鳥娘のメモ帳
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部屋の片隅ランプの灯り

ぽつりぽつりと言葉を声に。

油断していると何も喋らないでいるまま、声の出し方を忘れてしまいそうだから、毎日独り言が増えていく。

今日の呟きは暗闇に。

いつも傍らに抱く猫の人形はベッドの隅へ。


「はや、く。幸せに、なれば、いい、のに」


思い出すのは暖かな瞳。


「あたしのこと、なんて、忘れて。幸せ、に、なれば、いい、のに」


もう、抱きしめてくれる体温はない。


「辛いの、うけとめて、やさしく、して、くれるひと、と。今度こそ、幸、せに」


なって欲しい、な。




時々思い出す、昔の話。

この時ばかりは、涙が、零れる。

改・プロフィル

トトイ・サーチャ(totoi.searcher)

バードマン

5月13日生(ティターン)

156cm・48kg

実年齢18歳(身体年齢は別)


ロウドバーグで盗賊団の頭だったバードマンの父と、名も無き小さな島国の田舎の女を母に持つハーフ。

しかし父にはゲデンの炎の声を聞くことが出来るという特殊能力(言い伝えであって、それが真実炎の声かどうかは定かでない)があり

また母も、遙か昔に滅んだ、かつて島国を統一した事もある呪術使いの女王の末裔であった。

そんな稀な血を引き継いだ為か、17歳で謎の奇病にかかり、永遠に近い時間を眠り続けるかに思えた。

しかし、偶然か運命か、不思議な力と縁によって眠りの病を治癒(完治、ではない)することが出来、再び目覚めの世界を生きることとなる。


性格的には天真爛漫純粋培養、ていうかノー天気で鳥頭。

かつ実は腹黒いのではと思うほど時々鋭いツッコミや計算高い行動をしたりする侮れない女。

でも結局不器用なので素直じゃなかったりするへたれっぷり。

カワイイ物に目がない。甘いものも大好き。お料理の腕は並。お菓子作りは大好き。

そんな夢見がち乙女。


あんまり怒らない。基本笑顔。時々しょんぼり。

人を恨むのは得意じゃない。人が好過ぎる、とかいわれるタイプ。

恥かしがりやで照れたりするとすぐ顔が赤くなる。通称トマト。

テンパるとどもる。


以前は胸に、母親が彫ってくれたというタトゥがあったが、病を治す際、術的な方法を使用したためか、何故か消えてしまった。

関わった者曰く「陣の変わりに使わせてもらったよ」との事だが、定かではない。

時々、少し寂しげに胸元を気にするのはそのせい。


同じように病を治す際に“声”が聞こえなくなった。

音は聞こえる為、声は音として聞こえてくるらしい。
故に簡単な読唇と音の雰囲気で会話をしようとするため、会話のテンポが悪かったり、相手の口元をじっと見る癖がついた。


