最近テレビやラジオ はたまた映画でもやたら「感動の嵐!」「泣ける!」「涙が止まらない!」が多いと思うのですね
送り手は「さあ!感動しなさい!」「これを見たら感動しますよ!」とタレ流し 受け手は 単純に受け止めて 映像や話になんの疑問も抱かないで感動してるってのが 最近よく感じられるんだけど これって変じゃないかなあ?
自分が今まで抱いている「感動」っていうのは その状況や話を見たり聞いたりして 自分なりに理解していく内に感動するもので 「さあ!感動しなさい」「これを見たら泣けるんです!」と最初から言われて「よしっ!これから感動しちゃうぞ!」って感動するもんじゃないと思ってるのですね
会社でも「管理者養成学校」のビデオを見せて 仕事とは全く無縁な富士山麓での研修風景を幹部候補に見せて 「さあ!どうだ?管理者とはこういうものだ!」「さあ!お前たちも彼らに続け!」だの言うのがあり 今やどこもかしこも全てセッティングされている様に思うのですね
だから全く自分で考えるっていう作業がないまま 与えられる物を受け入れてしまうって事に慣れてしまってると思うのですね
これってホントに危ない事だと思うんだけど 皆さんどう思われますか?
だから少年野球でも 監督や私たちコーチは 一切サインを出さないで子供たちに「どうすれば勝てるのか?」「強くなるにはどうすればいいのか?」を考えさせてたのですね。
私たち大人が口を挟むのはあくまでも子供たちが迷っている時や疑問が浮かび質問してきた時のみでした。
確かに大人の指示通りに動く様に指導し練習すれば 確かに勝てる様にはなります。だけど子供たちには「言う通りにしていれば勝てるんだ」しか残らないと思うのですね。
「指示慣れ」したその子供たちが そのまま大人になれば 何か指示や指導を受けなければ何も出来ない大人になるのは こりゃ当然だぜ!と思うのですね。
だから最近の「感動しなさい」っていう風潮も 本当に善くないなあと思ってしまうのですね
新入社員にも このタイプが益々増えてきていて 指導する側が辟易してるんだけど、これを治すのは大学を卒業してからじゃ容易な事じゃないのですね
このブログを読んで頂いている方の中にも お子さんが まだ小学生や中学生の親御さんがいらっしゃると思いますが もし与えるだけで考える作業をお子さんにさせる事をしていない様ならば まだ小学生や中学生ならまだ十分に間に合うと思います
レールを敷いてやる事が全て悪いとは思わないけれどでも敷くだけ敷いてやって レールから外れたら 一緒になって慌てたり 親御さん同士が「お前のせいだっ!」とかなるぐらいなら やらない方がマシだと思うのですね
レールを敷いてあげるなら外れた時の事も考えておかなければと私は思うのですね
「失敗を恐れてたら何も出来ない」というご意見もあるでしょうけど 少なくとも親を信じて 親の敷いたレールを走っていくのだから 外れた時の対処を考えておくのは 敷いた親御さんは やっておかなきゃと私は 何人かの少年野球OBの親御さんから相談を受けた時にも 言ってきたのですね
さてさて ここ何日かまるでコメンテーターみたいな論調ばかりだったので 明日は我が虎の話と参りましょう
ではでは

