- 村上 龍
- 空港にて
あとがきを読んで分かったこと。
この短編集に収められた作品は、幻冬舎編集の留学情報誌のために書き始められたものだった。。
この短編集には、8つの短編小説が収められている。
コンビニ、居酒屋、公園、カラオケルーム、披露宴会場、クリスマス、駅前、空港。
それぞれの場面で、それぞれの主人公が、その場とそれにまつわる記憶とを行き来し、それぞれの閉塞感の中を生きている。
『
お前はまだ間に合うから何かを探せ、と兄は僕に言った。
オヤジやオフクロや教師の言うことを信じたらダメだ。
あいつらは何も知らない。
ずっと家の中とデパートの中と学校の中にいるので、その他の世界で起こっていることを何も知らない。
ああいう連中の言うことを聞いていたらおれみたいな人間になってしまう。
』(コンビニにて)
『
たとえばわたしはテレビを見ていて、トシも同じテレビ画面を見ている。同じ箇所で二人は笑う。
テレビを見て笑っているのか、一緒に笑うためにテレビを見ているのかわからなくなってくることもある。
』(居酒屋にて)
『
普通の人は、一生、普通の人生というカテゴリーに閉じ込められて生きなければならない。
そして、普通という人生のカテゴリーにはまったく魅力がないということをほとんどの人が知ってしまった。
そのせいで、これから多くの悲劇が起こると思うな。
』(披露宴会場にて)
『
相手が意思と行為でやっていうことについて、
どうしてそんなことをするのかと聞くのは甘えだ。
あなたが好きだからやっているんだよ、
と言って欲しいからそう聞くのだ。
』(空港にて)
俺の英会話の先生がこんなことを言ってた。(英語で、、、)
『幸せこそが人生のゴールだ。』
正確には、人生のゴールとは、常に幸せへの道筋を感じていることだ。
つまり、希望を持つこと。
これに対し、閉塞感とは、その希望が見出せない状態。
つまり、ゴールを見失った人生。
僕達は今、社会として希望を見出すことが難しい時代を生きていて、
希望は個々人の中に、個別に、あらたまった形で、見出さなければならない。
でも、見出さなくてもいい。
それでも生きてるから。