目覚め・2

目が覚めてから数日。

声が聞こえないという問題は、けれど少女にとってはそれほど悲しむべき出来事でないように見えた。少なくとも、周囲の者には。


「だって、声、が、聞こえないでも。音が、聞こえる、から。それに、文字、は、読める、し。口の動き、とか。やりとりができなくなるわけじゃない、でしょう」


いつだってこの少女は笑顔だからうっかりとそうだねなんて納得してしまいそうになるけれど、辛くないわけがない。

けれど頑張っているのだから。

本人がそう言い張るくらい頑張って、なんとなくコミュニケーションが取れるのも事実。


「もう、だいじょぶです、よ。あたし、あいたいです。みんなに」


ややたどたどしくなった口調で、けれど変わらぬ笑顔で。


「まあ。満月も近いし。いいんじゃない。もう、歩き出しても」


突き放すように言った割には寂しげな表情で。

トトイはそんなジェリゥをそうっと撫でて、やっぱりふわりと微笑んだ。


「ありがとうございました、です、よ。あなたのおかげ、で、あたし、ここに今、いるです」


どうして自分を目覚めさせたのかは知らないけれど。思ったけれど、声にするのは難しいし、わざわざ言う事でもないかと思った。


―紳士とジェリゥのつながりを、彼女だけが知らない。


「……行っておいで、羽持ちのレディ。僕はいつでも、君を見守っているよ」


撫でられた、頭に乗せられた手に自分の手を重ねて、祈るようにそう呟く。

対してトトイは言われた言葉の全てを理解したのかしていないのか、にこりと微笑んで、扉の向こうへ、自分の世界へ、帰っていった。



「……世話になった」

「別に君にお礼を言われたいわけじゃなく僕のあくまでも自己満足だったのだけども」

「それでも、あいつは笑ってた」

「今でも、現在進行形でね」

「……オレは、やっぱりあいつを守り続けるよ。それが性に合ってる」

「…………ま、好きに生きればいいのじゃないかい」

だって君の人生だもの。

トトイとすれ違うように顔を出した少女に、ジェリゥは軽く手を振る。

「もう、此処には来ない方がよいだろうね。違う世界を見るのはひどく疲れるでしょう」

「ていうかてめぇと会話すんのが疲れんだよ」

「あはは、よく言われる」

いるべき世界、あるべき世界へ帰っていった2人の有翼の少女。

「さあ、これからも彼女たちを見守らないと、ね」

ジェリゥの手から、兎の形をした小さな使い魔が飛び跳ね、消えていった。

目覚め

新月を映した液体を、眠る少女の口へ注ぎ入れる。

開かないガァペの口から音のない歌が歌われ、少女の眠りを和らげる。

静かに震えた睫が色香を漂わせる。

もう少し、眠った後に目が覚めるわよと赤い花は少年に告げ、少女を残して部屋を空にする。


目が覚めるのは、あと少し。





ぴくり、と瞼が震えるのが分かって、そうっと目を開く。

見えた景色はぼんやりとしているけれど、今まで見ていたもやがかった空間ではなくて見慣れない、部屋の天井。

(……?)

こういうのを鉛みたいになったと言うのだろうか、重たい身体を何とか上半身だけ起こしてまわりをぼんやりと見回す。

周りが全部本棚らしく、本が沢山あるなあとほやあっと思う。

反対側に顔を巡らせると、窓辺に赤い花が咲いているのが見えた。

はな……?

呟いた、つもりだったのに。

(あれ)

自分の声が聞こえない。

まだ寝ぼけているのかなあと思っていると花から生えているのだろうか女性の上半身に気付いた。

やっぱりぼうっと見ていると、その顔がこちらを向いて笑ったように見えた。

(きれい)

思うと、耳に柔らかい音が広がる。

何かと思って振り返ると、見知らぬ少年。

(誰かしら)

首を傾げるて問うのだが、やはり声が出ない。

相手の少年も、口を動かしているということは何かを喋っているのだろうが聞こえない。

聞こえてくるのは優しい、少し悲しげな細い、けれどとても深い響きを持った音ばかり。

(どう、なっているのかな)

