教会の教えから心が離れたのは

ある日 突然急にではなく

色々なものが積み重なって

2年近くかかって 結論を出すにいたったんだけれど


その 結論を出した頃


僕は 教会をやめないといけないかな と 思って

しばらく悩んでいた。



それが今年の春頃だけど


今年に入ってから出会った人に

ちょっと変わった祝福二世の青年がいて……


その人とは 教会員仲間の集まりで何回か会ったんだけど

出会ってしばらくしてから よく聞いてみたら

「僕は信仰者ではありません」

て 言うんだよね。


信仰者ではありません  って 言葉は

必ずしも そのごとくの意味ではない時がある。


紛れもない教会員であっても、

模範的な教会員でないと自分で思ってる場合、

「自分は信仰者じゃない」  って 言うことがあるよね。


そういう意味で 言ってるのかな と 最初は思ったんだけど


教会の人達の集まりの中に いつもいるし

祝福二世でもあるし 

普通に教会の教えを信じてるんだと思ってたら


そうじゃなくて ほんとに 教会の教えを信じてないんだって。


だけど 教会の人達と 普通につきあってるんだ。


で 周りの人も ある程度 近い間柄の人達は

彼のそういう考えを ちゃんと知ってて

それでも 彼は 

みんなから 好かれて、一目置かれる人だった。


親子までいかないけど 僕より随分年下。

なのに 考え方が すごく しっかりしてて

精神年齢は 向こうがずっと上だと思う。

いつも冷静で 落ち着いてて

ものごとの本質を見てて…… 


こういう人が 統一教会の二世です っていうと

教会の証になるよなぁ と 思うんだけど

教理は信じてない って いうの……  (^_^;)



僕は 最初 彼だけに  本音を話した。

教会の教えから 心が離れた。

教祖様を メシアと思っていない  ってね。


で 教会を やめようかどうしようか 考えてると言った。


彼は

「僕は 食口のコミュニティに参加しているつもりでいる」  

と 言った。


すっごい 柔軟な発想だな と 思ったんだよね。

対して 僕が 型にはめた考え方になってた  と。


「教会の人達が好きなら 

そこにいてもいいんじゃないですか?」

と 言ってくれた。


みんなに本音を話すこと  については

「僕は 祝福二世という立場上 許されているところがあると思う」


一世だから 立場が違うので

みんなの反応がどうだかわからない と。

そして

「全部正直に話さなければ 

そこにいてはいけないわけでは ないと思います」

って 言ってくれたんだよね。


 

おかげさまで

僕はまだ 形は 統一教会員……。


周りの人達との関係を 安易に切ってしまわずに

時間をかけて 

話せる人から 話させてもらってるのも

彼のおかげ。



彼を見てて  僕は 思う。


盲目的にお父様絶対と思って 崇拝している人よりも


人間関係を大切にし、日本と世界の平和を思い、

教会の中の 奉仕的な活動には 積極的に参加し、

たくさんの二世や 自分より年上の人達の悩みを聞いて

親身に相談にのっている彼こそが


神様の 孝行息子だと……  



もしも   文師が 本当にメシアなら

文師も そう思っておられるはずだと 思うんだよね。 





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