言えるでしょう。それぞれに理由があり、簡単に結論が出る問題ではありません。


この映画はここで終わっても良かったかもしれません。理を戦わせ二人の舌戦で終わるのがベストかも知れません。

半四郎は思わぬことを語り始めます。井伊家の使い手に介錯を願い出ます。だが三人が揃いもそろって休んでいる理由を知ってシラを切ります。実は半四郎は、三人を襲い髷を切り落としていました。形勢逆転、武家の面目を理由にしていた家老は立場が無くなり、おしかけ切腹をする輩が卑怯未練であれば、半四郎に髷を切られたにも関わらず、姿隠して出仕せず、隠れているのは、それに倍する卑怯未練な振る舞いをしていることになるとの理路整然と穏やかな口調で語ります。後に三人は武士の面目を失い自害します。


困った家老(役所広司)は、家臣たちに半四郎を討ち取るように命令します。死人に口なし、やっつけてしまえ、です。

半四郎の抜いた刀は竹光です。愛する家族を全て失った半四郎は死を覚悟で乗り込んだことを思わせます。ここの殺陣は東映風のすっきりしたものでは無く、ひどく泥臭いリアルなものがありました。

竹光で首を掻き斬るように刀を使い竹光を切り落とされれば敵の刀を奪い、半四郎は屋敷の奥へ奥へと逃げ込んでいきます。

やがて屋敷の奥深く、井伊家先代の象徴でもある『鎧』が収められた部屋で、半四郎は敵の侍を投げ飛ばし『鎧』を壊します。

このシーンは独裁国家崩壊の独裁者の銅像を倒し国民が勝利する昨今のいわば、既存の権威を放擲する行為とラップします。

そして半四郎は両手を挙げ敵の刃に倒れ伏しますが、まさに権力(組織)側の人間と個人の戦い。

個人の無力さ愛とは義とは考えさせられました。

そして何もなかったかのように時は流れ『兜』は復旧され大名達(権力者)の生活は平然と継続していきます。


時代劇でありながら現代社会に投げかけるテーマは鋭いものがありました。




1962年に『切腹』というタイトルで仲代達矢主演、小林正樹監督により映画化された滝口康彦の小説『異聞浪人記』を、三池崇史監督が再映画化。

市川海老蔵と瑛太が、“切腹“という行為を通して武家社会という権力に立ち向かった寛永時代の浪人を熱演。ふたりのまっすぐな生き様を通して、世の中の不条理を問う。時代劇初の3D作品ということも話題。


涙を誘うとても楽しい作品です。


お年寄りや男性ばかりではなく、多くの方にお勧めする映画です。




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