まだ夢を見ているのかしら。

けれども現実、そう理解するのにはもうしばらく、半日ほどを要することになる。

世界図書館にて・1,8

「で、オレをこんな狭っ苦しくてカビくさくてお堅い所に連れて来て何の話をしてくれるってんだよ」

良い話じゃなきゃ殴るぞといつもの調子で不機嫌そうに書庫のひとつ、ダイニングテーブルが何故か備え付けられた部屋でケーキを食べながらイヨが言う。

「今日のケーキはラカンカのお手製のフランボワーズとチョコレートのビスケットケーキなんだ。美味しいでしょう」

「てめぇ人の話聞けよ」

向かいに座るのはジェリゥ。のんびりと紅茶を啜っている。

「本当に君はせっかちなのだから。そんなでは好い人も出来ないよ」

「いらねぇ……ッ!」

がちゃん、とテーブルに与えられた衝撃がカップを揺らす。

「……良い話半分、悪い話半分。だよ」

対して優雅にかち、とカップをソーサーに戻してジェリゥは静かな声で続けた。

「良い話。我らが大切な眠り姫を目覚めさせることができるかもしれない。悪い話。けれどそれにはね……」

ジェリゥの口から語られた言葉に、イヨは目を見開いた。

「なん……っつった」

イヨの戸惑う声を、視線を受け、けれど相対する少年はそよ風が吹いたというよりもっとずっと何もなかったかのようにもう一度、彼女に語った言葉を簡潔に言い直した。

「何の代償もなく目覚めることは不可能だと」


時が流れた。

何の音もない静かな時間が。

そうしてしばらく経った頃、先に口を開いたのはイヨだった。

「それで、オレが出来ることってぇのは何だ」

「ああ、ちゃんと覚えていてくれたんだ」

「当たり前だ」

君の力があったとしても、と前置いて語られた“悪い話”。それはつまり、自分の力が必要だという事。

「簡単な事だよ。“血”が欲しい」

「……ち……?」

不可解、という顔。

「そう、血。君の血と、彼女の母親の血。……厳密に言えば君の血よりも君の伯父、つまり姫君の父親の血が本当はよいのだけど流石にそんな無理は言わない」

「……何しに」

「眠りに就いた病の原因が“血”であるならば、其処を調べて対処するものだろう?」

病の研究サンプルとしても欲しいしね、とさらりと言ってのけるジェリゥに、イヨは怒ってよいのか頷けばよいのか分からず、ただ一言

「あいつの母親の血なんて手に入るかわかんねぇぞ」

けれどジェリゥはにっこりと、リィリアに言わせれば『悪魔のクセに天使のような笑顔』で微笑んで、答える。

「君ならやってくれるでしょう? 大切な、従姉殿の為なのだから」




そうして、イヨは不本意ながらに(本人談)2つの“血”を持ってやって来るのだが、それはまた、別の話。

次の機会に話すことにしよう。

世界図書館にて・1

世界図書館のその奥にあるいくつかの小部屋、その内のひとつが図書館長であるジェリゥの私室。

壁はやはり全て本棚で出来ていて、けれど一角、窓のある壁のみが本に覆われておらず、出窓になったその窓の下にベッドが置かれている。

そのベッドに横たわるのはジェリゥではなく、安らかな寝顔で眠り続ける一人の少女。

「ねえ可愛らしいと思わないかい? でもね、これが起きて笑うと、もっと愛らしくなるんだ」

ベッドの傍ら、椅子の背にまたがるように座った、兎の耳を持つ少年―彼が、世界図書館の館長、ジェリゥ。

彼が話しかけるのは窓辺に置かれたひとつの鉢植え。

「そう、この子の眠りの因果を解いて貰おうと思って。君になら、出来ない事じゃあないだろうって、ラックとリィリアが探しに探してたどり着いた答えなんだよ」

鉢に植えられているのは赤い花、否。

「それにしてもリィリアってば頭はよくないけどとても物語りを愛している子らしい。君を見て、『まるで親指姫だ』なんて。可愛らしい喩えだよね」

ふふ、と楽しそうに笑った先にあるのは、親指ほど小さくないが人の掌と同じほどの大きさの女性の上半身に、真っ赤なポインセチアの葉のような花を下半身に持つモノ。

口元は決して開かないが穏やかな笑みが湛えられている。

「いつか親指姫のように花のような笑顔を、その瞳の色と一緒に見てみたいものだけれどね」

彼女の目元には包帯のように目隠しが巻かれ、瞳を見ることは叶わないがそもそも瞳があるかどうかも、誰も、知らないわけだけれども。

「さあ世界樹の根元でその力を受け咲き続けた紅き華、ガァペ。君の力を貸しておくれ」

窓の外には青空に輝くオーロラが棚引いていた。




「やあこれはまいった、ね」

世界樹の力の一端を使う花・ガァペの力を持ってしても、やはり眠り姫を起すのは簡単な事ではないらしい。

「やはり一度決まったこともある運命、だからかな」

言葉を持たない彼女の、けれど伝わる意思から導き出された悲しい解答。

「彼女の病は彼女に流れる血に因るのだからそこを力技でなんとかーってトコ、まではオッケーだし理解もできるし、いいと思う。でも」

あまりに単純で、あまりに厳しい、選択。

「火だかなんだかの声が聞こえるからその声聞こえなくさせようって言うそれもどーかと思うんだけどっていうかそれだけじゃ駄目なの? どうして耳すら聞こえなくならなきゃいけないの」

リィリアは人間である。

故に純粋に、疑問をぶつける。

「”世界存在”でも、無理な事はあるのですよ、リィリア嬢」

「でも……!」

「耳が聞こえなくなるわけではないよ、リィリア。”声”が、聞こえなくなるんだとガァペは言っている。音は、聞こえるから。まだそれだけは救いだと思うよ。……少なくとも、僕は」

