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真に豊かな人生を求めて

この度、インナーチャイルドに関する探索が収束したので、要点のみ抜粋した。

診断ではなく、私個人の体験を言語化したメモである。

 

 

 

◼️0歳体験と自己防衛様式の形成

 

私の人生の根幹は、0歳体験(超初期の養育者不在による情緒的空白)に深く由来している。

田舎の自営業の家庭に次女として生まれた私は、誰の目にも留まらず大半をひとりぼっちで過ごした。

泣いても誰も来てくれない、感情は役に立たないと学習した私は、感じるよりも先に、生き延びるための操作に入った。

誰がいるか、今は安全か、外界の監視に目を光らせた。

甘え、委ねを一旦封印し、期待しない、求めない、自己処理モードを起動した。

勘違いしやすいのだが、これは感情の放棄ではなく、あくまでも生存戦略の切り替えで、愛の獲得方法であることに変わりはない。

こうして自らを最適化し、結果として、超自立型、内向き設計型、期待遮断型、防衛様式としての自己完結モデルを獲得した。

自己調整力と洞察が過剰に発達した。

他者で神経が静まる経験が乏しく、鎮める役を自分が引き受けるしかなかった。

交感神経が入りっぱなしで過緊張が残った。

 

私は、養育者との関わりのなかで本来育まれるはずの「自分は存在してよい」という基本的安心感をほとんど得られなかった。

その結果、慢性的な自己否定がデフォルトとなった。

感情にゆだねることは危険と理解し、制御対象とした。

初期のOSであり身体の在り方そのものとなった。

 

人間は、試して、失敗して、他者に受け止められて、という経験により、人格の成熟の機会を与えられる。

失敗、修正、学習の機会損失と、生存優先により、外装備としての人格はおろそかに後回しになった。

 

 

 

◼️超自立型が固定された出来事(テキサス)

 

内面での自己完結スタイルを完全に固定したのが、16歳のテキサスへの留学体験となる。

自我未形成の重要な時期に放り込まれた環境は、またもや外部に依存が許されない環境だった。

0歳体験の再来に近い感覚であった。

後に調べて分かったのだが、在籍生徒の約8割が貧困層に属する学校に入った。

数字を見て、当時感じていた過酷さに、客観的な裏付けがついた。

貧困層の世界は独特で、嘲笑やからかいが飛び交い、排他的な序列が構造として存在していた。

アジア人種と言語能力未達により私は最下位階層を無言で言い渡され、またもや存在の排除に遭った。

また「居ない子」の扱いだ。

またしても世界は自分で守ることでしか生き延びられない。

「とんでもない世界に来てしまった……自分一人しか頼るものがない」

諦めに近い覚悟が立ち上がると同時に、遠い既視感のようなものを覚えた。

0歳体験の感覚と重なっていたことに、今さらながら気づき、心が震えた。

 

こうして私の超自立型は固定した。

ちなみに人生でもっとも通常型に擬態が成功した時期は中学生であったが、高校留学で無残にも砕け散ることになる。

 

 

 

◼️インナーチャイルド概念との出会い

 

インナーチャイルドとは、幼少期の体験パターンが人間の言動の根幹に影響するという見立てのこと。

誰もが見捨てられなどの多少の傷を持っている、というアイデアのことを指すことが多い。

私自身、長年の自他分析により感じるのだが、これはすごく正しい。

そして、無意識の領域とも重なるが、はたからみると、かなり顕在化して見えもする。

 

このアイデアにたどり着いて気づくことに、インナーチャイルド療法というものは意外にも世間で数多く出回っている。

本を読んでみるがどれもしっくりこない。

自分の努力がまだ足りない、と思い込んでいた。

内省型にありがちな、過度な自己攻撃、自責、罪悪感を持ち出しても一向に進まなかった。

 

私にとってインナーチャイルド概念は、感情を癒すための技法というより、行動や反応の背後にある初期条件を特定するための補助線となった。

感じ直すことよりも、どこで、どの前提が形成されたのかを理解できたときにはじめて身体が静まるタイプであることが、ここで明確になった。

回復の指標として語られやすいカタルシス(感情を感じ切ることで起きる解放)は、少なくとも私にとっては探索の終了条件ではなかった。

一般には、感情を感じ切ることで自然におさまり、気が楽になるとされることが多いが、私の場合その感覚はほぼ適用されず、構造と意味を理解し、納得感により完了とする性質に属する。

