あの3月11日以来、家族や主人と一緒に過ごす時間が珠玉に思えている。生きている間は、あっという間、だからこそ大切にしたい時間だ。家族は私の宝物。主人も私の宝物なんだと近頃思えるようになってきている。歳なのかなああせる

人間、所詮一人で生まれ一人で死んでいく。それを考えると、なんの因果か広いこの世の中、悠久の時の流れの中で出会うなんてホントに稀有。おかげで単調に過ごしてしまいがちな時間にいろんな色がついたと思う。不満はない訳じゃないが、私はそれなりに順応性あるほうだし。これが豊かな人生というのかな?

亭主に感謝というより、やはり「出会えた奇跡、この出来事に感謝」なんだな。
若い頃は、違う男性と出会えばまた違う生活が、なんて思うことも無きにしもあらずだったが、基本が自分、をスタンスに生きている私は、束縛とか暴力だとか不意の事がない限り、誰と生活しても大差ないと思ってる。こういう人格に育ててくれた親には感謝!

精神的に自立してる亭主は素晴らしいと思う。もう少しこだわりとかあってもいいけど、まあ、あたしはこだわりすぎなほうだから、割れなべに綴じ蓋なのだろうか。

楽しいこと以外やりたくない自由人間。楽しいことのためにはわがままで貪欲でありたい。これだけは譲れない。私の活力になるから。まあ、時としてそれは孤独だったりするが、寂しさよりも自分が楽しめるか、それを優先する。それで平気なんだ私は。
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今年は寒いけれど北風がまだ吹かないのはうれしいです。
冬至がすぎると、太陽の色もどんどん濃くなって、南に向いた出窓を少し模様替え。いままであったバルーンカーテンを取り外し、カフェカーテンにして、サンキャッチャーを下げて壁に映る小さな虹が移動するのを楽しみます。
今日は庭の苺に花が一輪ニコニコもうすぐ春クローバーチューリップ赤クローバー
そんなわけで、初代バユは2歳直前に我が家の犬になった。下痢ばかりしていたからやせこけて、情けないスタンダードダックスフンド、ワイヤーヘアー、毛色はワイルドボア。あこがれの純血種にしては少し情けなかったけど、私はひたすらうれしかった。
我が家に来てからのバユはとにかく愛嬌があってあっという間にアイドルとなる。それと共に下痢も嘘のように治ってしまった。餌はビタワンにデビフの牛角煮。体重があっという間に10キロとなり、デビフを止めるガーン
留守番は相変わらず嫌う。留守番させている間の悪さの激しいこと激しいこと!当時はしかって訓練的なことを習っていたから私は新聞紙を丸めてビシビシと床をたたいてしかった。と、バユは形相を変えて狂犬と化す。狭いところに逃げ込み、狂ったように怒り噛みつこうとする。さすがハウンド、顎の力は半端でなく、スリッパなどくわえさせようなものなら、ズタズタだ。
考える。こんなしかりかたしても意味がないのに気づくのにそれほど時間はかからなかった。バユはオーストリアで叩かれてしつけられていたんだ。留守番させられていたんだ。
とにかく、もうしかられるのは嫌、いつも一緒にいたいだけなんだ。
私や父や母は、バユと折り合いをつける。多少不便でも、バユと出掛け、バユとでなきゃ味わえない体験や思い出をたくさん作った。
バユの悲しい生い立ちは、私に全て解ってしまう。でも、バユと過ごした7年は充実していたしすごく楽しかったよね。赤いセーター編んでクリスマスケーキと写真撮ったり、バユはあたしの青春だったかなニコニコ
父が心臓発作を起こしたとき、夕飯もそこそこに、車に父を乗せて病院に駆け込んだ。バユは、ただオロオロしていたんだろう。テーブルのピラフ4人分を平らげ、全てはきもどし、下痢もして、おまけにおしっこをリビングのドアにかけてあった。帰宅した私たちは思わずその修羅場に大爆笑したっけ。バユ、愛してるさ。愛していたさ。あたしが結婚したから、妊娠したから、癌なんか作って命を畳み込んだんだよね。ごめんね、ありがとう、バユ。