全て全て、本人の意思などなく。

ただ周りの人間のエゴなのだと、それはとてもよく分かっているからそう言うしかない。

「でもでも! それに声だけじゃなくて魔力も弱まるっていうじゃないそれって悲しくないの勝手にあたし達みたいな他人が勝手に決めて勝手に起してそれでこの子は幸せになるのッ!?」

リィリアは、純粋な、人間だった。

「それでも僕は、トトイに目覚めて欲しいんだ」

分かっているわかっている。

ただの我が儘だという事は。

けれど出来るのだ。それを押し通す力はあるのだ。

死んだ人間は生き返らないのが普通の人間世界の道理だと言うが、そんな事、世界存在であるジェリゥには関係ない。

力が、あるのだから。

「もしも、彼女が目覚めて、声が聞こえなくなっていること、魔力が弱くなっていることを嘆き悲しみ、眠ったままの方がよかったというなら、僕はその物語を描きなおす事だってできる。……多少、以前の話とは違ってしまうけれどね」

それでも

「望んでしまうんだよ。彼女がただ、笑ってくれる事を」

自分を見て、楽しそうに笑う姿は、本で見て思い描いたよりずっと心惹かれるものがあったのだと

流れるはずない涙が零れそうな瞳で、眠り続ける少女を、見つめた。

世界図書館にて・0

「”ホンノムシ”、1号から17号まで、第三書庫探索終了、目的の記述はゼロー」

「分かりました。そろそろ彼らには休んで頂きましょう。疲労でペースが落ちているようですから」

「はいはーい。……聞いてた? ってワケだから一旦あんたらは巣箱で休んどいで。48時間後に作業再開だよー」


高く高く、リィリアに言わせれば『高層ビルひとつがすっぽり納まるくらい』高く伸びた壁が全て本棚で、そこには隙間なく様々な形、大きさの本が並べられていて、尚且つやはり彼女曰く『どこの国の王宮をひとつ潰せばこんな建物ができるのよ』と言う程広いフロアにはやはり人一人分あるかないかの通路のみを確保して後は全てやはり背の高い本棚が並んでいる、そんな不可思議な空間が、ここ、【世界図書館】だ。

