スーダンは今日も暑かった。
幹線道路の交差点に目を向けると、そこには見慣れない光景が。
普段はスーダン人のストリートチルドレンが、赤信号で停車した車の窓を拭いている。
ドライバーは、いわゆる『恵まれない子供たち』にわずかな硬貨を恵み、恵まれない子供たちはそれをポケットにしまうと、中央分離帯に逃げ込んで次の赤信号を待つ。
しかし私が見慣れない光景を見たその日は、明らかにスーダン人でない子供が、車の窓を拭いていた。
確証なし、声も掛けていない、しかし私は、彼がシリア人であることに疑いを持てない。
シリアが抱える悲惨な状況に同情するスーダン人ドライバーたちは、いつも以上に施しを恵んでいたように見えた。
数ヶ月前、こぢんまりとしたレストランが新しくオープンした。
スーダン料理と自国の家庭料理を振舞うその店は、その味と雰囲気と人柄から僕を一気に魅了した。
多い日は一日に2回、ランチとディナーに通ったり。
料理もディスプレイされていて、見ながら選べるのはとても嬉しい。
店員の一人、フワッド、シリア人。
料理の味を褒めると、いつも親指を立てて爽やかに笑うイイやつだ。
シリアでもレストランで働いていたという彼の口癖は『トシ!今日もたくさん食べていいぞ!』だ。
スーダンの事は意外と好きだと言う。ただ、シリア人と比べてスーダン人は働かないから、少し苦労しているらしい。
「最近のシリアの状況はどうだい?」と尋ねると、下を向いてただ首を横に振るだけだった。
彼らは『難民』として、スーダンで認知されていない。
親戚や知り合いを伝って、安全を求めて逃避し、ここスーダンにたどり着いた。
フワッドみたいに商売を始められる人はいい。しかしあの子供たちは?
彼らが今どんな気持ちでスーダンに居るのか、民族も宗教も紛争も全てに関して意識の低い私には分からない。
帰れない故郷。
それは2000年に火山が噴火して、全島避難を余儀なくされた三宅島を連想させた。
三宅島の人々は4年半の月日を経て、故郷に戻ることが出来た。
しかし彼らは、いつ…?
日本にいたら対岸の火事。まだ見ぬシリアを身近に感じる今日この頃。
今の僕に出来ることは、シリアの現状を知り、フワッドのレストランでメシをたらふく食うことだ。
可哀想だから?違う、彼の作る料理が美味いからだ。
写真:フワッドと彼のお母さんと
スーダンは今日も暑かった。
最近、週末がとても楽しい。
アラビア語、勉強会、サッカー、パーティなど、予定が目白押し。
一人で本を読んだり勉強したりする時間がおろそかになっているが、まあ残り5ヶ月だし最後まで楽しもう。
将来、自分がやりたい事。
今、日本では結構流行っているけど、ソーシャルビジネスをやりたい。
社会の問題に対して取り組み、それをビジネスにする。
私が思う社会の問題の一つに、日本の無縁社会がある。
インターネットやチャンネルの増えたテレビ、携帯電話や通信販売がここまで発達した国は、外出しなくても生きていけるようになってしまった。
昔のみたいに、隣の家に醤油を借りに行くとか、近所の子を親が帰ってくるまで面倒見るとか、小学生低学年ぐらいのガキんちょが畑の裏にある森へ探検に行くとか、まあ色々と機会が減ってきているように感じる。
ここからちょっと哲学的な話になるが、桑野利一29歳の今の結論は、『世の中には良い悪いは無く、好き嫌いがあるだけ』ということ。
心身ともに健康であるにも関わらず、働かなくとも手厚い生活保護がもらえる国があれば、
民族浄化の名のもとに、政府が平気で国民を殺す国がある。
自分たちの国を作るために、先に住んでいた人たちを無理やり追い出す国もあれば、
レイプしてもそのレイプした相手と結婚すれば罪に問われないという国もある。
結局はどこの国も問題を抱えているし、そもそも何が問題なのかすらごちゃごちゃになってきていること。
だから私は言う。
『世の中には良い悪いは無く、好き嫌いがあるだけ』だ。
仕事を頑張る事を誇りに思う日本人は素晴らしいと思う。
しかしその陰で、長時間労働や深夜残業、サービス残業に休暇を取らない風習。
上司が帰らないと自分が帰りにくいとか、自分の仕事は終わっているのに残業してまで他の人の仕事を手伝うとか。
私は嫌いである。
