仏印解脱

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魂は越境輪廻を繰り返す。次元を超えて時間を超えて、あらゆる瞬間の意識の仮器に宿りその世界を知覚する。意識に境界などない。境界を感じるは肉体を通し世界を感じる時だけ。集合する衆生と呼ぶレンズを通し我れ世界を知覚する。


誕生初命に厚み無く、互いに不足と感じる者を求め、引き合い、絡みあい、自覚現実と根因、宿命、宿業、功徳、因果を産み続ける。自ら魂は自覚世界を通じ世界の発する明と暗、陽と陰、妙と理を自らの心に打ち重ね刻み往く、決して避けられず。


喜びも楽しさも愛も怒りも妬みや辛さも希望も幸せも充実もそれら根源の俗物が俗欲を呼び起こす。遂に次元を越える因果を産み続け、並行次元の自己受覚の根因となる。解すは甲乙為すは全て自分である。また己の俗欲は感情の波を感じ人は一喜一憂の果てに自らの心に煩悩を作りだす。尚、一枠無限の輪廻の中で呼べど消化を無明に問われ苦挫く。


功徳や宿業も一枠無限の自覚世界を構成する役割の一つに過ぎず、陽に満たされば楽園や極楽と釈迦は呼ふ、陰で満たされ続ければ羅刹や修羅の舞う地獄と化す。生死問わぬ魂が満たされるまで永遠と悟らぬ限り一枠無限の轍の闇を迷いが如く彷徨い歩き続く。されど人の常。その世界こそが六道輪廻と説く。


我悟り無き限りは無間地獄と笑ずに捉われ阿鼻叫喚の縮地。老衰病死,事故自然死,他殺,自死,に全てを包括す。或いは魂がその領域での悟る刻、瞬に、役目を果たす様は、人留まらず現世を去り逝く。老衰して永く留まる者、若く幼き者、男女、愚賢に有無に問わずの如く。


死とは階層境地の悟りに達した者たちの辿り着く場所であり、同時に新たな可能性の満ちた発芽世界の分岐とある。


選ぶ勿れ輪廻の世界で満たされぬ魂は、別次元と宙に宿りし離系創世の境地。されど極知無意の境地ならば執着を捨て煩悩を収め心の解脱が唯一涅槃の開眼と説く。

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煉とわき日々

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卵は割れ、


鳥は留まる。


水が戻りき、


日が滲む。


指が増えても木は垂れる。


縮図の果ては水魚と山羊が踊り、


我は闇に影を観る。


筆を選べば、


左に孔雀が叫び、右に修羅笑う。


朱く柔らかな刻みはやがて剛に。


確信、何得て願い叶う


悠久なりて私の散逸たるや


悟りて纏り、


永遠に帰り、切に渇く。




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誕生日をあと10日に踏まえて

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このブログに書いていなかったというより、記憶の中に埋もれて忘れていた体験をお話しします。自分が何度も失敗して今になって急に思い出したのが「何か意味がある事」だと思えたから。


他のマトメでコメントとして残した物を自身のブログ記事に修正しなおして再添付した内容です。


http://mindhack2ch.com/articles/88524.html#comments

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十数年前に息を呑むほど説得力のある説教をしてくれた長野か岐阜のお坊さんの話を思い出した。


その人20代後半までヤクザ紛いの生き方をしていて、ある時ちょっとした不注意で車に跳ねられ、危篤の状態に陥ったんだって。


その昏睡状態から目覚めた後から、対峙する「全ての人から」心に想っている事や、その人の前世らしき人物の、その時代の、その時を生きている時の会話や想いが、感情を交え聞こえてくる様になったそう。


