1991年、ユーゴスラビア連邦から独立したクロアチアの地形は、実に特異な形をしている。
国土面積は九州の1.5倍ぐらいの大きさであるが、約半分がアドリア海に縦に細長く面している。
特に、東にモンテネグロと国境を接している飛び地のドブロブニクは、その美しさをイギリスの劇作家、バーナード・ショーが「ドブロブニクを見ずして天国を語るなかれ!」と賞賛したほど。
って、ちょっと待って! こんなセリフ、どっかで聞いたやん?! 「ナポリを見てから死ね」と似てる? 似てない?! 苦笑!
ドブロブニクはクロアチアの中で最も有名な都市。中世の時代、ベネツィア共和国と並ぶ海洋都市国家として、地中海交易に重要な役割を持ち、1806年、ナポレオンに降伏するまで、長年、自治政策をとってきた。
13世紀~14世紀はベネツィアの管轄下にあり、その時代に多くのベネツィアスタイルの館が建てられた。ベネツィアの支配は150年にも及んだ。
世界遺産に登録されているのは、全長およそ2kmほどの城壁に囲まれた旧市街。
ローマ人がこの地に移り住んで来た8世紀~9世紀の頃に、要塞が建てられ城塞が築かれ、その後、ベネツィアの時代になってから、ほぼ現在の形になった。
城門を入って直ぐ目につくのが、大きなドーム型の大オノフリオの噴水。
この噴水は15世紀、ナポリの建築士オノフリオ・デッラ・カーヴァが作ったもの。
オノフリオは、旧市街から11km離れたスルジ山を水源にして、上下水道を建設したのである。この噴水の水はいつでも人々に無料で提供された。
16個ある噴水のレリーフ装飾の蛇口は、イタリア・ルネッサンスの彫刻家、ピエトロ・ダ・ミラノ作である。
オノフリオはまた旧総督邸の近くにも小噴水を残した。当時、多くの町が雨水を貯水して生活用水にしていたが、乾季が長いドブロブニクでは海水を濾過して、生活用水として利用していた。
この濾過システムは世界初と言われている。スゴッ!!
1713年、イタリア・バロック様式で再建された聖母被昇天大聖堂。
元は、1192年にアドリア海航海中だったイギリス王リチャード1世がロマネスク様式で建てたもの。王は嵐に遭い、沈没寸前の船はドブロブニクの沖合で座礁した。
ロクルム島の住民に助けられた王は、そのお礼に教会を建てさせたのである。が、しかし、その教会は1667年の大地震で崩壊してしまった。
大聖堂の中にはベネツィア派の大巨匠、ティツィアーノが描いた聖母被昇天や、ラファエロの工房で描かれた聖母子像などの絵画が有名である。
宮崎駿監督が魅せられたアドリア海とドブロブニク! 1992年に公開された監督のアニメーション映画、紅の豚は、第一次世界大戦直後のアドリア海が舞台になっている。
クロアチアのダルマチア地方沿岸部が随所に見られ、映画に登場する街並みはドブロブニクがモデルなのだ!!