楽しくてストレス解消になるテレビゲーム。
しかし時代とともにクリアまでのプレイ時間は増え、メインストーリー以外のおまけなんかもついててキリが無い。
おかげで子供はおろか、ハマってしまった大人までも外に出なくなり、対人関係が苦手となって社交的な人間が減っていく。
私は嫌いである。
灼熱砂漠の国、スーダン。
仕事は日本に比べてめっちゃテキトーだし、時間も守らない。
でもみんな友達がすごく多いし、家族をとても大事にする。
訪問者を手厚くもてなすし、知らない人同士でも気軽に話す。
他人の子をまるで我が子のように抱っこして、あやす。
好き、うーん、嫌いじゃない、ぐらいにしておくか。
上に二つの私の嫌いな例を出したが、それを好きな人もいるだろう。
もしそういう人に出会ったら、議論はするが否定はしない。
人の好き嫌いは様々だからだ。
話が逸れた。
そうそう、ソーシャルビジネスだ。
ツールは飲食店。
不特定多数の人が集まれる場所。
これはつまり、老若男女、職業、趣味、社会への関心度の高さなどなど、とにかく色々な人が来れる場にしたい。
『お客さまに出せるほどの料理が作れるの?』と言われればあまり自信は無いので、そこは修行が必要。
最近、週末を使って在留邦人向けに、色々な勉強会を行っている。
初心者向けのアラビア語講座は毎週末恒例となった。
その他には読書会、世界遺産勉強会、カメラ会、スーダンの地方事情勉強会の計4会を開催した。
なぜ私がそのような会を設けるのか。
備忘録の為にも以下に自分が掲げる理念を書きたい。
①楽しい場を提供する。
これは、私が企画する会なので、まずは来てもらった人にとって楽しくなければならない。
出席者にとっては仕事ではなくあくまでプライベート、正座で真面目に講座を聞こうが、ソファで横になってポテトチップスを食べながら聞こうが自由だ。休日をリラックスして過ごし、かつ、情報や知識、技術を得る。
ただし、当たり前だが他の出席者の迷惑になってはいけない。
ここでの工夫は、出席予定者を事前に周知しないこと、自分の他に誰が来るのか楽しみになるから。
また、お茶やジュース、お菓子を用意してリラックスできる雰囲気を出す、など。
②人と人とを繋げる。
これは付加価値。
つまり、勉強会に参加して勉強することが主旨ではあるが、出席者同士の中では初めましてなんて人も少なくない。
そこでお互い知り合う事により、顔と顔を合わせて情報交換をし、出席者の有益に繋げる。
スーダンという国に居て、期間、経験、職種や拠点地など違えば、色々な情報が飛び交うのは必至である。
話し合っている中で、電話番号を交換したり、仕事に繋がる事を話したり、面白い資料を共有したり、この付加価値はある意味ではメインの勉強会より大きかったりもする。
工夫としてはディスカッションや1対1のミーティングを設ける、など。
③みんなで勉強する。
これは私の個人的な性格で、一人で勉強するのが苦手というのがある。
一人だと”なあなあ”になったり、また明日とか言って本を閉じることは日常茶飯事。
でも、周りに人がいればそれは無い。
また、人数が集まると、知識量や情報量の合計はもちろん多くなる。
意外な人から意外な情報が出たり、新たな疑問が湧いたり、面白いのはスーダン新参者の斬新な視点など、こっちが上手く仕切らないと話が止まらなかったりする。
ここでの工夫は場所のキャパを考えて、出席者を多すぎず少なすぎず調整すること。
トピックについて詳しい、若しくは関心が高い人を中心に声を掛けること、などだ。
これまでにアラビア語を含めると合計6回の勉強会を開催したが、出席者の皆さんにはどう感じているだろうか。
みんなで勉強し、人との繋がりを深め、楽しんでもらえたら、こちらとしては最高である。
そんなのビジネスにできるか!という声もあるだろう。
でも断言する。
今現在、日本社会での需要は充分にある。
最初は自分が食っていけないかもしれないが、それをどんどん形にしてやっていきたい。
そしてみんなから少しずつお金をいただいて、自分が生活できるようにしていきたい。
それがみんなの為、地元の為、日本の為、大げさかもしれないが世界の為と信じたい。
なんでそれをやるのかって?
