豊永利行オフィシャルブログ「猫視眈々」Powered by Ameba

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◆豊永利行1stインディーズアルバム
「MUSIC OF THE ENTERTAINMENT」

◆豊永利行メジャーデビュー
1stシングル「Reason...」(Play Station Vita「デュラララ!!Relay」主題歌)
2ndシングル「Day you laugh」(「デュラララ!!×2 転」オープニング)2015/8/12発売!!
 ※発売記念イベント有 詳しくはhttp://www.toyonaga.info/

<ファンレターの送り先>
140-0001
東京都品川区北品川1-17-5
(株)スーパーエキセントリックシアター
  豊永利行 宛

毎回言ってる気がしますが、久しぶりの投稿です。


Twitterでも書きましたが、俺は恵まれているなぁというお話。

というのもね?

俺は日頃なんの制約も無しにTwitterに好き勝手色んな事を書いているわけですよ。

中には政治的な話題だったり、人によっては「そこ触れなくても良いのでは?」という話題にも触れたりする。
ただ僕の中にはキチンと記す理由があって、触れる理由があるので、そういった意見は覚悟の上で書いてるんですが。


こないだね。

「豊永くんのTwitter見たよー笑ったわー」という話を直接同業者さんからいただいたんですよ。

勿論、フォローしていただいてる方は同業者だろうがなんだろうが目に止まる。

当たり前の事なんですが、改めて「そうだよな、同業者さんも見てるんだよな」となりまして。

そして更に、スタッフさんやクライアントさんも「Twitter拝見しております」と言ってくださるわけですよ。

まぁ、その都度「タイムラインをお騒がせして申し訳ありません」と陳謝しているのですが(^^;;。



俺は意外と危険な事も書いたりしてるわけです。
雇う側からしたらかなりめんどくさいし、危険な人と思われていても仕方がない。
SNSは名刺代わりにもなっている時代です。
Twitterのフォロワー数でキャスティングをする人もいる、みたいな話を前にしたかもしれませんが、フォロワー数をチェックする人がいるならば、Twitterで何を呟いてるかをチェックする人だって、当然いますよね。

なので、俺が色々と深いところまで食い込んで呟いている事を理解した上で、それでもお仕事を下さる方々には本当に感謝してもしきれないな…と感じたわけです。

有難いことに「Twitterで言ってたやつ、アレわかるわー」と、共感してくださる方もいらっしゃる。

ただ、だからといって自惚れず、お仕事を下さる方々に、迷惑をかける事だけはしたくない…残念な思いはさせたくない、と改めて感じたところでございました。


いま、声優業だったり、人前に出る事を目指している方、卵の方、採用される側の人がいたならば、Twitterは私物だ、好きな事を呟こう、という気持ちや考え方を少しだけ改めた方がいいかもしれない。
どうせ誰も見てないだろう…というその感覚は、ただただ自分にとって損な事だと思う。


まぁ、とはいえ!
俺は媚びることはしたくないし、好きな事を呟く事もやめませんが!
ただ、意識をしているかしていないか、だけで変わってくる事もあるんじゃないかなぁ…?と思いました。


これからも媚びる事なく、邁進してまいります。

仕事は自分の力で、実力で、魅力で勝ち取ります。








えーーーー、ということで。














仕事ください。

僕はその「正しい事」すら定義として疑おう、という考えです。

そして、誰かが自分にとって「正しく無い事」をしたとして。
それが知り合いなら「俺はこう思う」と意思を伝え、大事な人なら「何故そんな事をしたのか?」を問い正すかもしれません。

しかし、どんなときも誤ちかどうかを裁き判断するのは法治国家としての「国」である、とも思っています。
(この法というのも所詮人が作り上げたモノなので、完璧だとは思っていませんが)


自分も誤ちを犯す事があるかもしれないのに、人の誤ちを嘲笑ったり、責めたりする権利や自信は、僕にはありません。

なので、炎上やイジメ、悪口や上からモノを言える人は「凄いなぁ、自分は誤ちを犯さないっていう絶対的な自信があるんだなぁ」と思うと同時に「その誤ちの価値観は人それぞれ違うのだから、"絶対"なんて事があるわけないのに」とも思います。

僕の頭の中には「そういう人は自分にも同じような後ろめたい事があるから攻撃するんじゃない?」なんていう邪推もしますし、まぁ何も考えず周りに乗っかっているだけなのだろうな、とも思いますが、その話はまた今度。


「正しい事」に反した事をしたとして、最も許せず、情けなく、怒りを覚えるのは自分だけ。責めていいのは当人だけだと思います。


皆様の中にある「正しい事」「正しく無い事」はどういった分別がされているでしょうか?
「違法だから?」
「みんながダメと言っているから?」
「自分はそう思っているから?」

どんな考えがあったとしても「だからその人を攻撃していい」という理由になるでしょうか?