あらゆる世界へと通じるこの図書館には普通の本から”普通でない”本まで様々所蔵されている。

そんな本ばかりの空間を、”蚊”ほどの虫が固まって飛んでいった。

「もーなんであたしがジェリゥのイロコイ沙汰の手伝いしなきゃいけないのよー」

「色のあるお話というわけではありませんよ。ただ純粋に、お世話頂いた方を助けたいとのお気持ちでいらっしゃるのでしょう」

「でもコイコガレテイルノダヨ、とか言われたわあたし彼に。ていうかあたし関係ないじゃ」

「関係ないと仰られる割に、一言お誘い申し上げただけですぐにまた来て下さったじゃありませんか」

「だって夏のバイトで本当に助かったんだものまたバイト代くれるって言うから来ただけだわ」

図書館の一角、お飾り程度に備わっているカウンター。

今はそこすら積み重ねられた本で埋まっている。

その本の合間にクラシカルな洋装で座り込んでいる少女は速読の心得があるのだろうか、すごい勢いでページをめくっては本の山を作り上げては崩している。

「ふふ、それだけ主は貴女を頼りになさっておいでなのですよ」

カウンターの上に、やはり本が積み重なる、その上に居るのは鼠ほどの大きさをしたオレンジ色の猫。

ご丁寧に燕尾服を着ている。

「……あいつがあたしを頼ってるぅ?」

心底不思議そうな顔で猫を見上げる。

「それはないわ。酷使しても罪悪感を覚えないってんであたしに白羽の矢がたっただけでしょ。ねーそれよりあたしも疲れたわ昨日のアップルパイはまだ残っているわよね」

「ええ、それでは我々も少しの間ティータイムと致しましょうか」

リィリアが手を伸ばし、その掌の上にラカンカが乗る。

そうしてキッチンへと向かって、2人のティータイムが始まる。

間奏 ‐紅玉の瞳持つ有翼の少女と兎の耳の幾多の魂を持つ少年の話・2‐

「だかっ! 何でっ! おまっ!」

細い腕はイヨとそう変わらず、むしろ色白で繊細で、どこにそんな力があるのかと思うほど華奢なのに。

自分を紳士<ジェントル>と、使い魔に付けられたはずの名前を称する少年の腕に押さえられたまま、イヨは言葉が上手く紡げずにいた。

「ちゃんとした言葉で喋って欲しいな。それともそこまで、脳まで溶けてしまったのかい」

からかうでもなく静かな言葉。

「まったく、そんな野生的な君がこの本に少しでも触れれば壊れてしまうこと間違いないでしょ。折角綺麗で珍しい本なのに」

君の涙のページはひどく心惹かれたよ、と口の端だけで笑って言うと、ますますイヨは顔を赤くして怒り出す。

「だ、だ、だっ! 黙…!」

自分でも夢だと思いたい、穴に埋めて消し去りたい記憶。

不覚にも、泣いてしまうなんて。

それも、一番泣き顔を見られたくない相手に。

しかも、抱きついて、まで。

「テメェそんな事言いにわざわざ来たのかよ! オレを、からかうために…っ!」

顔が熱い。

ああ目尻に涙が溜まる。

一度開いた涙腺は、少し、緩んでしまったようだ。

「まさかそんな。僕はそんな事していられる程暇じゃあない」

ぱちん、と指を鳴らすと涙の本は消えていた。

換わりに現れたのは破られた、浅黄の表紙の絵本。

「……そりゃあ…」

何だ、と尋ねる前に、少年が答える。

「君の大切な従姉殿の、定められていたはずの未来。眠る羽持ちの少女の物語、……だった、ものさ」

ばらばらになってしまった”本だったもの”を見つめる少年の瞳はひどく寂しげで、イヨは少し訝しがったが、おかげで少し落ち着けたのも、事実。

「……それが、何だってんだよ」

「この本を破り捨てる事で彼女の未来は”確定”ではなくなった。彼女の未来は、今から創りあげる事ができる、…この意味を、理解できるかな、レディ?」

イヨが考え込んだのは、ほんの数拍。

「あいつが、眠り続ける以外の未来の可能性も、できたって事か?」

「おや思ったよりも頭の回転がよいのだね」

「殺すぞ」

ふふ、とけれどひどく楽しげな笑顔になって、少年は手を、差し伸べる。

「彼女を目覚めさせる方法は今、僕の”本体”がラカンカとリィリアと一緒に図書館中を巡って探している」

「……図書館中って」

一度だけ、使い魔が『帰るから』と開いた扉の向こうにちらりと見えた、膨大な量の本棚とそこに積み重なる、それよりも多くの本を思い出す。あの時確か、扉の向こうで使い魔を受け止めた少年は、『こんなものじゃないよ』と所蔵量を誇ってやしなかっただろうか。

