最近、中国語でHaryy Potterを読んでいるのですが、「意味は分かるけど発音がわからない」という漢字が多くあります。
漢字は中国大陸から来たもの、と歴史で教わりましたが、Rootが一緒でも長い時間を経て別々の言葉に育ってしまったのだから、発音が違うのは仕方がない...
でも、面白い法則があるんです。
抽象的に説明しづらいので、まずは事例から。
#四声はとりあえず無視します(苦笑)
例えば、「羊」という字は、日本語(音読み)では「ヨウ」ですね。
中国語では、「Yang」と発音します。
ん、全然違う...覚えづらい...
のですが、ちょっと我慢して次の例にいきます。
2番目は「様」です。これも日本語では「ヨウ」ですね。中国語では...
「Yang」なんです。
3番目は「養」。これも日本語では「ヨウ」で、中国語では「Yang」
「陽」とか「揚」も「Yang」です。
つまり、日本語で「ヨウ」だったら中国語は「Yang」になることが多いんだ!と(勝手に)法則を発見しています。
#かなり乱暴ですが(笑)
同様に、「キン」は「Jin」になることが多い。例えば、
金、禁、近、斤、筋、緊
は全て「Jin」です。
「ケン」=「Jian」で、
見、肩、建、件、検、兼
は全て当てはまります。
ということで、「見」=Jianを一つ知っていると、後の漢字が覚えやすい。
#辞書を引く気力が湧かない時は、音読みで「ケン」という漢字が来たら、とりあえず「Jian」と読んだりしてます(笑)
統計的にどれくらいの割合が当てはまるのかはさておき、とにかく新しい単語に出会った時に、「お、法則に従っている!」とか「これは法則外だなぁ。。」とか意識することで記憶効率が上がります。
1対1にならずに、1対2とか1対3とかで対応することもありますが、それでも多少の相関があるのは確かです。なので、便利。
どうしてこうなっているのか、言語学的なマジメな理由は知りませんが、僕は「中国で発音を聞いた人が、日本に来て発音した時に訛っちゃったんだな、きっと。」と勝手に納得しています(笑)
語学には色々な楽しみがありますね。
中嶋寿康
漢字は中国大陸から来たもの、と歴史で教わりましたが、Rootが一緒でも長い時間を経て別々の言葉に育ってしまったのだから、発音が違うのは仕方がない...
でも、面白い法則があるんです。
抽象的に説明しづらいので、まずは事例から。
#四声はとりあえず無視します(苦笑)
例えば、「羊」という字は、日本語(音読み)では「ヨウ」ですね。
中国語では、「Yang」と発音します。
ん、全然違う...覚えづらい...
のですが、ちょっと我慢して次の例にいきます。
2番目は「様」です。これも日本語では「ヨウ」ですね。中国語では...
「Yang」なんです。
3番目は「養」。これも日本語では「ヨウ」で、中国語では「Yang」
「陽」とか「揚」も「Yang」です。
つまり、日本語で「ヨウ」だったら中国語は「Yang」になることが多いんだ!と(勝手に)法則を発見しています。
#かなり乱暴ですが(笑)
同様に、「キン」は「Jin」になることが多い。例えば、
金、禁、近、斤、筋、緊
は全て「Jin」です。
「ケン」=「Jian」で、
見、肩、建、件、検、兼
は全て当てはまります。
ということで、「見」=Jianを一つ知っていると、後の漢字が覚えやすい。
#辞書を引く気力が湧かない時は、音読みで「ケン」という漢字が来たら、とりあえず「Jian」と読んだりしてます(笑)
統計的にどれくらいの割合が当てはまるのかはさておき、とにかく新しい単語に出会った時に、「お、法則に従っている!」とか「これは法則外だなぁ。。」とか意識することで記憶効率が上がります。
1対1にならずに、1対2とか1対3とかで対応することもありますが、それでも多少の相関があるのは確かです。なので、便利。
どうしてこうなっているのか、言語学的なマジメな理由は知りませんが、僕は「中国で発音を聞いた人が、日本に来て発音した時に訛っちゃったんだな、きっと。」と勝手に納得しています(笑)
語学には色々な楽しみがありますね。
中嶋寿康
