またまた気になっちゃったらとまらない私の悪い癖が。。。
よく言うピンからキリまで。。。ピンとキリって何?そしてどっちがいいの? って。。。そこいらの雑学本には必ずといっていいほどでています。でもやっぱりたまにふとわかんなくなるんですよね。。。やっぱり。
自分で納得していない証拠です。
ってことで改めて調べちゃったんです。

・ピンのほうが上等だと思っている人
・キリのほうが上等だと思っている人
・キリって「桐」なんじゃない?って思ってる人

いっぱいいます。まずは調べた結果から。

●「ピン」の由来……ポルトガル語で「pinta」。「点数」という意味で英語の「point」にあたります。室町時代にポルトガルから伝来した天正カルタで1点の札のことをピンと呼んだのが始まりでして、最初という意味だけでなく、本来は最低(1点にしかなりませんから)という意味も含んでいました。

●「キリ」の由来……日本語で「きりをつける」「きりがつく」の「きり(切り・限)」。「物事がそこで終わりとなる。区切りのところ」という意味。天正カルタは1~12まであり、12の札のことをキリと呼びました。一番最後という意味です。
※俗説その1:ピンキリを1~10までと解釈し、十字架という意味のポルトガル語「cross」が転じたという説。
※俗説その2:花札の12月が桐の花なので、そこからキリ=桐になったという説。

つまり

■ピン…… もとは天正カルタの1の札のこと →最初、最低
■キリ…… もとは天正カルタの12の札のこと →最後
ということで、これを当てはめると「ピンからキリまで」は「最初(価値としては最低)から最後(価値としては最高)まで」という意味になるのです。

でも待ってください。。。ってことは。。つまりピンのほうが価値が低いのです!
でもどう考えてもピンキリっていうときピンの方が価値が高そうじゃないですか。。。何かが違う。。。

実は、当時ピンからキリまでという慣用句はなかったんです。ところが、江戸時代に「ピンからキリまで」が慣用句になったとき、この意味が逆転しちゃうんですねー。
つまりです。

■ピン…… 最初 →1番 →最高
■キリ…… 最後 →最低
となってしまい、ピンのほうが価値が高くなったのです。つまりこれは江戸の世が生んだ順列なんです。

そてし現在は、ピンが最高でキリが最低という意味で使われているわけなんです。

うーーん、語源わかっちゃうとどっかでまた間違えて使っちゃいそうですねー。。。
でももひとつ疑問が沸いてきちゃいました。。。順列の「松竹梅」お寿司でも松が高級、梅は一般ってことが慣用になっていますが、これってなんで?
でもまた調べてたら長くなっちゃうんで今日はここまで。
誰か教えてください。

わたしは自他ともに認める大のチョコレート好き。どんなにダイエットを強いられようが夜そーっと冷蔵庫から板チョコをだしてペロッと食べてしまいます。
そんな私がこの本にであったのは最近。思わず買って思わず考えさせられました。

本のタイトルは「チョコレートの真実」。きっとおいしいチョコの作り方とかチョコを使ったスイーツの紹介かと思いきや。なんのなんの。。でした。

いきなりカバー折り返しから。「私の国には学校へ向かいながらチョコレートをかじる子供がいて、ここには学校にも行けず、生きるために働かなければならない子供がいる。少年たちの瞳に 映る問いは、両者の間の果てしない溝を浮かび上がらせる。なんと皮肉なことか。私の国で愛されている小さなお菓子。その生産に携わる子供たちは、そんな楽 しみをまったく味わったことがない。おそらくこれからも味わうことはないだろう。・・・これは私たちの生きている世界の裂け目を示している。カカオの実を 収穫する手と、チョコレートに伸ばす手の間の溝は、埋めようもなく深い。」

そんな部分から始まるこの本はチョコの甘さも飛んでしまうような内容でした。

世界で愛されるチョコレート。その甘さの裏には、苦い真実があります。この本でずっと語られていた話は――カカオ生産の現場で横行する児童労働の実態や、巨大企業・政府の腐敗でした。