「……できんのかよ」

不安交じりのその表情に、少年は優しく、微笑んで。

「できる、ではなく、僕はやるよ。愛しのレディの為だもの」

いつか読んだ、胸ときめかせた眠り姫の物語。

今はけれども、眠り姫の幸せの為に。

「そういうわけだから、君は彼女の元へ戻って。いつでもあの子が目覚めても良い様に、もし目覚めなくとも君が物語の第2章の主役を務められるように」

「オレは主役って柄じゃねぇよ」

言いながら、テントをたたむ。

ああ、ぐずぐずしちゃいられない。

いつまでも、くすぶってはいられない。

光が、微かでも見えたのならば。

「それにしても元気になって本当によかった。蒼き炎の君には感謝ですね」

「……! か、んけいねぇじゃ……!」

振り向きざまに殴ろうとした拳は宙を泳ぎ。

「なっ!?」

下を見やればいつの間にやら使い間の姿に”戻った”紳士が。

「こ、の…卑怯者がぁっ!!!!」


そうして、かつての住家に戻ったのは、その日の夕方でありました。





**********


この後に続く第2章。

その、主役は。

どちらになるのか。

今はまだ、神にも分からぬ未来の話。

間奏 ‐紅玉の瞳持つ有翼の少女と兎の耳の幾多の魂を持つ少年の話・1‐

数日前の話になる。


ロウドバーグ、デルガルタ砦。

そこに新しく住人が増えた。

いつ壊れてもおかしくないような荒い組み方をされた小さなテント。


しかしある日の夜。

夜の静かな闇の中で、静かに男女の口論が起こった事は夜闇以外に知ることのない事実。

そして壊れ、ただ1人分を守るようにだけ作り直された小さなテントの下から少女が顔を出すことからこの小噺は始まる。




「ぅん、ん………?」

もぞりと朝露に湿った空気に顔を出す。

覚めきらない頭で辺りを見回すと、昨日までと違う景色。

「……なんでテント壊れてんだよ」

少女―イヨは心底不思議そうに呟く。

そうして眉を顰めた、時。

「ッ!?」

頭に、なんだか痛みが走る。鈍くて重い、けれどピンポイントに鋭い痛み。

「何だよクソッ」

そういえば顔もなんだか熱くて腫れぼったい。

特に目が開ききらないのは眠気の所為だけでもなさそうだ。

「クソ……何かあったか昨日……?」

痛む頭を押さえて思い出す。

「昨日、昨日……そうだ確か」

思い出す。

「蒼のヤツ、が…………」

従姉の義理の姉に属する4色の炎のひとつ。

蒼い炎の具体者の顔を思い出す。

彼が、来て。

「………………」

思い出す。

思い出して、そこで。

「ッ……わぁああああああッ!!!!!???」

思考が、ストップ。

顔が熱くなったのが、触れずにもわかる。

叫んで、大声で、思い出された記憶をかき消そうとする。

けれど流石に、つい数時間前の記憶はそう簡単に、しかも思い出そうとした結果思い出された記憶である為に、消えない。

「ゆ、夢だっ! あれは、夢だ夢! 夢!」

自分に言い聞かせるけれど、少し視線を動かせば


壊れた後の、テント


(夢じゃねぇ…………!)


がくり、と項垂れるもすぐに思いなおし、握った拳に力を込めて。

「くそ、こうなったらとりあえず」

導き出した最善策は。

「殴りに」


「相変わらずそこにしか考えが行き着かないのですか貴女は」


声が、した。


「まあ元気がなかったよりも、良いのですけれどもね」

「のわあッ!!!???」

振り返ると、さっきまで無かったはずの影が。

小さな、兎ほどの大きさのそれは、まさに兎によく似た形の―普通の兎と違う所と言えば尻尾の形と人間用のシルクハットをすっぽりと被っていることと、人語を喋っていることくらいの―使い魔が、いた。