理由は簡単だ。
まだ誰もやっていないからである。
たくさん書きまくってスッキリした。
今夜はぐっすり寝れそうだ。
さて、そろそろ、週末の予定を決めようか。
【読書会】2014年1月4日 参加者4名
【世界遺産勉強会】 2014年1月24日 参加者6名
【アラビア語勉強会】 毎週金曜日(過去2回開催) 参加者5~6名
【カメラ会】 2014年2月1日 参加者4名
【スーダン地方事情勉強会】 2014年2月8日 参加者10名(JICA所長が来てくれた!)
【おまけ:豪華ランチ(有料!)】 牛フィレ肉、鳥の手羽元、エビ(大きい!)、タコ、野菜など
最近、週末がとても楽しい。
アラビア語、勉強会、サッカー、パーティなど、予定が目白押し。
一人で本を読んだり勉強したりする時間がおろそかになっているが、まあ残り5ヶ月だし最後まで楽しもう。
将来、自分がやりたい事。
今、日本では結構流行っているけど、ソーシャルビジネスをやりたい。
社会の問題に対して取り組み、それをビジネスにする。
私が思う社会の問題の一つに、日本の無縁社会がある。
インターネットやチャンネルの増えたテレビ、携帯電話や通信販売がここまで発達した国は、外出しなくても生きていけるようになってしまった。
昔のみたいに、隣の家に醤油を借りに行くとか、近所の子を親が帰ってくるまで面倒見るとか、小学生低学年ぐらいのガキんちょが畑の裏にある森へ探検に行くとか、まあ色々と機会が減ってきているように感じる。
ここからちょっと哲学的な話になるが、桑野利一29歳の今の結論は、『世の中には良い悪いは無く、好き嫌いがあるだけ』ということ。
心身ともに健康であるにも関わらず、働かなくとも手厚い生活保護がもらえる国があれば、
民族浄化の名のもとに、政府が平気で国民を殺す国がある。
自分たちの国を作るために、先に住んでいた人たちを無理やり追い出す国もあれば、
レイプしてもそのレイプした相手と結婚すれば罪に問われないという国もある。
結局はどこの国も問題を抱えているし、そもそも何が問題なのかすらごちゃごちゃになってきていること。
だから私は言う。
『世の中には良い悪いは無く、好き嫌いがあるだけ』だ。
仕事を頑張る事を誇りに思う日本人は素晴らしいと思う。
しかしその陰で、長時間労働や深夜残業、サービス残業に休暇を取らない風習。
上司が帰らないと自分が帰りにくいとか、自分の仕事は終わっているのに残業してまで他の人の仕事を手伝うとか。
私は嫌いである。
楽しくてストレス解消になるテレビゲーム。
しかし時代とともにクリアまでのプレイ時間は増え、メインストーリー以外のおまけなんかもついててキリが無い。
おかげで子供はおろか、ハマってしまった大人までも外に出なくなり、対人関係が苦手となって社交的な人間が減っていく。
私は嫌いである。
灼熱砂漠の国、スーダン。
仕事は日本に比べてめっちゃテキトーだし、時間も守らない。
でもみんな友達がすごく多いし、家族をとても大事にする。
訪問者を手厚くもてなすし、知らない人同士でも気軽に話す。
他人の子をまるで我が子のように抱っこして、あやす。
好き、うーん、嫌いじゃない、ぐらいにしておくか。
上に二つの私の嫌いな例を出したが、それを好きな人もいるだろう。
もしそういう人に出会ったら、議論はするが否定はしない。
人の好き嫌いは様々だからだ。