実は、カカオ農園で働く子供たちは、チョコレートを知らないのです。 世界最大のカカオ豆の輸出国、コートジボワール。密林奥深くの村を訪れたカナダ人ジャーナリストのキャロル・オフは、カカオ農園で働く子供たちに出会います。 子供たちは自分たちが育てた豆から何が作られるのかを知りません。自分に課された過酷な労働が、先進国の人々が愛するお菓子であることも、チョコレートが何 なのかさえも知らないのです。

マヤ・アステカの時代に始まるチョコレートの魅惑の歴史。そのなかで生まれ、今なお続いている、過酷な「児童労働」の実態と、巨大企業や政府の腐敗。その 背景にある貧困と民族間対立。そして私たち先進国の消費者の行動は、この問題にどう関わっているのか?・この“世界で最も愛されるお菓子”の 裏にある「苦い真実」を、さまざまな角度から明らかにしています。先進国(?)で暮らし、チョコを当たり前のように食べている私たちはこれを呼んで何を考えるのでしょうか?


オランダの研究機関であるMNP(オランダ環境評価機関)が、2006年の国別CO2排出量で中国がアメリカを抜いて1位になったという推計を発表しました。
両国はCO2排出のツートップではありますが、中国がアメリカを抜くことは十分予想されていました。。3年前に北京、上海に行ったときのあのCO2の量はまさに肌身に感じる凄さでしたもの。。。

CO2対策で有名なのは京都議定書ですが、排出規制対象となっているのは先進国のみで、中国やインドには削減義務は課されていません。だから正確には捉えられていないわけでそう考えると中国の数字もいい加減で今後も中国のCO2排出量は伸びるのではないでしょうか。

でもやっぱりここで疑問。オランダ?中国?CO2排出量の測定方法、どうやって測っているんでしょうか?
CO2の排出量は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)という国連機関が定めたガイドラインに沿って、業種や燃料などの排出源に係数をかけて算定されているんです。基本的には各国の自己申告制で、集計されたデータは国連の UNFCCC(気候変動枠組条約)事務局に報告されるってのが真相のようですが、この自己申告ってのがクセモノ。私も誰もそうだと思いますが中国から申告される数字なんてだれも信じちゃいないでしょう。
ちなみに、このガイドラインの内容はかなり膨大なもので、算式に用いる係数も排出源ごとに細かく規定されているとのこと。あんまりそんな計算式なんか問題じゃありません。ちゃんと正しいデータが提供されてるかどうかってことです。
でも、よこよく聞いてみると、今回のこの調査データは研究機関が独自に検証を行なった結果ということで、イギリスの石油会社が独自に調査したデータを使っているということで、これならちょっと納得?

そのMNP発表をさっそく中国は批判。お前らには批判する資格はないんだよ。。なんていいたくなってしまうのですが、そこは抑えて。。。
いままで温暖化を進めてきたのは先進国じゃないかというのがその主張ではありますが、それは今までの話、後進国は先進国の悪いことまで追随する理由はないのですから。
京都議定書に反対したアメリカもそうですが、こうした問題ではどうしても“排出大国”同士の利害がぶつかりがちになってしまうのです。

排気ガス、環境問題には国境なんてないのです。だからこそ世界中の国が協力して取り組まないといけないのですがね。。でも根本には、「僕(私)ひとりががんばってもしれてるし」「私が生きてるうちにはあまり深刻なことはおきないし」なんてのがあるんでしょうね。。でもね。。。人間は生まれ変わってきます。あなたの子供、孫だけでなく、そのずっと先、またあなたがこの世に何度目かの生を与えられるときがくるのですから。。そんな時のためだと思えば本気になれるんじゃないですかね。。。 批判や文句の前にやれることはいっぱいあります。