元々、学生時代はヤクザみたいな生き方ではなく、ちゃんとした夢があったらしく、物理学者ファインマン?ってひとに憧れてその方向に目指してたと話されていた。


その頃の知識と、聞こえてくる情景が、どうも過去や未来を暗に示しているものが多く(主に時代背景特有の会話内容や街景色との事)、


尚且つ最初は聞こえてくる声に耐えられなくて、何度か本人たちに内容を確認するたびに言い当てた様で気味悪がれて、その後に悟ったらしい。


輪廻転生は実際にある事なんだって。それは自分の周りにいる人に限らず、全ての人たちは自分の前世の人生だったり、死んで生まれ変わった後の人生だったりするんだって。


つまりこれから下に書き込まれていくコメントの向う側の人達も全て今、僕が書き込んでいる「自分の生まれ変った来世」や「前世の自分の行い」なんだという事。


僕も最初は信じられなかったけど、その人に、ことごとく自分の生きてきた軌跡を言い当てられたし、今までに掛かった病気、親の名前、初恋の人、仕舞いには『聞きたければ「君がいつ死ぬか、どんな風に死ぬか?」まで言おうか?』と言われたので余りに恐ろしくなって、3,4日まともに眠れなかった。


パラレルワールドって言葉がある。輪廻転生、六道輪廻、因果応報

このブログを読んでいる人は心に留めて下さい。


当時55歳癌を患っているといってたけど、今も生きておいでであれば60数歳、たしか法名を蓮科院か、蓮陰、難しい字で思い出せない。そんな感じのお名前だったと記憶してたけど


いくつか聞いた中で、しっかり覚えている内容があります。余りの恐怖にかられた自分が、この先間違いの人生を侵さない為の心得として聞いたこと。


自分がその時に起こった物事に対し、その時の「感情」が、実は「今までの自分の前世に大きな影響があった事の証し」なんだって。


前世に一度、同じ状況を当人として経験してれば、その時の感情が現世に影響を与えて「自らのやるべき振る舞いを正しく表現する」のだそう。


前世で、当人であれ関係者であれ、その時の出来事を経験して無ければ、前世のその時の感情が無い訳だから、次に生まれ変わったら今起こった出来事の当事者になる来世が「いつか必ず来る」と言われた。


だから、この書き込みを読んで笑える人は「いつか貴方が来世で当事者として経験する事になる」と思っていた方がいい。ふざけては言っていない。


このブログを読んだ人は、この一連の出来事に関して、来世であれ前世であれ「何らかの関係者」という事になるのだから。


君達は間違いなく、僕の来世か前世と思っているから出来れば、関係者となって欲しく無く真面目にお答えしました。


回想している内に、もっと色々と思い出せたから書き残しておきます。


やはり物理学者を目指していたらしく、それ関係で解りやすく例えて話してくれてた。藪蛇とかリトマス試験紙とか和紙製造で例えてくれたり。


御茶菓子で頂いた水ようかん。その名の通り「水だった」全く味がしないんだもん。長いお話しを冗談も交えて面白おかしくお説教をして頂いたよ。


ただそう言った生き方についてのお話しされている時の眼つきと言うか、その眼差しが何と言うか凄かったのを覚えている。眼球が全く動かず、その目から釘でも打ち付けられた様に怖くて終始目を離せなかった。


今から言うのは全部大切な事だけど例えば、どんな人も、いろんな人達の人生を生まれ変わりを経て経験する事になると言えるんだけど


でも生まれ変わったとしても「全ての人達の人生」を前世や来世として全部を経験する訳ではない。とも言われていた。


それは藪蛇(ヤブヘビ)で例えて、前世で何らかの関係者でも感情を交えて、少しでも経験する事ができたなら、何て言うのかな


その人の『魂の厚さ(転生を繰り返すことで増える経験値みたいなもの)』によって「地元民が毒ヘビが居ると知っている藪の中にわざわざ足を踏み入れない」ように


現世の人生でも直感的に危険と察知して自分の魂が「悲惨な人生の当事者になる様な、来世の選び方をする人生を歩まない」と言われていた。


リトマス試験紙で例えてくれた内容は


人の魂は繰り返す輪廻のなかで、体験した出来事を魂の色で表すらしい。「魂のリトマス試験紙はどんな色にでもなり、表す」とも言われていた。


それを和紙の作り方に例えて、輪廻が和紙を精製するがの如く、繰り返し重ねられたリトマス試験紙の色が「次の来世の切符のような役割をする」って。


だから、今の君が、その現世で何かしらを悟らなければ、同じ色しか表せないまま人生が終わり再び同じ様な行き先を選び続け『延々と繰り返す無限地獄に堕ちる』と諭してくれた。