 

 

 

◼️愛着障害という言語化

 

2024年春、愛着障害という言葉に出会う。

岡田尊司氏の本を5冊読んだ。

感情を入れず冷酷なまでに淡々と語られる、不適切な養育環境の弊害、原因と出力を一貫性をもち論破していくそのスタイルが自分の性質と合致した。

インナーチャイルド本を読み進めるときに必ず現れる体調不良を乗り越えて読破した。

はじめて自分の幼少体験の深刻さが言語として定着した瞬間だった。

その後、他のセッション(催眠療法的)を受けたときに、私の原点は0歳児であると知り、あまりにも根深い体験パターンであると同時に、なぜ記憶に上がりにくかったのか、なぜ言語化できにくかったのかが、一気に腑に落ちることになった。

 

的確にしっぽを掴んだので、それ以降は分析にも磨きがかかった。

掘れば掘るほど腹落ちした。

自己原因説による自己否定、つまり、後天獲得のゆがんだ性格が不幸の元凶だ、という信念が崩れ去る解放の瞬間にも立ち会った。

すがすがしかった。世界に光が差し込んだ。

 

名前がついた瞬間、自分を責める回路が止まった。

 

 

 

◼️分析停止期間について

 

そんなとき、不思議な均衡がはたらいた。

 

そのころ、自分のせいじゃなかった、養育者の養育放棄のせいだ、という案のもと、このブログで想いを吐き出しながら書くことで整理していた。

ある時、当の母親がこのブログを見ていると自白し判明した。

私は「書きにくいから見ないでほしい」と言った。

母親は「どうせまたブログに悪口書くんだろう」「これからも勝手に見る」「成長を見ているだけだ」といった趣旨の発言をした。

 

なるほど、これが母親の自己防衛スタイルか。

被害者意識に見えた。自己正当化にも見えた。

境界線の侵入があり、心理的な圧力だった。

 

私は一気に書く気が失せた。

自己ヒーリングのつもりで綴っていたが、加害者本人が監視しているとなると、自由に書けない。

外部からのノイズは致命的に精度を落とす。

 

1年半くらい経った。

そのあいだ、分析を止めていた。

不本意ながらもすんなりと休息に入った理由はいま思えば、中枢の理解を終えたことが大きい。

まぁ正直にいえば、疲れていたし、自発的な衝動が起きなかった。

 

後から振り返ると、私の気質には「分析停止」が有効だった。

休息なく掘り続けていたら、自己と世界の境界感覚をうしなっていた可能性がある。

 

それに気づいたとき、なんと皮肉なことが起きたと感じたものだ。

幼少期、私がもっとも必要としていた時期に、愛も世話も注目も与えなかった母親だが、いま私が深みにハマって危険水域に行くのを意図せず阻止した構図となる。

意図と行動は一致しなくても成立する例だ。おもしろいじゃないか。

見えないレベルの均衡が働いて起きた現象だと理解している。

 

私の場合、理解が十分に進んだあとは、考え続けないことが回復になった。

 

 

 

◼️家族構造の全体像

 

母親は未熟な加害者だったと考えるが、同時に構造上の被害者でもある。

我が家は、戦後よくみられた機能不全の家庭環境であった。

 

母が嫁いだ先には、実母を亡くし一次愛着が形成されず神経系レベルの欠損を抱える姑がいた。

祖母は愛情を安定供給する術を知らず、愛を、奪う、囲う、独占する形でしか扱えなかった。

初孫である長女を母親から容赦なく奪い、自己を埋めるために、隔離し溺愛した。

 

母は母親になるという経験を根こそぎ奪われた。母親になり損ねたのだ。

次女(私)が産まれても母親になり損ねた母は愛着形成を育めず、愛情を出す場を奪われた喪失感や無力感、自営業と嫁という孤立構造の中で、嫁ぎ先の仕事の忙しさを理由にして、悪意なく次女を視界から遠ざけた。

感情を処理する余裕がなかった。母も生き延びていた。

 

父も加害者だ。

家庭内の養育状況に無関心で、不在、沈黙、という典型的傍観者スタイルによる隠れた構造的加害者の一人となった。

感情の空白ポジションは、責任の所在を曖昧にし、過干渉、代理戦争を間接誘発し、被害者を量産した。

 

その起因は祖父にあった。

祖父は家父長制を無言圧で敷き、家庭全体を支配していた。

 