「な、な、な、な」

こくり、と一呼吸。

「何でテメェがココにいんだよっ! テメェはトトイが眠ってすぐ、”あっち”に帰ったじゃねぇかジェリ…」

「紳士<ジェントル>、と。今まで通りにどうぞ、レディ」

よく澄んだ通りのよい声でやんわりと拒絶をされ、イヨはぐっ、と言葉に詰まる。

「何をしに、と問われるのであれば『見てしまったから』だとしか言い用がないのですよ、炎持つ有翼のレディ」

見てしまったと言う。

何を、と呟くイヨに紳士は片目で視線を送ると一言、答えた。

「本を、ね」

シルクハットの中から、硝子の様に繊細で複雑な色をした、分厚い、けれど大きさ自体は紳士の手に丁度良く納まるくらいの一冊の本を、取り出した。

「あらゆる世界で零れ落ちた涙でできた、そこにこめられた願いの描かれている本をたまたま見たのでね」

涙でできた。

「! ちょ、よこせそれ…っ!」

嫌な予感がして手を伸ばす。

小さな兎の姿をした使い魔から本を奪い取るくらい、なんてことない。

はず、だった。

「だからどうして君はそうすぐに手がでるのだろうね」

そこに居たのはもう使い魔ではなかった。

「て、めぇ…!」

「この本は今言ったとおり涙でできているのだから、そんなに怒鳴られては怯えて震えて壊れてしまうよ」

紳士と同じように兎の耳をした、けれど大きさから姿から声から何から全て違う、12,3の年にしか見えない少年が、イヨを片手で制し、片手で本を守っていた。





NEXT

第2章の始まりは 眠りの底から

ひどくもやがかった視界は一向にひらく気配は無く、ただゆうるりと水の上を漂うようにゆうるりと眠り続ける有翼の少女がひとり。


いついつまで、眠ればよいのでしょうか


呟く言葉は声にならず。

虚ろな瞳と虚ろな心。




**********


「ラカンカ、涙の本に面白いページが増えていたよ」


日々増え続ける物語。

そんなあらゆる世界中の物語を網羅する、【世界図書館】でひとつ呟かれた言葉があった。

「涙の本に、でございますか」

呼ばれ、本棚の陰から現れたのは鼠ほどの大きさをした、燕尾服に身を包むオレンジの猫。

「つくづく縁があるのだろうかね、僕と彼の有翼の乙女とは」

鼻につくような少し高い、少し掠れた声で甘美に言うのは年の頃12,3の兎の耳を持つ少年。

「ほら見てご覧よ。このページを」

少年に見せられた本のページを一瞥すると、ラカンカと呼ばれた猫ははぁ、と小さな溜息をついた。

「ジェリゥ様、そうして之を見て、そしてどうなさるお積もりで?」

「……僕の役割を果たそうと思うんだよ」

涙の本を、壊さないようにそっと閉じ、ジェリゥは本棚の隙間をぬって、自分の書斎へ向かう。

ラカンカも、後を付いて行く。

「ねぇラカンカ。僕は本当に、本当に憧れていたんだよ。永遠を眠る羽持つ乙女に」

「存じております」

彼がこの世界図書館の主になってからすぐ、毎日必ず一度は読む本がいくつかあった、その中のひとつの物語。

「ちょっとした気まぐれで彼女の元へ魂を切り分けて訪れてみてもやっぱり、彼女は、素敵で」

浅黄色の表紙をめくる。

薄い絵本のようなそれは、幾度も読まれたのは明らかなのに一向に痛む気配は欠片もない。

「けれどねぇ、ラカンカ。永遠に近い時を美しいまま眠り続ける彼女よりも、永遠よりも少し短い時間を、泣いてもいい、怒っても、それでも最後には笑顔でいられる、彼女の生命力溢れた姿を見続けたいと、僕も願ってしまったのだよ」

既に太古、定められた物語を書き換えようとしているのだと、ラカンカは読んだ。

「滅多に使ってよいお力では御座いませんよ」

「わかっているよ、ラカンカ。その為に僕の魂をいくつ細かく切られようと」

だってねと続けて。

「不要とされる物語は、どこかで間引かれなくてはいけないのも、事実なのだよ」

それを出来る力と、願いと、なによりも、情が芽生えてしまったから。

「僕は”決定稿”を”可能性”に変えることしかできないから、もしかしたら彼女はやはり、このままの道を進むかもしれないね」

それでも。

「少しでも、彼女が笑顔でいられる時間を、ぎゅっと凝縮して見られるのならばそれもとても素敵だと思うんだよ」

そうして、浅黄の絵本は破られる。

泣きそうな、兎のように赤い目をした兎の耳を持つ少年に。


**********


父様に、会ったのですよ。

初めて会う父様は、思い描いていた通りに暖かで、優しくて、そしてずうっとかっこよくて。


『トトイ』


あたしは、まるで幼い頃みたいに小さい姿で、父様に駆け寄って。

父様は、昔母様にしてもらったみたいに、やさしく、あたしの頭を撫でてくれたのです。


『お前の身に起きたことは、とても悲しいことだけれど、それは、俺と、壱与の愛が合わさって大きくなりすぎちまったことだって、諦めて受け止めてくれないか』


ああもうこの人は自分の娘になんて恥かしい事を言うのかしらと思ったですよ。

そして同時に、母様は、もう、次の好きな人がいるのよとも、言おうと思ったのでしたけれども。


「大丈夫ですよ、父様。あったかいから、あたしは幸せなのですよ」


全く考えてもいないことが口からこぼれてびっくりしてしまって。

でも、ああ確かにその通りで。

ただね。


「目を覚まして、大好きな人たちと、一緒にいられた方が、もっと幸せになれそうな気が、するのですよ」


泣いていたと分かったのは、父様がぎゅ、って抱きしめてくれたから。


『そうだな。きっと、もっと幸せになれるさ。未来は、また、お前の手に委ねられたのだから』


どういう意味だったのかしら。

聞く前に、父様の姿は消えてしまって

また、あたしは、たゆたうもやの中にいたから。