どうも、こんばんわ。

 

異動して、数週間が経ち

 

とても不安でしたが

 

異動してよかったと思う、今日この頃でございます。

 

長くいた部署を離れることで、思っていた以上に気持ちが晴れやかになっています。

 

結果論ですが、異動は正解だったようです。

 

 

 

 

よかった・・・。

 

 

 

本当に・・・。

 

 

 

 

 

さてさて、今日は初出勤の新社会人の方々が多いと思います。

 

ウチでは年度初めに、病院全体で毎年朝礼を行い

 

入職者の紹介が行われます。

 

実際は、遠くから見るので、顔なんかほとんどわかりませんw

 

緊張しているなぁ~とか思いながら、挨拶を聞いていました。

 

 

詳しくは知れませんが、今年の国試はなかなか難しかったようですが

 

無事合格して、新人さんが何人か入ってきてくれました。

 

うちの部署にも、3人くるみたいです。

 

 

1週目は、いろいろと病院全体でのオリエンテーションが行われるので

 

病棟で一緒に働き始めるのは、2週目からとなるみたいですが

 

今年は、新人教育担当ではないので

 

とても気持ちが楽です。

 

 

本当に、昨年はしんどかった・・・。

 

 

 

まぁ終わったことは良しとして

 

 

今、ツイッターで「#新社会人に送るメッセージ」っていうハッシュタグで

 

たくさんツイートされています。

 

これが、見ていると結構面白いですよ。

 

共感できるものもあれば

 

ふざけすぎて、ただ笑えるのもあったりします。

 

 

いろんな方々のツイートを見て

 

来週から病棟に上がってくる新人さんたちに

できる限り優しく対応したいと思います。




ではでは。
 

 

 

どうも、こんばんは。

3月になったのに、まだ寒いです。

天気予報では、また雪降るようだし

早く暖かくならないのでしょうか。


今日は雛祭り

子供の頃は、家に大きな雛壇を広げていましたが

人形が怖かったっていう思い出しかないですね。

触って遊ぶと怒られるし

不気味で、ほとんど近づきませんでしたね。


最近のは、本当に色々な種類がありますね〜。

私も今後、子供に買ってあげるような未来があるのかな?


_(┐「ε:)_



ないかな。



ではでは。



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どうも、こんばんは。

なんとなく寝付けないので、更新。


昨日は

久々に夜勤をやって

へばって爆睡。

夕方に起きて、そのまま今日の夕方まで起きてはいたのですが

昨日の夕方から寝ていないという事実を忘れて

着替えて家を出ました。

家から数分歩いて

「なんか体がだるいなぁ。」とか考えていた時に

「そうか、寝てなかったか・・・。」と我に返り

家へ引き返しました。



身体も精神もなかなか疲れているみたいです。



ただ寝てても、精神は癒せないので

適当にアニメとか、映画とか流しつつゲームしてました。

以前は、ストレスが溜まると、浪費で解消していた節がありますが

いつまでも、浪費していてはいけないと

生活を変えてみたものの

なかなかストレス解消方法が見つかりません。


晴れていれば、数時間散歩したりしていますが

まだまだ寒く、雪も降ったりするのでなかなか外へ出ていません。

元々、仕事以外はあまり外へ出ない、休日引き篭もりだったので、家でボ〜っとしています。


この時期にまでなると

新人教育もある程度節目となり

家でまで新人教育については考えないので

少し時間が空いたというか

自分の時間が戻って来たようです。


うーん

最近使っていない機器とかのおさらいでもしようかな。

看護師に限らず

勉強はしすぎってことはないので

気持ちが乗れば、勉強した方がいいのですが

最近は、あまり気持ちが乗らない。


まぁ勉強不足で後悔するのは自分だし

被害を被るのは、患者様だったりご家族様、病棟スタッフなので

ちゃんとしないと!


来年度は、どんな新人さんが来るのでしょうか?