話が逸れた。
そうそう、ソーシャルビジネスだ。
ツールは飲食店。
不特定多数の人が集まれる場所。
これはつまり、老若男女、職業、趣味、社会への関心度の高さなどなど、とにかく色々な人が来れる場にしたい。
『お客さまに出せるほどの料理が作れるの?』と言われればあまり自信は無いので、そこは修行が必要。
最近、週末を使って在留邦人向けに、色々な勉強会を行っている。
初心者向けのアラビア語講座は毎週末恒例となった。
その他には読書会、世界遺産勉強会、カメラ会、スーダンの地方事情勉強会の計4会を開催した。
なぜ私がそのような会を設けるのか。
備忘録の為にも以下に自分が掲げる理念を書きたい。
①楽しい場を提供する。
これは、私が企画する会なので、まずは来てもらった人にとって楽しくなければならない。
出席者にとっては仕事ではなくあくまでプライベート、正座で真面目に講座を聞こうが、ソファで横になってポテトチップスを食べながら聞こうが自由だ。休日をリラックスして過ごし、かつ、情報や知識、技術を得る。
ただし、当たり前だが他の出席者の迷惑になってはいけない。
ここでの工夫は、出席予定者を事前に周知しないこと、自分の他に誰が来るのか楽しみになるから。
また、お茶やジュース、お菓子を用意してリラックスできる雰囲気を出す、など。
②人と人とを繋げる。
これは付加価値。
つまり、勉強会に参加して勉強することが主旨ではあるが、出席者同士の中では初めましてなんて人も少なくない。
そこでお互い知り合う事により、顔と顔を合わせて情報交換をし、出席者の有益に繋げる。
スーダンという国に居て、期間、経験、職種や拠点地など違えば、色々な情報が飛び交うのは必至である。
話し合っている中で、電話番号を交換したり、仕事に繋がる事を話したり、面白い資料を共有したり、この付加価値はある意味ではメインの勉強会より大きかったりもする。
工夫としてはディスカッションや1対1のミーティングを設ける、など。
③みんなで勉強する。
これは私の個人的な性格で、一人で勉強するのが苦手というのがある。
一人だと”なあなあ”になったり、また明日とか言って本を閉じることは日常茶飯事。
でも、周りに人がいればそれは無い。
また、人数が集まると、知識量や情報量の合計はもちろん多くなる。
意外な人から意外な情報が出たり、新たな疑問が湧いたり、面白いのはスーダン新参者の斬新な視点など、こっちが上手く仕切らないと話が止まらなかったりする。
ここでの工夫は場所のキャパを考えて、出席者を多すぎず少なすぎず調整すること。
トピックについて詳しい、若しくは関心が高い人を中心に声を掛けること、などだ。
これまでにアラビア語を含めると合計6回の勉強会を開催したが、出席者の皆さんにはどう感じているだろうか。
みんなで勉強し、人との繋がりを深め、楽しんでもらえたら、こちらとしては最高である。
そんなのビジネスにできるか!という声もあるだろう。
でも断言する。
今現在、日本社会での需要は充分にある。
最初は自分が食っていけないかもしれないが、それをどんどん形にしてやっていきたい。
そしてみんなから少しずつお金をいただいて、自分が生活できるようにしていきたい。
それがみんなの為、地元の為、日本の為、大げさかもしれないが世界の為と信じたい。
なんでそれをやるのかって?