そして、犯した誤ちがもし「自分以外の誰かが誘発した事」だとしたら、その人はむしろ被害者なのではないでしょうか?

色んな要因が複雑に絡み合っているからこそ、僕はただただ、行く末を見守りたい。

誤ちは責めて、潰して、社会から消すものじゃない。
誤ちは、人が振り返り、乗り越える事で成長に繋がる可能性のある種だという事を、僕は忘れないでいきたいなと思います。

そして、僕自身も考え方を常にアップデートしていき、間違っていたと思った事は改め、そして人が犯す誤ちを許せる人間になりたいなと思います。

勿論、あからさまに悪意のある人間や、大切な人を守る時など「許せない」ではなく「許さない」時はあるでしょうけど…( ̄▽ ̄)
なんか固そうなタイトルだなーと我ながら思います。

一週間放置しちゃったフランスパンくらいの固さがありそうですね、そうでもないですか?どうでしょうね?








はぁい!


えー、ゲラゲラ 2ndライブ、改めてお越しいただき、ご覧いただきありがとうございました。

固く書いてしまいましたが、まぁ大した事ではないんですよ。

僕らはあくまで役者なので、ネタ中も朗読中も役を演じてるわけです。

ただ、ネタ中はあまり役の要素を入れすぎると面白さやテンポ、本来の台本の面白さを引き出せなくなる恐れがあるので、役の振り幅ゲージ、みたいなのがあるとすればかなり大きく振って、僕は役を形成しているんですね。
町田くんで言えば、普段のテンションとネタ中のテンションには大分ギャップがある。
でも、そういうタイプの芸人さんもいる。
だから、このくらいまでは振り切っても大丈夫だろう。

そんな感覚で作っています。




でね?
1stの時から思ってたんですけど。








彼らはまだ新人も新人、ど新人なわけですよ。

僕は芸人さんの養成所に通った事なんてありませんから、どんなレッスンがあるのか、それは想像するしかありません(もちろん知り合いの芸人さんからのお話も聞くことがあるので、情報は断片的にはありますが)


なので、新人のネタ見せ、という観点から考えると我々中の人の個々のレベル、というものではなく、あくまでゲラゲラの作中のモノは朗読であれネタであれ、彼らの物語なんですよ。



なので、1stから演じていて思う事は、「あいつら上手くなったなぁ…」と、半ば保護者のような気分にもなるんですよね。




そして同時に、今回2ndをやり感じた事。




中の人のレベルも全員上がってる。

そうなんです。
これが意図して上げてきたのか?はたまたそうではないのか?

そこらへんは皆様の妄想りょk…失礼、想像力にお任せしますが。



彼らはきっと今後もっと面白くなっていくんですよ。



そうなった時に、我々個人のレベルも磨いておかないと、役に置いていかれるハメになるかもしれないんですよね。

なので、めちゃくちゃハードルが上がったなぁ…と、今回の2ndライブで強く感じた次第でした。

もっとキザな言い方をするなら「彼らと一緒に成長していってるんだなぁ」と言ったところでしょうか?おっとサブイボ。




ですので今後ももし、また観に来たいと思って下さる皆さまがいらっしゃるのであれば、次回以降はそんな「中の人があくまで"演じている"ライブなのだ」という観点でご覧になっても、面白いかもしれません( ̄▽ ̄)



そして、そう思ってネタを見てみると「まだまだ若いなーあの子ら」と、微笑ましく見ることや「成長したなー」と感じる事が出来るかもしれません♪



勿論、これはあくまで「見方の一つ」を提案したに過ぎませんので、必ずこう見ろ!という事ではない事をご理解いただければと思います。

どんな形であれ、皆様にキチンと笑いを届けるために、これからも精進致します!!



いやー、楽しかった!!!


大野は天才だぜっ( ̄▽ ̄)