まぁやる気がありさえすればいいか・・・。

性格はどうであれ

元々の性格は直らないから

あんまり気にしない。



また後輩が増えるのか・・・

先輩として、立派ではないので

少しでも、いじめないようにしないと(笑)


今時の子は

怒ったって、響かないことも多いし。


来年度は、新人教育担当ではないので

今年よりは、気持ちが楽に働けると

信じたい。





中途半端に起きてたもんで

なかなか寝れないけど

明日に備えつつ

早めに寝るとします。






相変わらず、ダラダラ愚痴っているだけですが

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。






ではでは。
どうも、こんばんは。

まだまだ寒いです。

なんとなく、ブログを更新しようと思ったのですが、

言いたいこと、感じたことをただ文字に起こした感じなので

長くなってしまいました。

もしもお時間があるようであれば、お読みください。

役立たずの看護師の戯言です。






では、どうぞ。



この間看護師は国家試験が終わって、また新人が来るんだなぁとか思う今日この頃。

相変わらず、文句言いつつも働いております。

看護師が増えてくれるのは本当に喜ばしいことだと思います。

現場はいつも人手不足で、仕事も多く、なかなか定時では帰れません。少しでもフレッシュで、やる気のある人材を何処もかしこも欲しがっています。

看護という仕事は、本当に大変な仕事ですが、それでも看護師になろうと頑張っている学生は応援すべき存在です。

頑張って勉強して、辛い実習を乗り越えて

緊張の試験に打ち勝って

看護師として働き始めます。

しかし、

夢や希望を持って入職した新人は

実際に働き始めて

看護師という仕事の辛さを、身をもって知るのだと思います。


患者の汚物の処理をしたり

暴言を言われたり

殴られる、噛みつかれる、引っ掻かれる

急に泣き出したり

急に意識がなくなったり

本当に様々な患者がいます。


それぞれの患者に合わせて、日々の業務に追われ

心も体も疲弊していきます。

実際に私も、心身ともに疲弊していた時期もあります。

疲れ切ってしまったり、やっていける気がなくなることもあります。

そんな時に、何を糧に働けばいいのでしょうか?

看護師として働く意味はなんでしょうか?


これは私個人の意見ですが

「人のために、働きたい!」

っていうのでは、無理だと思います。

人のために、というのはとても良いことで、

その人らしさを尊重していくことは看護にとって、重要なことです。

しかし、必ずしもそれが叶うかというものはあくまで理想です。

多忙な業務に追われれば、患者一人ひとりと接する時間も限られますし、その限られた時間で、患者が満足のいくような対応ができません。

勿論、それができるのが、良い看護師なのでしょうが、そうしたいという気持ちはみな持っていますが、なかなか叶いません。

色々な経験を積んでいき、そのような対応ができる先輩方も何人もいらっしゃいますが、私はまだまだ未熟者で、その背中を追うので精一杯です。

人のために働きたいと思って、看護師になったけれど、業務に追われるだけで、患者ともうまく話せず、「何がしたかったんだっけ?」と考えたこともあります。

「日々、良い看護が提供できた!」

と思えることは、看護師として働いていく上で、モチベーションを上げるとても大きな要因です。

逆に、日々それができなかったと感じれば、モチベーションは下がり続けます。


正直私はモチベーション下がってます。



ある程度、妥協点が必要なのです。


人間一人にできることなど、些細なことで

患者個々のために、良い看護を提供できるようにチームとして動いて、話し合って、働いていくのが現場です。


日々の業務で、できなかったことはしっかり反省し、次はできるようにして、いつまでも引きずらない。

反省と成長を繰り返していく必要があるのです。

「ここまでは、今できた」とある程度は妥協して

高望みしすぎないことも必要です。



またお金もやっぱり大事です。


私たちは雇い主から、給与をもらって、看護師として働いています。

病院や施設によってマチマチですが

給与はそれなりに良い方だと思います。

命を預かる場で、働く上で見返りは必要なのです。


ただ、人にために何かやりたいという人は

看護師としてではなく、他にも人のためになる仕事はたくさんあります。

もしくは、休日に地域のボランティアに参加することだって、人のためになることではないでしょうか?


「人のためになりたい!」という気持ちよりも

「人のためになり、安定した収入が欲しい!」

という方が、よっぽど看護師として続いていく気がします(あくまで持論です)。

理想が大きすぎると、働き始めてから理想と現実の差で、落胆してしまうかもしれないし

燃え尽きてしまうと思います。


「辛い仕事で、定時に帰れないけど、お金はいっぱい貰えるから頑張る!」

っていうのも、やっぱりあります。

お金のため、というのは大いに誤解を招く言い方ですが、私は正しいと思います。


というよりも、それなりにお金が貰えないと

はっきり言ってこんな仕事やっていられません。

お金の問題で、他の病院などに移ることを考える人ももちろんいますし、雇い主側もどうにか看護師を集めようと、様々な高待遇を提示してきます。

何処も看護師を確保するのに必死なのです。

やっぱり、働きやすくて、残業がなくって、給与が高いところで働きたちと思うものです。


まぁ、現実は

残業ばかりで

給与は並以下?

