今回の大震災…今も尚 何の方向性を示す事も出来ない「国」という存在に批判が高まっていますが やはりリーダーの資質によるものがこの事態を招いている様で これは先日書いた「器」にあてはまらない人物が その地位に就いた悲劇と言えますね
同じように 国民の長が「国」ならば 家庭での長は「父・母」ですよね。
最近 少年野球時代の親御さんから「登校拒否」の相談や 逆に教え子からは両親の離婚などの話をよく受けます
「登校拒否」に関しては 今まで幾多のケースがありましたけど 原因としては「交友関係」「成績」が殆どで 細かい内容では色々違いましたが 私や親御さんレベルで解決出来ない事は まずありませんでした。
と言っても大人が真摯に事実と向き合って子供と真剣に取り組まなければ解決出来なかった事は言うまでもありませんけど。
ところが「離婚」となると これは「大人達の様々な事情」によるものなので一朝一夕にはいきません。
ある子は 父親がリストラになり家庭での夫婦喧嘩が日常的になり離婚…
また ある子は何だか判らない内に親が離婚する事に…
と様々です。
離婚した私が言うのも変なんですが この場合「国民」の立場が子供達で 「国」が両親な訳で 戸惑う子供達は 今の被災地の皆さんと同じように映ります。
「国」の様々な事情=「親」の様々な事情といったところでしょうか。
このブログを御覧頂いている方々の中には 正に家庭での「長」となられておられる方々も多くいらっしゃると思いますが いざ自分に「有事」が降り掛かって来た時の覚悟や対処を考えておられる方はどのくらいいらっしゃるでしょうか?
子供達の話の幾つかの中には 酒に溺れたり 母親や家族にアタリ散らしたりしていた「長」もいらした様で この様な「長」は日頃から「自分にはマサカは起こらない」と思われていたのでしょう
私は以前から度々書いてきましたが 「嫌な事や辛い事があった時は決してアルコールを飲みません」
これは私がまだアルバイトをしていた学生時代に 兄貴分として慕っていた先輩からの教えの中の1つで いまだに守っているのですね。
酒を飲んで 全て上手く気分転換出来て前向きに事に当たる事が出来れば確かに良いのですが そうではない内容の場合は 飲んでいる時だけは良いですが 酔いが醒めれば 「何も解決されていない現実」が再び現れてきます。
だから私は たとえ酒を口にするとしても ある程度の方向性が見えるまでは口にする事はありませんでしたし 今後もそれは変わらないでしょう。
「有事」が発生した場合 「法律」をはじめ「行政」である程度解決への指針が示される場合と 最初から最後まで 多少行政や法律に触れる事はあっても9割方が自分で解決しなければならないものがあります。
でも そのどちらとも最初から最後まで 自分自身の中で「諦めないで何とかしてみよう」という強い意志がなければいけないと思うのですね。
私は「何とかしなくては」と「何とかなるだろう」ではダメだと思っていて
「何とかしなくては」…には悲壮感と もし何ともならなかったら…という焦りを感じますし
「何とかなるだろう」…には依頼心と諦めが感じられてしまうのですね
ただ「何とかなるだろう」には 歌にもあった様な 無駄な力を抜いてジタバタせずに事の成り行きを見てなよ!というニュアンスも含まれていると思うので 全くダメとは言えませんけど…
全くもって私感なんですけど「何とかしてみよう」には 当人の「意志」が感じられるんですよね。何とかしてみようを実現していく為には まず何から取り組めば良いか その取り組みには何が必要で どういう結果が想定出来るのか?
上手くいかなかった場合の次の手は?
という感じですかね。
もう 家族の居ない今の私には「有事」と呼べるものがあるとしたら「リストラ」か それこそ「生死を分ける有事」でしょう。
ただ今の私には 御覧頂いている皆さんの殆どの方々の様に「守らなければならない家族」がありません。
だから客観的に書けるのかもしれません。けれど「有事」に対して「備え」と「覚悟」だけは家族が居た頃より持っていましたし 1人になった今も 「備えと覚悟」はあります。
もちろんそれは 絶対的ではないし いざ有事となった時に木っ端微塵になるかもしれませんが 「決して屈しない」というハートだけは維持していこうと思うのですね。
だから 決して自らを傷つけたり自らの命を絶つ様な事はしませんし これを御覧頂いている皆さんにもしてほしくはありません。
それを選択すれば たとえ生まれ変わっても また同じ境遇になると 何かで読んだ事がありましたが もしそうなれば とんでもない事ですから だったら今の自分が頑張って打破して 生まれ変わったら より善き人生を生きたいと私は思うのですね
これが何人かのメッセージを下さった皆さん
ご相談に対する私の答えです
ではでは