理由は簡単だ。
まだ誰もやっていないからである。
たくさん書きまくってスッキリした。
今夜はぐっすり寝れそうだ。
さて、そろそろ、週末の予定を決めようか。
【読書会】2014年1月4日 参加者4名
【世界遺産勉強会】 2014年1月24日 参加者6名
【アラビア語勉強会】 毎週金曜日(過去2回開催) 参加者5~6名
【カメラ会】 2014年2月1日 参加者4名
【スーダン地方事情勉強会】 2014年2月8日 参加者10名(JICA所長が来てくれた!)
【おまけ:豪華ランチ(有料!)】 牛フィレ肉、鳥の手羽元、エビ(大きい!)、タコ、野菜など
スーダンは今日も暑かった。
『人生は、ときに残酷だけれどそれでも人は生きる、鮮やかに。』
ランス・アームストロングは25歳で睾丸癌を発症し、発見された時には既に脳と肺にも転移していた。
生存率は20%以下(諸説あり)。
長い闘病生活の末にそれを克服し、彼は復活、そしてツールド・フランス7連覇を成し遂げる。
絵に書いたようなサクセス・ストーリーだが実話だ。
私はこの著者作、ノンフィクション『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』を読んだ時に、鳥肌が立つほど感動したことを覚えている。
だからこそ、彼の偉業であるツールド・フランス7連覇がドーピングによるものだと知った時はショックを受けた。
もう少しこの本を紹介すると、こういう言葉が出てくる。
『断言していい、癌(ガン)は僕の人生に起こった最良のことだ。』
死を身近に感じることによって生きることの素晴らしさを実感した。
抗がん剤治療で全ての筋肉を失ったが、そこには余計な筋肉も含まれていた。そして癌を克服後、トレーニングを重ねて作り上げた体は、自転車競技に最も適したものになった。
癌という、漏れなく絶望がセットでついてくる異物が、最終的には最良のことだったという、何とも考え深いストーリーだった。
世間一般からすれば、ドーピングを認めてツール・ド・フランス7連覇という偉大な記録が抹消になった彼は、悪者だ。
だがそんな彼から、人生をどう生きるか、というヒントを学んだ。
茨城県鹿嶋市出身、桑野利一29歳は現在、スーダンで青年海外協力隊員としてボランティア活動をしている。
スーダンに来る前には日本有数の、大企業に勤めていた。
青年海外協力隊への参加を志した当時は、現職参加制度、つまり会社に席を置きながら協力隊に参加できる制度があった。しかし東日本大震災で会社が傾き当制度は凍結。再開の見通なんてもちろん無かった。
『人生』という名の天秤に、左に『夢』を、右に『安定』をそれぞれ乗せるとちょうど釣り合った。色々な事があって、左側に少しの勇気と勢いが加わって会社を辞めた。今では一緒に入社した同期にはみんな役職が付き、確実にキャリアを重ねている。
夏には最高気温が50度近くなるクソ暑い国で、酒も豚肉もダンスクラブも無い国で、友達はもちろん知っている人が一人もいない国で、アラビア語はおろか英語もままならずにコミュニケーションはかなりのストレスだった。同期隊員も居なく、長くて苦しい生活が続いた。
スーダン人と同じ生活がしたくて、脂っこくて不清潔な食べ物を腹に入れた。その辺の水も平気で飲んだ。その結果、何度も繰り返し下痢をするハメになった。食中毒も何度かあった。日本大使館の医務官に駆け込んで、フラフラになりながら助けてもらったこともあった。
『スーダンを救う!』なんて背伸び満載の志を持っていざ来てみると、あらら、配属先からは何にも求められずに期待もされず。放置。毎日大きな声でケンカばかりを繰り返す同僚達に囲まれて気が狂いそうになる。いるんだかいないんだかよく分からない存在の日々が続き、自己嫌悪を繰り返す。