なところで働いている私がおりますが・・・。




状況的には、あまり良いとは言えません。

では

なんで私は辞めていないんでしょうね?


とっとと辞めればいいのに。



そんな状態の中でも

患者や家族から

「あなたが担当してくれて良かった」

「あなたに看取ってもらって、本当に良かった」

なんて有難いお言葉をもらうと

明日も頑張ろうとか、思ってしまうんですよね。


なかなか対応が難しい患者が、始めて笑ってくれたりすると、やっぱり嬉しいのです。

毎日、というわけには残念ながらないですが

「看護師やってて良かった」

と思うことが糧となって

また頑張れるのです。


嫌だ嫌だと言いつつも

出勤すれば、体が動くのです。


何回も繰り返してきた技術を

体が覚えているのです。



今後、どうなるのかわかりません。

モチベーションが日々変動していますが

結局、看護師として働いていくのかもしれません。



「一旦、看護から離れてもやっぱりまた戻ってくるよ」なんて先輩にも言われたりしました。



天職を見つけられたなんて、一度も思ったことはないです。

身内からは大反対されながらも、なった看護師ですが

ひとまず、もう少しは続けていきます(多分)。



今から、看護師を目指そうとしている方、

応援はします!

でも

おすすめはしません!


命を預かる仕事は、辛い仕事です。

自分の力不足で、残念な結果になってしまうこともあり得ます。


でも

辛い仕事ですが

誇れる仕事です。



本当に看護師を目指すのなら

頑張ってください!









_(┐「ε:)_








ただただ、書きおこしてきただけなので

何処で終わればいいのかわからなくなってきたので

この辺で、唐突に終わります。


愚痴なんだか、自分勝手な言い分を

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ではでは。


 どうも、こんばんわ。 

 

 

 

 まだまだ寒く、雪がなくなったと思ったらまた降って、という日々が続いております。

 

 

 

 

 突然ですが、

 

 昔話をしようと思います。

 

 

 感動的な話でもないし、気分が悪くなる話ではありますが

 

 

 暇つぶし程度に、読んでくだされば幸いです。

 

 

 もちろん、読まなくてもいいです。

 

 

 他にもっとやるべきことがあるでしょうし、他にもっとおもしろいブログがあると思うので、そちらへ行ってください。

 

 

 

 

 自分の周りの環境も変わってきて、身辺整理のつもりで書き残しておこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までで一番、長いです。

 

 

 

 そして、読みづらくなってしまいました。

 

 それも踏まえて、ご理解いただいた上で、読んでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでは、さっそく始めます・・・。

 

 

 私の小さい頃は、それなりに裕福で、好きなことだけしていたいました。

 

 両親と兄弟、自営業の祖父母と一緒に暮らし、好きな物は買ってもらって、我儘な子供だったと思います。

 

 楽しい生活が、このまま続くものだと思って、私は好きなことを好きなように過ごしていました。

 

 

 そんな楽しい生活が一変したのは、私が中学生の時でした。

 

 

 

 

 叔父が結婚しました。

 

 

 その叔父は、子供の私が見ても出来の悪い人間でした。30歳を過ぎても母親から離れられず、仕事はしているが、あまり役には立たない。仕事も父親のコネで就いた仕事で、一人では何もできないタイプの人間だった。そんな役立たずを祖父母は溺愛していた。私も溺愛されて生きていたけど、このまま過ごすと、この人みたいなダメな人間になるのかと嫌になったのを覚えています。

 

 

 その人が、30歳半ばで、突然結婚相手(以下:叔父の嫁)を見つけてきました。そして、その叔父の嫁が、私の生活を一変させる、元凶となったのです。

 

 

 

