先ほど、あるドラマが最終回を終えた。
NHK BSの再放送、NHK地上波の「舟を編む」である。
ご存知の読者も多いだろう。
これは、辞書を作るために奮闘する人たちのドラマである。
個人的には、毎回とても面白く拝見した。
毎回、何かしら感動を覚えるシーンやテーマがあった。
さて、ドラマは言葉をいかに大切に扱うかがキーとなるわけであるが、
ドラマから離れて、私たちの日常も言葉なしでは成り立たない。
成り立たないだけでなく、その使い方次第でどんな人格なのか
判断される大事な材料ともなりうる。
場合によっては、言葉の使い方を誤ったことで
人間関係にヒビがはいることさえあるだろう。
だからこそ、言葉を大切に使わなくてはならないし、
用法・容量を守らなくてはならない(笑)。
ところで、「言葉」を「表現」と言い換えることもできる。
言葉でなく態度で示せ、と言うように、言葉以外にも表現する手段がある。
無口な職人にしてみれば、その手先の器用さや実直な仕事ぶりが表現となる。
それが人々から評価され、場合によっては人間国宝になったりもするかもしれない。
つまり、私たちはみな言葉以外にも表現手段を持っているはずだと言うこと。
それが、優秀な仕事ぶりであったり、
約束を必ず守る真面目さであったり、
細かいところまで目が行き届くきめ細かさだったり、
丁寧さ、
優しさ、
共感力、
などなどなんでも良い。すべてその人固有の表現力と言えるだろう。
言葉の使い方は大事であることに変わりはないけれど、
それは表現力のひとつでしかないのかもしれない。
何が言いたいのかというと、
私たちが生きることそのものが、表現すると言うこと。
私たち一人ひとりがみな表現者なのである。