ストレスから、Tシャツを着たままを思いっきり引っ張って破いた。せっかく日本から持ってきたユニクロのドライTシャツ、破ったあとに後悔した。ストレスはTシャツと一緒に破れてはくれなかった。
可哀想である。哀れである。
そのまま日本にいれば良かったものを、わざわざ苦しくて先の見えない道を選んだ愚か者である、馬鹿野郎である。
『それでも人は生きる、鮮やかに。』
辛い時にはよくこの言葉を思い出した。
ビジネスレベルには程遠い、しかしアラビア語と英語はだいぶ習得した。日常会話はもちろん、活動のコミュニケーションはスムーズに行えるようになった。外国人に対する苦手意識もだいぶ消えた。
新しい環境に飛び込む度胸がついた。一から人間関係を作り上げて、そこで自分の場所を見つけ、楽しむ。これから先の将来は、どこの国でもやっていける自信がついた。いつでも、どこでも、誰とでもだ。
今までの自分を崩してそこからまた組み立てることによって、今まで見えなかった部分が、かなり見えた。特に、日本を客観的に見れたのは大きい。傲慢な自分、文句ばっかりの自分は、裸になれば何もできないただの一人の人間だった。そう思うと、家族も友人も前の会社の同僚も先輩も、お世話になった人全てに感謝できた。
ちょっとした工夫で、無から有を生み出す楽しみを見つけた。チャンスは自分で作るもの。掘れば掘るほどいくらでも出てくるし、声をかければたくさん集まる。勉強会はどれも楽しいものばかりで、やる度に自分をワクワクさせた。ただ参加するだけでなく、何かを企画して提供する思考を身につけた。
自分のやりたいこと、将来に真剣に向き合った。日本にいた頃は1ミリも考えなかった『キャリア』という言葉。『何をやりたいか』よりも『どうやって生きたいか』。これを、20代というまだまだ可能性のある若さで考えることができた。
別人である。
スーダンという灼熱砂漠のこの国は、ただ背の高いだけの一人の日本人を、1年半かけてここまで成長させた。
勝ち負けでなく、競争でなく、他人との比較でなく、とことん自分と向き合った結果だ。
そうなった今、胸を張って言える事がある。
『今、自分は幸せで、人生を楽しんで生きている。辛いこともたくさんあったけど、過去を1ミリも後悔していない。全ての経験が今に活き、むしろ感謝している。そりゃあ人間だからたまに落ち込むけど、励ましてくれる仲間だってたくさんいる。人生で今が一番楽しい。』
幸せとは、誰かが与えてくれるものでもなく、天から降ってくるものでもなく、自ら掴むもの、そして自分の心で感じるものである。
もし、今、自分が不幸だと思っている人がいるのであれば、それは自分で自分を不幸にしているだけだ。
人は、特に日本人は、自分に足りないものを並べて不満を並べ、問題を並べるのが好きだ。
自分にあるものを並べて満足を並べ、問題はまあ、ある程度並べるけど無理なものは並べない。
『自分に足りないものを挙げてそれを克服するんだよ。』という日本の学校教育従事者が聞いたら怒るかもしれないが、今の私はどうしても後者の方が幸せな人生を送れる気がしてならない。
ポケットに10ポンド(約170円)しか入っていないのに、道端で紅茶を飲んでガハハと大声で笑いながらお喋りに夢中になっているスーダン人の方が、よっぽど幸せそうに見える。
そんな彼らを見ていたら、自分にくよくよし、終わったことにいちいち後悔し、過ぎ去った過去に自らを縛り付けており自分に疲れてしまった。
何もできない自分を許し、その中でもできることを見つけ、それを一生懸命やる。
他人の評価はちょっとは気になるけど、まあそこまで気にしない。
だから、私は今、幸せで楽しく、生きがいを感じながらやっています。
いや、実は、そうでも思っていないとやっていけないのかもしれない。
まあ、でも、いいか。深く考えることは、嫌いじゃないけど、とりあえず止めよう。