 叔父の嫁は、ほとんど笑わず、笑顔が作った置物のような冷たいもので、気味が悪いと感じました。結婚後、祖父は、2人に一軒家を与えました。そこで、夫婦は暮らし始め、2人の子供(以下:子供A、子供B)を授かりました。その後、息子を溺愛している祖父は、私たちと同じ敷地内に新たな家を建てて、そこににその一家を住まわせたのです。

 

 

 

 一緒の敷地内で過ごし始めて、叔父の嫁の本性が露わとなってきました。

 
 

 

 子供2人の世話を祖母にまかせ、自分は働きに行き、礼も言わず祖父母たちの面倒もみない。それどころか、金を要求することもありました。

 

 

 祖母は面倒見がよく、嫌な顔せず子供Aと子供Bの面倒を見ていましたが、高齢となり、うまく体が動かなくなってきました。それを全く気にせず、叔父の嫁はほぼ1日中子供の面倒を祖母にみさせていました。

 

 

 私たちは、祖母がやっていることには深く介入はしませんでしたが、買い物など生活面のフォローはすべて私たち一家に頼ってきていて、次第に祖父母との関係が悪くなっていきました。叔父の嫁には何も言わないくせに、私の両親には色々と頼んできて、さも当たり前のような態度をとっていました。

 

 

 向こうには文句を言わないのに、こちらばかりに文句を言って、面倒を見てもらっているくせに何様だと感じ始めました。

 

 

 そんな中、祖父の会社が倒産する形となってしまい、私の生活は一変しました。金銭面が苦しくなっても、祖父母の態度は変わらず、いつまでも私の両親に頼りきりで、叔父たちには金銭面も含めなにも要求しませんでした。そうなってくると、私の両親も気に入りません。何でもかんでもこちらばかりに文句を言って、そんな中でも叔父の嫁は当たり前のように子供を祖母に預けて、仕事へ行っていました。

 

 

 いくらなんでも、おかしいと言っても、叔父を溺愛している馬鹿な祖父母は、向こうには何にも言いません。その頃には、私の目からも、叔父の嫁がおかしい人間だとわかっていました。表情が乏しく、常識がない、急に声を荒げる姿も目にして、恐怖を覚えました。

 

 

 私たち、祖父母、叔父一家の3つの関係が日に日に悪くなっていき、家に居場所がなくなってきました。毎日のように両親と祖父母は喧嘩をして、両親も口げんかが絶えず、母も精神的な疲労がどんどん溜まっていました。数年前の家族の姿はそこにはなく、顔を合わせれば言い争い、私も帰りづらく、遅くまでフラフラすることが多くなりました。

 

 

 家に帰っても気が休まず、布団の中で泣きながら口喧嘩を聞いていました。自分以外の人間への不信感が募り、年を取っていき、高校生のころには私も両親や祖父母と喧嘩することが多くなりました。

 

 

 私は1日でも早く、この家から出ていきたくて、必死に勉強して、バイトする生活となりました。両親からは、「金もないのに高校なんか通って、とっとと辞めて働け!」と毎日のように言われていて、殺意に近いものも感じていたと思います。

 

 

 私も初めの内は子供Aと子供Bの面倒を観ていたのですが、どんどん親に似てきて、憎らしくなっていました。また、子供Aは知的障害もあり、うまく面倒見れなかったのも覚えています。

 

 

 徐々に、子供ABとも距離を取っていましたが、妄想が現れ始めた叔父の嫁が、私のバイト先に乗り込んできたこともありました。「私の子供の首を絞めたな!」なんて大声で言いながら、私に食って掛かってきて、結局そのバイトでの居場所もなくなり、バイトはやめました。叔父を本気で殴りそうになったのを、なんとか我慢して次のバイトを探しました。

 

 

 

 

 私の祖父は、昔ながらの亭主関白で、世間体ばかり気にしている人間でした。自分の会社が倒産したのに、見栄を張ったり、世間体ばかり気にして、出来損ないの息子の嫁のことが、近所にばれないように必死だったのだと思います。叔父の嫁も近所付き合いも全くせず、町内の集まりにも祖母や私の母が出席していて、本当に自分のことしかしていませんでした。育児も人任せのような人間ですしね。

 

 

 

 

 

 そんな環境下にある日、外部からの介入者が訪れました。市の保健師です。

 

 

 叔父の嫁が精神病を患っていたためか、祖父母の生活環境が著しく悪化したためなのかよくわかりませんが、突然介入し始めました。

 

 

