霊界に行ったら どうなるか

っていう話が 結構 統一教会では 言われてたけど


霊界に行ったらどうなるか 

って  証明のしようがない  よね? 今のところ……


霊が出て来て話をした証しだとか

霊能者の話だとか

そういうのの信憑性で 信じるか信じないか

というところに留まると思う。


それが 意外と なるほど そうなんだろうなぁ

という霊的証しが 結構あるもんだから


そして 霊界がそのようになってないと

説明できないような話とか

知ってるはずないことを知ってる霊の話とかがあるもんだから


統一教会で言ってることは

正しいんだ 

霊界に行ったら きっと そうなるんだ


と    信じていたんだけど……


最近は そのへんは

疑っているというか  


霊的な内容は  やっぱり 死んでみないとわからない

と思うし

霊界 というところは 

やっぱり パラレルワールドみたいなものなんじゃないの?

という気もする。


信じたその通りが その人に応じて 展開されてる

というような……




なんで 霊界の話を書きたくなったかというと


昇華式の話を 小耳に挟んだから……


信仰的な生活をした人でも

死んだ時に ちゃんと昇華式をしてくれる人がいなくて

普通の葬式になってしまうと

霊界で行くところが違うんだ とか聞いたのを

思い出したんだ。


葬式のやり方で 霊界の行くところが違う…?


これは 僕には 納得できない。

本人もう 死んでるのに

送り方で 行くところ違うなんて

生きてた時の生き方 魂のあり様よりも

死んだ時の送り方が 重視されるなんて


そんな法則を 神様が作ったなんて

おかしいと思う。


おかしくないかなぁ?


まあ そういうこと言ってると

お金で 先祖解怨ができる っていうのも

おかしい  と 思うし……

というか 


僕は 清平系は (清平 ちょんぴょんは韓国にある教会の霊山)

あんまり 信じてない というか

好きじゃないんだ。


霊の働きが 確かにあるのは 認めるけど

お金が 絡んでくるものって 何か 信じられなくてね。

人の心のよしあしより お金 ってことになってるもの。


だけど 

もしも 今 教祖様が亡くなられたとしたら

三男の子女様派 と 七男の子女様派 と 

清平派  に 分かれる

なんて話も聞くぐらいで

清平信仰とも言えるぐらいに 清平の霊的役事を信じてる人

たくさんいるのは知ってるし

それは それで 悪くはないと思う。

信じたいものを信じるわけだから。



ただ  僕は 好きじゃない  

それだけの話。


僕は 昇華式してもらわなくていい。

それで 行く霊界が低くなっても  

それならそれでいいと思う。


もちろん 死んだ後に 解怨してくれ なんて

生きてる間に 人に頼んだりは したくないな。