私は、周りのみんなに、特に大切な人に、幸せになってもらいたい。
私にとって大切なあなたが、いつ、どこで、誰と一緒であろうが、笑顔で心から楽しい人生を送っていられるよう、願うばかりである。
だからもう、泣かないでほしい。あなたには笑顔が似合うのだから。
また、いつか、どこかで会いましょう。
『人生は、ときに残酷だけれどそれでも人は生きる、鮮やかに。』
ランス・アームストロングは25歳で睾丸癌を発症し、発見された時には既に脳と肺にも転移していた。
生存率は20%以下(諸説あり)。
長い闘病生活の末にそれを克服し、彼は復活、そしてツールド・フランス7連覇を成し遂げる。
絵に書いたようなサクセス・ストーリーだが実話だ。
私はこの著者作、ノンフィクション『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』を読んだ時に、鳥肌が立つほど感動したことを覚えている。
だからこそ、彼の偉業であるツールド・フランス7連覇がドーピングによるものだと知った時はショックを受けた。
もう少しこの本を紹介すると、こういう言葉が出てくる。
『断言していい、癌(ガン)は僕の人生に起こった最良のことだ。』
死を身近に感じることによって生きることの素晴らしさを実感した。
抗がん剤治療で全ての筋肉を失ったが、そこには余計な筋肉も含まれていた。そして癌を克服後、トレーニングを重ねて作り上げた体は、自転車競技に最も適したものになった。
癌という、漏れなく絶望がセットでついてくる異物が、最終的には最良のことだったという、何とも考え深いストーリーだった。
世間一般からすれば、ドーピングを認めてツール・ド・フランス7連覇という偉大な記録が抹消になった彼は、悪者だ。
だがそんな彼から、人生をどう生きるか、というヒントを学んだ。
茨城県鹿嶋市出身、桑野利一29歳は現在、スーダンで青年海外協力隊員としてボランティア活動をしている。
スーダンに来る前には日本有数の、大企業に勤めていた。
青年海外協力隊への参加を志した当時は、現職参加制度、つまり会社に席を置きながら協力隊に参加できる制度があった。しかし東日本大震災で会社が傾き当制度は凍結。再開の見通なんてもちろん無かった。
『人生』という名の天秤に、左に『夢』を、右に『安定』をそれぞれ乗せるとちょうど釣り合った。色々な事があって、左側に少しの勇気と勢いが加わって会社を辞めた。今では一緒に入社した同期にはみんな役職が付き、確実にキャリアを重ねている。
夏には最高気温が50度近くなるクソ暑い国で、酒も豚肉もダンスクラブも無い国で、友達はもちろん知っている人が一人もいない国で、アラビア語はおろか英語もままならずにコミュニケーションはかなりのストレスだった。同期隊員も居なく、長くて苦しい生活が続いた。
スーダン人と同じ生活がしたくて、脂っこくて不清潔な食べ物を腹に入れた。その辺の水も平気で飲んだ。その結果、何度も繰り返し下痢をするハメになった。食中毒も何度かあった。日本大使館の医務官に駆け込んで、フラフラになりながら助けてもらったこともあった。
『スーダンを救う!』なんて背伸び満載の志を持っていざ来てみると、あらら、配属先からは何にも求められずに期待もされず。放置。毎日大きな声でケンカばかりを繰り返す同僚達に囲まれて気が狂いそうになる。いるんだかいないんだかよく分からない存在の日々が続き、自己嫌悪を繰り返す。
ストレスから、Tシャツを着たままを思いっきり引っ張って破いた。せっかく日本から持ってきたユニクロのドライTシャツ、破ったあとに後悔した。ストレスはTシャツと一緒に破れてはくれなかった。
可哀想である。哀れである。
そのまま日本にいれば良かったものを、わざわざ苦しくて先の見えない道を選んだ愚か者である、馬鹿野郎である。
