PERFECT DAYS
これは先日のカンヌ映画祭で役所広司さんが最優秀主演男優賞を受賞したことで話題になった。柳楽優弥くん以来20数年ぶりの日本人俳優の受賞だという。監督はヴィム・ヴェンダーズ。
主人公は都のトイレ掃除を生業としているが、公務員ではないよね。委託業者の職員かな。この映画は都のトイレット・プロジェクトに参加して制作されたとのこと。(詳細は知らない)
 
 
彼(平山さん=小津安二郎作品によく出る名前らしい)はもうそれなりの年齢ではあるが、古い2階建ての縦割りの風呂なしアパートに一人で住み、毎朝トイレ掃除の仕事に出かける。暗いうちから目覚まし時計なしで、近所のご老人がおもてを箒で掃く音で目覚め、ささっと洗面と髭の手入れもして、自販機で朝食の缶コーヒーを買って自分の軽ワゴンに乗りこみ出発。座席後ろの荷物たちには、自分で工夫して作った掃除用具もあるらしい。その辺中に差し込んであるカセットテープ(!)は、'60~'80の古い洋楽だった。それで「朝日の当たる家」などを聞きながら首都高を経由して公園等の持ち場トイレに出かける。黙々とせっせと細かいところまで綺麗に仕上げる。同僚の柄本時生はそんなのやり過ぎですよと言うが。その担当するトイレたちがまたみんな綺麗で近代的だ。私が若いころまでは、とても公衆トイレなんて怖くて入れなかった。怖いのは犯罪というより汚くて足を踏み入れたくないということだけど。たいてい水洗でもなかったし。(-_-;)
 
トイレにそっと置いてあった紙の走り書きの五目並べに自分の駒を書き込むと返事があったり、子供と手を振りあったりという触れ合いも少しある。そうしてお昼休みに、きまった場所(神社の敷地内らしい)のベンチで、買ってきたサンドイッチと牛乳のランチをとるが、そのときに周囲の樹木たちを嬉しそうに見上げている。木々の擦れ合う音や小鳥の鳴き声に耳を澄まし、大木の下に実生の若苗を見つけると、ポケットから小さい蠟引きぽい紙の袋を出して拡げ、その中に手で掘った苗を土ごと入れて、大事そうに持ち帰る。その苗は寝室の隣の部屋に並べてあるほかの鉢植えの木々と同様、鉢に移して世話をするのだ。まったくミニマリストというか、家具らしい家具もないが、そんな鉢植えはたくさんあって、毎日霧吹きで水をやっている。(一階にはなんだか段ボール箱が山積みだったけど)
 
スカイツリーの近くらしい家に帰宅すると銭湯に自転車ででかけ、夕食はなじみの居酒屋で一杯やって済ます。無口だけど、そこの大将や女将さん、常連客と軽く言葉を交わす。帰宅すると古本屋で100円くらいで買ったフォークナーの文庫本を布団の中で読み、眠くなったら寝る。うーん、こういう生活もいいんじゃないかなあと私なんか思う。それは人それぞれだろうし、歳をとったら心配なところもあるけれど。その辺、彼はどう考えてるんだろう。
そして一回見ただけではまだ解釈できないのが彼の夢だ。構成からは、夜寝ているときの夢でいいのではと思うが、モノクロで木々の木漏れ日やそよぎのような映像に、彼の記憶の断片のような映像が混じる、それが同じものではないが何度も出てくるのだった。
平山さんの経歴は謎だけど、ある日姪っ子が家出して訪ねてくることでぼんやりと明らかになる。
 
「家出するならおじさんのところに行こう」とニコは前から決めていたという。家にあったパトリシア・ハイスミスの文庫を読み、仕事についてきて一緒に箒を使ったり、神社で一緒にサンドイッチを食べたり、自転車で一緒に銭湯に出かけたりする。ほどなく母(彼の妹=麻生祐未)が運転手付きのセダンで迎えに来て連れ戻されるのだが、そのときに、お父さんももう昔みたいじゃないから会いにいってやってと兄に言う。
きっと平山さんはいい家の長男で、だけど親が自分に望む生き方と自分の望む生き方とが相容れなくて、義絶したような形で出てきたのだろう。その点妹のほうは兄がいない分親の考えを汲んで(価値観が親とそう大きく変わらなかったのかも)生きてきたのではないだろうか。父親じゃなくて運転手と来たのに私はひっかかったけどね。両親揃って心配してきてニコを抱きしめるような家族なら、ニコは家出しなかったのでは?
 
淡々と過ぎていく平山氏の日常だけど、私が好きだったのは、なんとなく気になっている居酒屋のおかみ(石川さゆり)の元亭主(三浦友和)に自分が癌だと打ち明けられ、夜の河川敷公園で、一緒にかげふみをするところ。影踏みなんて子供の時以来やったことがないけど、それをやりながら、影も重なると濃くなるという平山氏。人生で繰り返してきたことに味わいが出るという意味だろうか、人と交わることで世界が色濃くなるという意味だろうか、あるいは・・・。
 
いつものように早朝起きた彼が、車で首都高を暁の空に向かって走っていくラストシーン、口元に笑みをたたえた彼と、流れるニーナ・シモンの「Feelin' Good」(←私の好きな曲)が本当にじわっと来た。(´;ω;`)その選曲に「やられた!」と思った。新しい夜明け、新しい一日、新しい人生!いい気分、私は私の自由な人生をいくわと。
なんの変哲もない毎日、リッチでもない、名誉も家族もない、だけど、何にも縛られず、元気で誇りをもって働き、癒されるものもちゃんとある。これが平山さんの perfect days なんだろうなあ。そして木洩れ日は、どの一瞬も同じ姿ではない、と。そんな風にひと時ひと時を大事に過ごしていければいいなあ。
 
そして、映画全編にわたって昔の洋楽が流れてて、良かったな。私の年齢より少し先輩の人たちの青春時代に流行った曲たちだったけど、私も耳なじみがある。歌えるのもあったし。コンピアルバム出ないかな。
 
もう今年も押し詰まって、劇場で見るのはこれが最後だろう。SPY FAMILYも見たかったけど。
 
今年は、「ファミリア」で始まり、「PERFECT DAYS」で締めた、役所広司さんで始まって終わった年だった。
皆様、良いお年を。今年もお付き合いくださりありがとうございました。m(__)m