このフレームからあふれ出してしまったのが、年少者である私であった。

どうやら私は、この枠に入りきらない自立型傍観者となった。

よく癇癪を起こし非常に迷惑な暴れん坊でもあった。

それは無視され続けた未発達な幼子の神経系の負荷反応であり、限界超過時に発露する神経系リセット反応だった。

被害者の役割が多い組織だったにもかかわらず(被害者が主だったのは、祖母、母、姉)、私が巻き込まれなかったのは、「内側」に入るより先に「外側」から配置を読む癖がついていたからだ。0歳体験由来の危機察知能力のおかげである。

 

以上、要点のみ。

補足は無限にあるため割愛する。

 

 

 

◼️終了宣言

 

さて久しぶりにブログを書いた理由は、この年末年始に、自分のなかで初めて、終了宣言が響き渡ったからだ。

インナーチャイルドを我が身の出来事として自覚してから丸4年となる。

感情的な達成感はなかった。

ただ、長年解けなかった問題が、正しい前提を置いた瞬間に解けたような静けさがあった。

それは意図せず訪れた。

 

年末年始に久しぶりにふと、過去に起きた人生のあらゆるトラブルや疑問を、集中して因数分解していたとき、揺るがない1本の太い幹が突如として姿を現したのだ。

今まで断片的に集め続けていた木の枝葉がピッタリと一貫性を持ちその幹に根を下ろす瞬間を目撃した。

人生で出会う事象への自分の生体反応パターンが、1本の因果線(0歳ポイント)に集約される様を見届けた。

愛着障害がもたらす認知の歪みと私の反応パターンが、一般的な対人環境と衝突しやすかったことで、トラブルが頻出していたと静かに解明された。

なるほど、それならば納得。である。

それ以下でもそれ以上でもない。

これは因果を理解したあとの、単なる事実整理である。

 

最後は憎しみも心残りも裁きもない。

祖父とて戦前という時代の被害者であることから、もはや誰も悪くないに行き着く。

加害と被害が重なり合う構造では、誰か一人を悪者にしても全体はほどけない。

自分が0歳で獲得した自己防衛様式をいまだに手放せないように、誰かが自分のものを守っていたとしても、それは責められるものではない。

I'm OK, You're OK である。

 

これ以上掘っても既知の目撃となる。

私にとっては、ここが一旦の到達点である。

そう確信に至り、これ以上は不要であると結論が出たのだ。

やってもいいが、疲れ果てるだけで、実りとコストが合わない。

 

 

これにて終了案件。

心理的負荷の大きい課題に真正面から取り組んだことを誇りに思う。

ヒントをくださったすべての方々に、深い学びに心より感謝する。

それから、我が身を守ってくれた防衛システムに、ありがとう。

 

インナーチャイルド(内なる自分)は、成長とともに消えるものではなく、統合して人生を一緒に闊歩していく相棒だ。

人間ドラマのフェーズを終え、原因探索期、怒りや裁きの期間も経て、私たちは統合前夜のような静けさの中にいる。

いま私は十分に大人になったので、すべてを引き受け、幼子を安全に保護することができる。

人は安全基地があるだけで救われる。少なくとも私はそうだ。

終わりとは忘れることではなく、同じ問いをもう掘らなくてもよくなる状態なのかもしれない。

 

 

 

 

以下、参考文献および関連図書。

 

感情を丁寧に感じ直すアプローチが合う人もいれば、私のように、構造と意味の理解で身体が静まる人もいる。

後者であっても、感情ワークも併用することは経験上有益だと確信している。

「注目してほしかった」という幼子の欲求は必ず聴いてあげることを忘れないであげてほしい。

 

そのうえで、岡田尊司氏の「愛着障害」関連を数冊、できれば全冊読む価値は高い。

共感が徹底して排除された書きっぷりなので共感されると嬉しいタイプの人は一応ご注意。

子どもを持つ前に出会っていたら、私には有益だったと思う本だ。無自覚な世代間転写を自分の代で止めるきっかけとなり得る。

私にとっては決定打だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家庭内人間ドラマについては、こちらの本を参照するとよい。

エネルギーの獲得様式(自己防衛方法)の理解が深まる。

いくら考えてもさっぱり分からなかったことが、先日10年越しで回答を手に入れることができた。

スピリチュアル思想本なので好みは分かれるかもしれないが、私は大好きな読み物の1つだ。