『それでも人は生きる、鮮やかに。』
辛い時にはよくこの言葉を思い出した。
ビジネスレベルには程遠い、しかしアラビア語と英語はだいぶ習得した。日常会話はもちろん、活動のコミュニケーションはスムーズに行えるようになった。外国人に対する苦手意識もだいぶ消えた。
新しい環境に飛び込む度胸がついた。一から人間関係を作り上げて、そこで自分の場所を見つけ、楽しむ。これから先の将来は、どこの国でもやっていける自信がついた。いつでも、どこでも、誰とでもだ。
今までの自分を崩してそこからまた組み立てることによって、今まで見えなかった部分が、かなり見えた。特に、日本を客観的に見れたのは大きい。傲慢な自分、文句ばっかりの自分は、裸になれば何もできないただの一人の人間だった。そう思うと、家族も友人も前の会社の同僚も先輩も、お世話になった人全てに感謝できた。
ちょっとした工夫で、無から有を生み出す楽しみを見つけた。チャンスは自分で作るもの。掘れば掘るほどいくらでも出てくるし、声をかければたくさん集まる。勉強会はどれも楽しいものばかりで、やる度に自分をワクワクさせた。ただ参加するだけでなく、何かを企画して提供する思考を身につけた。
自分のやりたいこと、将来に真剣に向き合った。日本にいた頃は1ミリも考えなかった『キャリア』という言葉。『何をやりたいか』よりも『どうやって生きたいか』。これを、20代というまだまだ可能性のある若さで考えることができた。
別人である。
スーダンという灼熱砂漠のこの国は、ただ背の高いだけの一人の日本人を、1年半かけてここまで成長させた。
勝ち負けでなく、競争でなく、他人との比較でなく、とことん自分と向き合った結果だ。
そうなった今、胸を張って言える事がある。
『今、自分は幸せで、人生を楽しんで生きている。辛いこともたくさんあったけど、過去を1ミリも後悔していない。全ての経験が今に活き、むしろ感謝している。そりゃあ人間だからたまに落ち込むけど、励ましてくれる仲間だってたくさんいる。人生で今が一番楽しい。』
幸せとは、誰かが与えてくれるものでもなく、天から降ってくるものでもなく、自ら掴むもの、そして自分の心で感じるものである。
もし、今、自分が不幸だと思っている人がいるのであれば、それは自分で自分を不幸にしているだけだ。
人は、特に日本人は、自分に足りないものを並べて不満を並べ、問題を並べるのが好きだ。
自分にあるものを並べて満足を並べ、問題はまあ、ある程度並べるけど無理なものは並べない。
『自分に足りないものを挙げてそれを克服するんだよ。』という日本の学校教育従事者が聞いたら怒るかもしれないが、今の私はどうしても後者の方が幸せな人生を送れる気がしてならない。
ポケットに10ポンド(約170円)しか入っていないのに、道端で紅茶を飲んでガハハと大声で笑いながらお喋りに夢中になっているスーダン人の方が、よっぽど幸せそうに見える。
そんな彼らを見ていたら、自分にくよくよし、終わったことにいちいち後悔し、過ぎ去った過去に自らを縛り付けており自分に疲れてしまった。
何もできない自分を許し、その中でもできることを見つけ、それを一生懸命やる。
他人の評価はちょっとは気になるけど、まあそこまで気にしない。
だから、私は今、幸せで楽しく、生きがいを感じながらやっています。
いや、実は、そうでも思っていないとやっていけないのかもしれない。
まあ、でも、いいか。深く考えることは、嫌いじゃないけど、とりあえず止めよう。
私は、周りのみんなに、特に大切な人に、幸せになってもらいたい。
私にとって大切なあなたが、いつ、どこで、誰と一緒であろうが、笑顔で心から楽しい人生を送っていられるよう、願うばかりである。
だからもう、泣かないでほしい。あなたには笑顔が似合うのだから。
また、いつか、どこかで会いましょう。







