東日本大震災は,一つの転換点だったようです。学者の魂がまるで不動明王のように発揮されている。お怒りなのです。BEWARE警告の書なのです。

2011.3.11は日本のターニングポイント。私は,「梅原猛」という名を何度も拝見していたでしょう。しかしご本人のことを知りません。哲学とか霊とかまったく興味関心がなく,難しい話論文など分りませんし,初めから忌諱していたと昔を思い出します。今になって氏の思想が身に染みてきます。なんとなくですが。学者として書かれた書をひもどいてもいませんから。読んでも難しすぎてチンプンカンプンでしょう。解らないことは言えません。↑の目次の中でも話題が縁遠い物も多々あり鬱陶しくなることもありました。解らないのに分ったように誤解してはいけませんね。判ったと自覚されたことしかモノ申せません。

ところで,震災後のニュースやドキュメンタリー映像にも出ていましたが,原発関連の歴史的な出来事が毎日放送されておりました。私も目を見開かされ,真相を別な視点で?追究していました。これまでの世界観や人生観が,大転換していったのを覚えております。それまで信じていたモノが瓦解した感じです。「戦後平和思想」とも呼ぶべきものでしょうか。一年間放射能という物を知るべく,図書をあさりました。なぜ核開発が為されたのか。そして世界の紛争や戦争はどうして起こるのか,なぜ人々は国際紛争をやめず,ずっと戦争をしてきたのか。戦争の原因まで追究することになる,大儀な身の程知らずの読書は息切れしていく,時間が憤懣を和らげて言ってしまい・・・風化が起こる・・・そして・・・同じ轍を踏んでいく・・・戦争の時代を・・・それが実感でした。

自分にとって,大それた,身の程知らずの,命題・・・。今まで教えられてきたことが全くのウソ,欺まんだと知った時の衝撃。戦後教育の豹変に比べたらちっぽけな転換でしょう。戦争のリアルな死の相が周りにないのですから観念的になります。でもそれでもできるだけの関心を持って得られる情報をマメに見てきました。しかしながら,テレビの報道も信じられなくなる。真実を告げない,恐れもありました。メディア総ぐるみのエネルギー原発依存症候群でした。きっと雑誌や新聞も同様でしたでしょう。東電擁護が大半の現実のなかで,どうして真実を見出すか。平和利用された原子力発電の歴史から始めなくてはならない。図書室の書籍にまず目が向きました。ほぼ全部に目を通し,苦手な理科・物理学など放射能を調べたものです。学校で地方公共団体当局,県教委の教材はマヤカシです。平和利用しか教えない。危険性まで見ない,見せまいとしている。「安全神話」の指導実態が伺えます。それは,いつどこから始まったのか。象徴的な出来事は・・・1953年 ビキニ環礁沖の水爆実験ではなかったか。第二福竜丸,マグロ遠洋漁船の放射能被ばく事件。これをどれだけ報じていたでしょう。今ではなく1953年当時です。真実を報道してきたでしょうか。3月1日県は高校卒業式の日。その日に原発推進の国家予算が初めて付いたのです。それを推進し議会で答弁したのが若きリーダー,中曽根康弘氏だったのです。「原子力は明日の平和の火」だと高唱しておりました。小学校で。文部省唱歌を疑問なく無邪気に唄っていたものです。日本の平和思想を完全に信頼しておりました。1954年生れの少年は,2011年,つまり57年後にウソに気づき始めました。学校の教えは偽善的に見えてきた。小学校で歌った県民の歌は偽善の象徴であった。フクシマの東京電力の実態・・・それは日本の姿の実像であった。

体制の中に在って,恩恵をいただいて過ごしてきた。それは五十五年の保守合同と言われた,政党の結びつき,馴れ合い,社会党も同罪だったと今思われます。たとえダマされたといっても,生まれてくる新生児ら,将来しょって立つ若者にしてみれば,なぜ現実を改善していなかったのかの責めがあるでしょう。戦前の小林多喜二らの先達をも紐どく歴史の読み返しとなるのです。

すべては,ブログに書きとめてまいりました。

原発事故の処理を見ても,近年の民主党の弱体化は見てとれ,政治にも希望が持てなくなっていったものです。今やもう政治,国会の機能停止状態に限界感あり,すべてが「私利・私利」ばかり,「他利」がないと,政治家自身が認めている,今日の情勢です。

 なぜ日本は戦後処理をしないで,ノホホンと「平和」に暮らしながら,同胞アジアの韓国や中国からの「靖国批判」が収まらない,恒例化した隣国批判の出来事に,忸怩たる思いを抱き,十五年戦争を引き起こした経緯を読みどいてまいりました。そして日本人の民族性への関心を高めてまいりました。壮大過ぎてかないません。老耄,老残の息の方が強くなっています。まだ古希なのに,高齢化社会の日本は世界一の長寿国でも,全く喜べない。ほんとにこれが仕合せなのだろうか,と疑心暗鬼。

 

子どもへの手紙を見つけました。マイドキュメントのファイルを覗いていたら,過去の自分を発見しました。娘や息子宛の心ある文書でした。書いた励まし助言の文字に,驚き,自ら励まされ,叱咤して,あと十年はガンバリたいと,気持ちを,持ち直す,熱い夏となりました。

八月十五日の終戦記念の日がやってきます。また騒がれるのでしょうか。朝鮮半島情勢は,1950年以後,南北は戦争停止状態であって,政治情勢は再び反日へと変わるのでしょう。世相は常に動いて変わる。弾道ミサイルロケットも進展しています。

 

他方,戦後処理が出来ないわけも,だんだんと分ってきました。日本人はどうしてきたかを読んでみて思考を深めると見えてきます。前の戦争がどうして行われたか,国民はほとんど分っていなかった,という事実。「山本五十六」(梅原氏の弁)は見事に公平な見方でその実体をを見抜いています。金正恩は母親とかつて少年の頃ディズニーランドを訪れていた,ということを知ったのも本書のおかげです。アジアで唯一の王国,日本だという認識ありましたか。北朝鮮は,そんな日本を範にしているかもと,その政体を見ております。北朝鮮の独裁者は,もともと日本通,親日家だったのだ。そういえばプーチンさんも柔道好きなのは日本と親しい仲であったことを思い起こされる。ロシア選手の見事な演技は長年の羨望の的でさえあった。若くて将来を託されていたはずの美人女子アイススケート選手への秋田犬の贈呈など親交があったのに,国家規模のドーピングの批判の中,消えていった感があります。真実はわからない。国家的な争いの中で消えていった哀れな民間人たち。その優秀なアスリートと指導者と愛弟子の関係は家族のように良かった。なぜ平和外交の道をとれないのでしょうか。合掌