 私は保健師という仕事はよくわかっていなかったので、市の職員が来た程度にしか考えていませんでした。何度か保健師が訪問し、面談を行っていました。

 

 

 

 結論から言うと、その保健師はなんの役にも立たず、私は保健師が嫌いになりました。

 

 

 

 高校生の頃の私から見ると、外から人がやってきて、話は聞いてくれるけど、何も変わらない。何をしに来たのか分かりませんでした。一度だけ、電話でその保健師と電話で話をすることがありましたが、その電話で、私は保健師という仕事が嫌いになったのだと思います。

 

 

 「言いたいことを言っていないで、あの人のこともわかってあげないといけませんよ。」

 

 

 高校生の私に、保健師はこのように電話で言いました。高校生といえど、ただのガキです。そのガキに、こんな声掛けしかできない人間が保健師なのかと、ショックでした。

 

 

 この人(保健師)は、本当に何をしに来たのか、私たちを怒るために来たのか?と感じました。

 

 

 よく分からないまま、何度か保健師はやってきて、いつの間にか来なくなりました。

 

 

 

 

 

 

 その後もどんどん環境は悪くなり、結果として、私たち一家はその家から出ていくこと形となりました。

 

 

 家を出た時点で、祖父母と叔父達とは縁を切りました。

 

 

 家を出るまでの間、祖父に何度、「お前の馬鹿息子のせいで、こんなことになったんだろ!」と食って掛かったか、忘れましたね。

 

 

 

 

 

 私が幼稚園に入るころから祖父母とともに暮らし、大好きだった祖父母が、大嫌いで憎い対象と変わっていました。とても残念なことです。大人になって考えてみても、縁を切ったことに後悔はありません。

 

 

 私たちがその家を出て、その後は叔父たちが祖父母の面倒をみることになっていましたが、結局面倒は見ていなかったようです。近所の方から聞きましたが、祖父はひどい状態の遺体で発見され、祖母は親戚が連れて行ったようです。

 

 

 祖父が亡くなった時、県外にいる私の枕元にやってきたみたいです。顔はよくわかりませんでしたが、数分間私の隣でうめき声をあげて、消えていきました。後日、その日時に祖父が亡くなったと聞いて、祖父が私のところに来たのだと思いました。相当恨んでいたようですが、お互い様です。

 

 

 

 祖母も、もしかしたらすでに亡くなっているかもしれませんが、親戚は私たちの状況をきちんとわかっていないので、私たちが面倒をみないで、出て行ったと思っているようです。おそらく、連絡は来ないでしょう。

 

 

 私にとって、子供のころの思い出はとても良いものではなかったです。何度も泣いて、何度も怒って、何度も死にたいと思っていました。兄弟たちも、とても大きなトラウマになったと思います。いまだに、叔父の嫁の悪夢をみて飛び起きることもあります。本当に憎いですね。

 

 

 その家を出たときに、私も両親と距離を取るために独り暮らしを始め、苦痛だった家からやっと解放されたように思えました。

 

 

 子供のころの思い出が嫌なものばかりで、両親との関係性も悪くなり、今に至ります。

 

 地元を離れ、県外へ出てきた私としては、正直両親との縁も切りたいのですが、まだ切れずにいます。連絡も取りますが、その度金の話になるので、「あぁ、やっぱりあいつら(祖父母)の子供か、親にそっくりだ。」なんて思います。

 

 

 その馬鹿どもの血を私も引いているので、私も結局そのような末路を辿ると思うと、嫌気がさしますね。

 

 

 気分の悪い子供時代の影響で、私は子供が大嫌いになりましたし、絶対に家族は持ちたくないと思いました。

 

 

 どれだけ良い人と結婚しても、私が幸せをぶち壊してしまうでしょうし、もしも子供が生まれても、愛してあげられる自信がありません。

 

 

 結局、私も自分のことしか見れていないので、うまくはいかないのです。

 

 

 

 

 今の私には、家族の縁もほとんどなく、仕事しかありません。

 

 

 唯一のいきがいである仕事に、全身全霊で臨んでいこうと思います。

 

 

 そして

 

 

 生きがいを失くしたら

 

 

 次のいきがいを探すか

 

 

 終わりにするのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後まで、憂鬱な話をお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 仕事頑張ります。

 

 

 

 ではでは。