今年になってから、本当に幕末記事が多くなって、旅レポが続いて書けません
で、「今頃ぉ~」な記事ですが、今年の山南忌の日の事を
2018年3月11日 朝横浜発
まずはホテルに荷物を預け、ロビーで一緒になったブロ友ちゃんたちと、熱き抱擁
光縁寺さんへお墓参りをさせて頂いてから 。。。
旧前川邸
権先生と共に、ご挨拶と当日の打合せに伺わせて頂きました。
宜しくお願い致します m(__)m
そして山南さん切腹の間にもお参りさせて頂いたり
また前川邸の門内で、初めましてのブロ友ちゃんとご挨拶したり
ランチは田野さまがご用意下さいました。
ありがとうございます
なんか、この「名札」にときめいてしまいました
ふふふ。
「関係者」っぽいでしょ
(こういう経験、あまりないもの)
再び旧前川邸へ行って、もう一度山南さんの切腹の間で、ご焼香させて頂いてしまいました。
もう閉める時でしたので、ご焼香を待つ方もいらっしゃらない時間。
ゆっくりと、山南さんとお話できました。
ありがとうございました m(__)m
そして「山南忌」会場の壬生寺へ。
壬生会館
壇上には祭壇が作られてていて、なんと権先生と並んで、私は一番前のお席
3年前には後方のお席で、舞台上がほとんど見えなかったのです。
特等席に感激です
そして、この壇上でお話をするというプレッシャーにドキドキ
まずは「黙祷」から始まり、開会挨拶、来賓挨拶。
そして奉納舞。
黒髪 島原・葵太夫
天然理心流武術奉納 試衛館
そして、いよいよ講演です。
権先生のご挨拶に続いて…
私が、きっちり15分
「山南敬助切腹経緯について」
お話させて頂きました。
顔見知りのブロ友ちゃんたちが、一生懸命応援して下さっている様子がよくわかり、また肯きながら聞いて下さっている方もいらして
とってもとっても心強かったっ
ありがとうございますっ m(__)m
権先生のお話は、
「山南敬助と土方歳三の刀について」
という事で、堀川国広と和泉守兼定のお話でした
そして権先生、たっての希望で、栗塚旭さまにご質問タイム
用意してきただんだら羽織を纏って、お迎え。
権先生がずっと憧れ続けたというお方。
とても感動なさっていらっしゃいました
栗塚さまは、御年80歳だそうですが、めちゃめちゃダンディ
そして舞台端っこにいた私を呼んで下さり、私の話に
「長年の肩の荷がやっと下りたようだ」
と、仰って下さいました。
私の話を一番前のお席で、それはそれは熱心に、
途中からは私の一言一言に、ずっと肯きながら
聞いて下さっていた栗塚さまです。
「燃えよ剣」や「新選組血風録」など、ずぅっと土方歳三役をなさってきた自分が、
切腹に追い込んだ山南の法要などに来てもいいのだろうか
と、非常に肩身の狭い想いを抱き続けてらしたのだと仰います
けれど、この日私の話を聞いて、
「そうじゃない。山南の切腹は、彼が自ら望んだ事なのだ」
という説も成り立つとの考えに、
「来年からは堂々と来られる」
と、笑顔でお礼を言われてしまいました
私は、もちろん私の考えを述べただけです。
最後に私の想いをお話しただけです。
けれど、
それが長きにわたって気にしてらした「昭和の土方歳三」さまの、そのお気持ちを軽くできた事。
それもひとつの大きな感動でした
こちらこそ、ありがとうございました m(__)m
あ、この時の私のお話は、
ジャポニズムアカデミーの第3回目
「新選組副長 山南敬助 己を通した漢」
で、もっとじっくりと話します
お申込みは こちらまで☆
と昨夜に続いての宣伝、すみません
②へ続きます m(__)m