8mm映画 その4
40年の時を超え蘇る『マッチ売りの少女』
ライトを修理しました。
貴重なフィルムが出てきました。
40年前に手作りアニメ『マッチ売りの少女』と『フリコMAN』を制作していました。
背景の絵を描き、人形も紙粘土で作り、一コマ一コマ コマ撮りして実験していました。
昔からこのような事が好きで趣味でやっていました。新たに自己発見です。←昔から好きだった。
それが今に繋がっています。
映写機の投映ライトが切れました。 ハロゲンライトを代用します。
狸ライトを外しソケットを外しました。配線を切断絶縁
ハロゲンライトにスタンドを製作付けました。
既存のソケットフレームに設置しました。
12V5ah用小型バッテリーに小型太陽光発電にて充電します。
使用時間を計算すると・・・直接50Wのライトを消費する場合。
1時間のバッテリー容量は60Wなので50Wライトなら1時間ちょい使用
できますが・・・バッテリーは半分以下の容量になると復帰が難しくなるので
代用品ハロゲンライトで充分代用できます。
100円ショップ製品のハロゲンライトでも投映できますが、暗い部分が
ちょっと弱いです。
■40年の時を超え蘇る 『マッチ売りの少女』
おじさん。マッチ買ってくれませんか。。。
少女は空腹と寒さに耐えかね、マッチをすって暖をとり、そして死んでしまいました。
私の友人の自殺事件から3周期(当時23才)の作品でした。←色々蘇ってきました。
40年経った今も、『私のこと忘れないでネ』と呼びかけているようです。
①新宿コマ劇場界隈 ②『どついてんか』出演 ③ハロゲンライトの種類
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■映画の脚本の執筆にかかりました。
タイトルは・・・『梶原景時伝説 合志秘話 ①落人の恋 ②景時の影武者 ③亡霊の宴』
【ちょいあら】ちょっとしたあらすじ
景時は清水で討ち死にしたされているが・・・実はそうではないのだ。
文治二年(1182年)源頼朝の代参としてこの合志竹迫の善光寺を訪れ、太刀一腰、砂金二袋持参寄付した。
大同元年(806年)征夷大将軍坂上田村麻呂が筑後国に清水寺を建立していて夢に感じて鞍嶽の麓に善光寺を建立したと伝えられ、本尊、薬師如来は、行基の作と言われる。・・・・
その善光寺が元合志郡竹迫手永平村にあった。
そこに景時は頼朝の代参としてきた。
1185年4月25日(元暦2年・寿永4年3月24日)壇ノ浦の戦いで先陣争いに『義経』に負けた『景時』は、その心を癒すために数年前に訪れた合志竹迫の善光寺の尼の所に訪れる。
そして尼との恋に落ちていく。。。
それから・・・
景時は、影武者を仕立て家来と共に鎌倉に帰えした。
どうですか。だんだんおもしろくなってきました。(自笑)
きっと、おもしろい映画ができるとおもいます。(自賛)
一緒に映画制作しませんか。。。![]()
景時役は・・・ふくやまおとるさん
尼の役は・・・さわじりえりまきさん
でぇ。。。
キャスティング・・・考えています。
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追伸です。
5月18日のブログにて舟木一夫さんの『高原のお嬢さん』のコメントを載せたところ、以来とてもたくさんの検索が入って来ます。私も含めファンの方が多いのですネ。その後8mm映画その3の中で舟木一夫さんの舞台に出演していたと思い出のコメントを載せたところ、また検索が多数入ってきています。
そこで、当時のパンフレットを探しました。
昭和47年 明治座芸能生活10周年記念 舟木一夫8月特別公演でした。
昼夜2公演 ああ予科練ではなく 高橋玄洋作 松浦竹夫演出『あの海の果て』でした。
私は予科練同期生の青木豊役で出演していました。
舟木一夫さんのファンの方々に、そのうち40年前のパンフレット紹介します。
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追伸その2
花登筐作・演出『どついてんか』先日、新宿コマ劇場出演を紹介しました。パンフレット新コマのは見つかりませんでした。大阪梅田コマ劇場でやはり同じメンバーで上演していたパンフレットが見つかりました。
これも後日紹介します。



