150年前の出来事です にひひ

本日は元治元年8月4日

 

この日、松本喜次郎さんと河合耆三郎さんが、摂津国嶋上郡高浜村に出張に行っています チョキ

何をしに行ったのかと申しますと、村人たちに長州軍との関係を尋問しに行ったのですね 目

お二人ともに関西出身の隊士さんですし、人当たりが良かったからなのでしょうか。

 

まぁでもね、たとえ長州軍と密接な関わりがあったとしても、そんな事口が裂けても言いませんよね あせる

高浜村の庄屋・半右衛門さんと年寄・九右衛門さんが連名で、長州藩との関係否定の口上書を書いております メモ

 

この後に、先日の昆陽宿での長州軍荷物の引き渡しについての受書を受け取るのですね。

河合さん、面目躍如です チョキ

 

またこの少し前のころ、多摩の地では情報が錯綜しておりました ガーン

鹿之助さんのところには勇さんが禁門の変で討死したの、いや近藤・土方は無事だとの知らせがあっただのと、悲しんだり喜んだり… ダウンアップ

遠い地での出来事に、さぞや御心痛だったことでしょう あせる

彼らが7月1日(新暦8月2日)に出した書状がこの頃届いているのですから 汗

 

そしてこの日、幕府より池田屋事件の出動隊士全員に恩賞金が支給されました クラッカー

この金額、別に勇さんと歳様とで、割り振りしたわけではないですよ !!

幕府から容保様を通じて、別紙のとおりに配布しろってお達しがあったのですからね 目

 

ものの本によっては、「留守部隊にやらなかった」だの、「局長・副長が貰いすぎ」だの、変なのになると、

歳様が山南さんに意地悪しただのって プンプン

違いますからねぇ !!

 

ところでこの金額、新選組検定問題で、総額を答える問題がありました あせる

誰がいくらで、誰と誰が… なんて一生懸命金額を覚えていたのですが

「そ、総額… 汗

んでもって、隊士一律十両で、出動隊士は三十四名。

別段金が、勇さんが二十両で歳様が… なんて計算していたという… あせる

はい、総額は六百両(※)です 合格

 

では、ちょっと屯所の中を…

 

「歳、見ろ! 上様よりの感状だ!」

勇が少し目を潤ませて、歳三に書き付けを渡す。

「ああ。良かったな。『忠勇義烈之志厚く』って、俺達の忠義が認められたんだな」

歳三も嬉しそうであった。

「そうだ。こんなに御褒美を頂けるとはなぁ…」

勇が「別紙」と書かれたものを差し出した。

「これは…」

一瞥した歳三の顔が曇る。

「どうした? 不満か…?」

「いや…」

呟きながら、その書き付けを広げる。


 

金十両

 別段 金二十両

          近藤 勇

 

金十両

 別段 金十三両

           土方 歳三

 

金十両充

 別段 金十両充

          仲田 総司

          永倉 新八

          藤堂 平輔

          谷 万太郎

          浅野藤太郎

          武田観柳斎

金十両充

 別段 金七両充

          井上源三郎

          原田佐之助

          斎藤 一

          篠塚 岸三

          林 信太郎

          島田  魁

          川島 勝司

          葛山武八郎

          谷 三十郎

          三品 仲治

          蟻通 勘吾

金十両充

 別段 金五両充

          松原 忠司

          伊木 八郎

          中村 金吾

          尾関弥四郎

          宿院 良蔵

          佐々木蔵之助

          河合耆三郎

          坂井 兵庫

          木内 岸太

          松本喜次郎

          竹内元太郎

          近藤 周平

金十両【充※】

 別段 金十両充

         三人江【死亡者※】

 

     (名前表記は原文のまま)


 

「別段金十三両って、俺は貰い過ぎだ」

「ん?」

勇が目を見開いた。

「局長であり、池田屋に一番初めに乗り込んだ勇さんが二十両は妥当だが、俺は後から行ってる。局長とともに斬り込んだ総司や新八、平助たちより多く貰う事はできねぇ」

「何言ってるんだ、歳? お前は新選組の副長だぞ。副長助勤を束ねるたった一人の副長じゃないか」

「勇さんっ!」

歳三が急に声を荒げる。

「たった一人じゃねぇよ! 山南さんも副長だ!」

「歳…」

勇が哀しそうな顔をした。

「気持ちはわかるがな、実際お前一人で担っている」

「勇さん、ちがっ」

「歳! 局長だ」

「局長…」

「もう新選組は『浪士の集まり』じゃない。そしてこの先、長州との戦さにでもなったら、命令系統は明確にせねばならん」

「命令…」

勇が頷いた。

「試衛館の頃とは、違うんだ」

「……」

「俺に現実を見ろと言ったのは、お前じゃないのか?」

歳三が軽く唇を噛んだ。

 

「局長、広間に総員が揃いました」

廊下から丞の声がする。

「おお。少し待たせておけ」

勇の応えに、歳三が目を上げた。

「いや、すぐに行く」

勇が歳三を見る。

「待たせる意味はねぇだろ。皆、心待ちにしているんだ」

「局長としての、威厳の問題だ」

「威厳?」

「そうだ。俺は、新選組の局長なんだからな」

「……」

歳三は無言で襖を開ける。

「俺は一足先に行ってるぜ」

「おお。追ってすぐ行くよ」

勇が傍らのお茶に手を伸ばすのを横目で見ながら、歳三は襖を閉めた。

廊下に控えていた丞に目配せをする。

「局長が出てくるまで、そこにいてやってくれ」

「はっ!」

「それと…」

歳三が腰を屈める。

「夜半に俺の部屋まで」

聞こえるか聞こえないかのような小声で囁いた。

丞が唇を引き締めて頷く。

すっと姿勢を正して、歳三は広間へと向かった。

 

   2014年長月4日  汐海 珠里

 

※ 会津藩庁記録の「三人江」は事件に関連して死亡したとされる、奥澤・安藤・新田とは限らない。「新撰組始末記」には「奥沢栄助ハ初太刀ニ重傷ヲ蒙ムリ即死、新田革左衛門、安藤早太郎モ重傷を被ムリ退ゾク(二人共七月廿五日死ス)。藤堂平助ハ小鬢ニ薄手ヲ被ムリ、永倉新八ハ籠手ヲ切ラレ… 」とあるが、永倉の「同志連名記」には、安藤・奥澤は「病死」新田は空欄(もしくは右に同じの意味での病死)。

また池田屋事件直後の会津藩庁記録では怪我人は2名(うち一人が重症)とある。

この日の「三人江」の新身料は「金十両」とのみ書かれ、「宛」が記載漏れでなければ、三人で十両という意味になり、総額は580両? 

またその後の文言に「別紙書付割合之外残金書面之通近藤勇へ相渡取計候樣申渡候」と書かれるが、その「残金」とは、会津藩士たちに幕府から下賜された千両の他、のことだろうか? 

ただし会津藩への「割賦」に「死傷者之者へも」の文言があり、気になるところ。

「其節出張之家來一同へ金千両被下候間之次第ニ寄相應割賦死傷之者へも爲取候樣可被致候」

また「池田屋襲撃」の時のみの武功ではなく、古高捕縛時や潜伏場所探索時(近藤書簡の「間者」)などの要素も加えての「配分」なのではないだろうか?