検査結果は少し亢進状態→薬が効きすぎていた。

バセドの因子もあるときいていたので「ん!?」

身内がバセドと低下のオンパレードなので覚悟はあります。

久々にバクバクするなと思っていたんだ。

病院では思ったことは口に出そう。

「自分なんか」と医者にも気を使う人間なのでいつもドキドキ。

チラージン175→150     鉄剤50

チラージン25からスタートして二年…

はじめはこの少しの変化がすごくキツイんだ。動き出す体に翻弄。

「あした私は生きてるんだろうか?」なんて毎日

頑張りすぎた脳はおそらく腫れていた。→視界が狭い、視力低下

本も5ページ読むと内容忘れる。読み終わらない(諦めて結末をみる)

字が書けない→筆で写経を書き練習、ついでに精神を落ち着かせる

ついでに「生死」について勉強する。

買い物はメモらないとホントに忘れる。買うもの1点でもです。(しまいには笑える)

子供の授乳回数も忘れるし排便も…全部スケジュールにメモして乗り切った。

良く怪我(ヤケド 切り傷)をするが、ぼんやりしていて我慢できる。

激しい動悸のせいか毎日追いつめられる。

幼い子の脳の発達が未熟な時にいろいろ大人が見えない何かをみたりする、また

死を目の前にすると霊が見えるような事と似てるのか?霊が近くにいるように感じる。(今はない)

幻聴幻覚ってこの感じ。

地味な病気でチンタラ待つだけにウツウツしてくる。

これに挑んだのが動くこと。動くとスーとする。

とにかく用を見つけちゃセコセコと動く→動きすぎてたまにダウン

でもやめたら動けなくなる。完全に鬱病でした。

家からでても体力15分が限界で、社会性がなくなった。ウルトラマンみたい。

徐々に、一人で電車に乗ったり、街を歩いたりと負担のない状態で慣らした。(子供がいると冷静でなくなる)

こんなこと言うと非難されるかも…母子健康に子供を産んでないと正直愛情が湧かない。

余裕がマイナスからスタートだからかなあ?

その事実があり、保健センターのかたが心配されてよく連絡をくれた。自分にはこういう傾向があると認識することで子供に愛情を持てるようになったとおもう。ありがたい。傾向と対策です。受験生みたい。


病気を乗り越える楽しみに変える。かかってこい。ってかんじ

私は、明るくおおらかな性格は苦しみが半減すると信じる。



最初に『絶対おかしい』と気がついたのは…

2008年広島県に住んでた時

超~お腹が痛い→緊急外来→診断はひどい便秘(かなり低血圧)


家族含め笑い話で終わる…けど


2007年に結婚してから急激に太る、激しい動悸(運動不足と勘違い)、引きこもり。


しばらくして、祖母が亡くなり帰省する際…新幹線の階段がキツイ

葬儀場で親戚に顔色が悪すぎるし、黄疸がでてるから『白血病じゃない!?』と

すぐに病院に検査へ


ここがいけなかった~人生の最悪ターニングポイント 神奈川県とある病院


問診で血液内科に入っちゃった…→診断 『鉄欠乏性貧血』 (誤診)

小児科は全部の病気を診ないといけないけど、大人は専門医がいないと科ごとでは判断がつきにくく

結果、たらい回しにされるか、誤診につながるらしい…必ず総合内科で全検査を。

妊娠してるか訊かれて『ん~?』→妊娠も発覚


家族みんな孫の話で私そっちのけ…


それから…産婦人科へ

10ヶ月ホントに大変だった…なんてったて誤診だもの。

ヒドイ便秘 シツコイ貧血 食欲不振なのに激太り(代謝が悪すぎ)→凹まないムクミ

涙が止まらない→精神不安(ナイナイ岡村みたいにNHKしか観れない) 

笑い方がわからない(とりあえず笑顔はつくる)

歩行や睡眠障害 免疫力低下(風邪ひいて死ぬかと…)

ベッドから起き上がれない(ヒドイと1時間くらいかかる) 手足の皮膚がボロボロ     などなど


人が生きるための要素が少しずつ着実に奪われる恐怖~あぁ二度と味わいたくない


そして2009年、知らぬが仏で自然分娩…意地だけで産んだ初産!!

だけど…地獄のはじまり。愕然


お産のときに、ヒドイ寒気とカッカするほど火照る+羊水過多(バケツひっくりかえすくらい) 

1.5リットル出血 産んで休んだら立ち上がれない…車いす 点滴 天井がチカチカ

得体のしれない恐怖(睡眠薬飲んでもいいよの助産婦さんに→飲んだら死ぬと思って断る)


子供も泣き顔なのに声を出さない→看護師さんにオカシイと伝える。

クレチン症と診断→涙が止まらない(今考えると病気のせいでコントロールできなかった)


でも、私の検査はしてくれなかった。退院して検査してといったら専門医いないからと断られた。

正直、80歳くらいのおばあちゃんに追い抜かれるくらいの体力だった。

専門医のいる病院に別の日に…


『今すぐに来てください』『1か月発見が遅れていたら死んでた』と言われ

はじめて、安堵した。やっとみつけてくれたって。


甲状腺や糖尿病はお産の項目に書いてある病気なのに、同じようにツライ経験をした人

たくさんいると思います。

私も、早く次の子を授かりたいと思えるようになりたい。(トラウマ)


  

とりあえず…はじめようドキドキぼー

2009年に第一子を授かり、はや2年…

ようやく自分と向き合える健康状態になりました。

悪く言えば、あきらめがついた感じ。

自分の経験が薄れるまえにカタチに残~っすあんぱんまん