お坊さんに一連のお話しを頂いた後

なんとなく理解が出来て、こう聞いてみたんだ。


「和尚さまは、僕の人生も経験されて位の高い場所に居られるのですね」


と質問したら、そんな事はないと思いなさい、私が貴方の人生を経験したという事は無いかも知れない。あなたと私の来世や現世前世が遠く離れている事もある。そういった時は共感という感情が湧かない事もある。


出会いというのは、相手若しくは自身に強い影響を与える事。それが良い事であっても悪い事であっても。街をすれ違う人達は出会いをしていますか?ただ通り過ぎているだけでしょう。そういった感情が触れあわないものは出会いとは呼べない。


こうして貴方と私が会話を交えたとしても、そこに共感や感情を交え、互いの人生において影響が無かったなら、それは出会いが無かった。という事互いの三世(多分現世、来世、前世のことだと思う)に、影響や関係が無かったという事です、

つまり私の話を聞いて人生に変化がなければ、三世に関係が無かったという事です。


ご縁があると良いですね。


......................................…



このブログを読んでくれた皆さん長々読んでくれてありがとう。皆さんの三世が良い方向に進みますように


屑の弁解

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俺は彼女の何に惹かれてたのだろう。優しい所?理解力がある所?違うそれだけじゃない。俺は母を置いて出て行った自分の行いを彼女に代弁してた、きっと。家族とも距離を置き、孤立して孤独でいる姿を勝手に母の姿に重ねて償おうとしてた。本当の母親さえ救おうとしなかった奴が、どうして他の誰かを救えるんだ。


関わる人次々と不幸にしている。俺が生きてきた意味は一体何だったんだこんなに人に妬まれて恨まれて何故母と父の元で産まれたんだ。懸命に信心してた母が何でああなるんだ


この40年間どれだけ沢山の人に迷惑かけてきたんだろう。親父も母さんも弟も妹も産まれてきてからきっと俺の頭がおかしくて迷惑をかけ続けて、今も鬱陶しがられてたんだ。今になって解っただからあの言葉なんだろ。


でも、母さんの事責めてなんかいない!一緒にやり直そうと言っているだけだよ!そんな風に言っていない!涙が止まらねぇ実の母にすら理解されない人生本当に救いようがねぇ




例え…届かなくとも。

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貴女との出会いは、真っ暗だった自分の人生に確かな光を差してくれたし、無茶苦茶だった自分の人生を軌道修正している事を強く実感してた。


間違いだらけの連続だったけど、その都度修正をしながら成長していた日々だったと、今でも心の底から思っています。


自分なりではありますが、人生を正して頂いた事…感謝しています。


その想いを忘れずに、自分の業を一つ回収しながら今からの人生をしっかり踏み締めて生きて生きます。



ありがとうございました。

何のブログが忘れちゃったなぁ…

この頃が1番幸せだったな。








終わる時は何時も同じ…
ちょっとの勇気と時間が足りなかっただけ…
あの時、もう少し勇気を出して置けば…
あと一時間だけ早く踏み出す決断しておけば、
いつもこんな風にならなかった。

やっぱり宿業なんだな…過ちを繰り返すのは…

親父は完全にに耳が聞こえず手話すら知らない。
母は買い物依存を患い、部屋を埋め尽くすような
洋服とゴミ捨て場の様な家の中…

生ゴミと部屋飼いしている盲目な老犬の糞尿と
腐敗臭のするとても…人が住むと思えない様な地獄の中で
屍の様に寝ている母をみた。

家を出れば、いつか目を覚ますだろうと、出て行った俺の望みとは裏腹に…未だに現実逃避をし続ける37歳と35歳の弟は同じ奈落に堕ちていた。

14年間、俺も逃げてたんだよな。立派になって帰ってきて両親を実家を立て直すなんて、俺自身の逃げ口実だった。
どんなに唯一正常な妹と家族間との再会を取り持とうとも、
弟は新たな逃げ口実を作り出し再会は叶わなかった。

なんか…色々と疲れたなぁ…