駒田蒸留所について書いたのが約1週間前の25日未明。そして25日の夕には、市内某所のカフェでお楽しみ会があった。そこでは、オーナー兼ピアニストのママさんのご厚意で、月に1~2回、ピアノとベース時に+ドラムスの伴奏で歌の練習会を開いてくれている。同年代の女性たち数人で、飲み物付きで一人1000円+持ち寄りおやつという超お得な会で、それだけでも十分お楽しみなのだけど、年に1回くらい、発表会(学芸会(^^;))的パーティを開いてくれるのだ。一昨年はちょうどクリスマス(私の誕生日)にあったので、乾杯の挨拶をさせられたっけ。今年は夏に納涼会としてやるはずだったが、大雨による水害で飛んでしまっていた。うちはまず大丈夫だったが、このカフェは床上浸水し、壁のあの線はきっとそのときの・・・・かなり高いところに見える。答えをきくのが恐ろしくて尋ねられないが、楽器はどうだったんだろう?
【レッスンに通っている音楽スクールの、年に一度の発表会ステージは、9月24日に市のホールで開催され、その模様は自分のICレコーダーではきれいに録れなかったけど、教室が撮影したものをYoutubeにアップしている。私も出て2曲歌った。恥ずかしいのでここにそのURLは載せませんが💦】

お楽しみ会では我々グループのほかに、別の日に集まって練習しているグループ、隣県から歌いたくてやってくるおじ様、そしてベースのかたの奥様(娘さんはメジャーのプロ歌手。ここに名前は書かないけど)が歌った。なかなか年齢層が高い。(^^;)

飲み物を飲みつつ1曲回しで全員が歌ってから食事が出て、そのあともう一曲回しとインスト演奏があった。私は”We Are All Alone” と”What A Diff’rence A Day Made”の2曲を歌った。皆さん、ご存知?先のはボズ・スキャッグスの大ヒット曲。でも1970年代なのよ。後のはジャズ・スタンダードだけど戦前のよ。(^^;)いや私も知らなかったけど、何かで聞いて歌ってみようかなと思ってね。いろんな人の歌唱があるけど、私は4ビートで。聞いてる人が乗ってくれてるのがわかって嬉しかった。写真はほかの人の。(;^ω^)グランドピアノは写っていない。

 

コロナのおかげでスクールのコンサートもジャズバーからホールへと移ったが、こちらアマチュアなので、聴衆が一杯飲んでくだけてしまっているほうが楽に歌えるのよね。そんなに頑張って声を張らなくていいし。そりゃもちろんホールでは音響さんがいるんだけれど、張らないとやっぱりバンドに負けちゃうから自分に返ってこない(モニターもあるけど)ので。

 

そして翌26日、盛岡までとあるコンサートに出かけた。中学生の頃からラジオで聞いていたバンド「NSP」の後継バンド「スリーハンサムズ」のラストコンサート。私はどちらかというと洋楽派だったけど、当時ヤマハの「ポプコン」(ポピュラーソングコンテスト)の権威は大きかったし、その受賞者の流れで「世界歌謡祭」の大賞曲(「あなた」とか「時代」とか)が生まれたりしていたから、よくフォークやニューミュージックと言われるものも聞いていた。・・・はい、違います、すみません。テレビで音楽ベストテン番組とか「スター誕生」も人気だったから、アイドルの曲も知ってるし今でも歌えます。m(__)m 昭和歌謡どんとこい、です。

 

NSPが16年も活動休止してから復活したころ、ファンたちも子育てなどから解放されて、やっと自分の好きなことに時間とお金を使えるようになり、私も復活してから彼らの魅力を再確認してファンクラブに入りオフ会にも参加するようになった。それでお友達(N友という)も沢山できた。しかし、彼ら3人のうち天野滋さんが2005年に52歳で亡くなり、その後残った二人と、仲良しだった元「ふきのとう」の細坪さんが組んで、スリーハンサムズというダサダサな名前のバンドでNSP(&ふきのとう)の歌を歌うライブをするようになった。その名前は以前天野さんが考えて結局つけなかった名前なので、わざとつけた由。東日本大震災の年に、東北を元気づける意味もこめて(NSPは一関高専の友人バンドで細坪さんは道産子)できたバンドなので、かれこれ12年がたつ。しかし、一昨年中村貴之さんも亡くなり平賀和人さんだけになり、今回はラストと銘打って、活動を打ち切りにすることになったのだ。今回はゲストに、天野さん追悼コンサートのときにも来てくれた鈴木康博さん(もとオフコース)や交流のあった三浦和人さん(もと雅夢)、杉田次郎さん(もとジローズ)も参加してくださり、中村さんの追悼もこめたコンサートとなった。いつもライブツアーのときにサポートしてくれた久保田さん、都留さん、丸山天使さんも加わって、最後にみんなで肩を組んでそのままお辞儀してくれたときは、天野さんの追悼コンサートを思い出して涙がじわり。私、天野さんがなくなった(7月1日)というお知らせをファンクラブのHPで7月4日月曜の昼に職場で見た時は、しばらく椅子から立ち上がれなかったし、その知らせを受けて、夜ブロードバンドニッポンの番組で天野さんの曲をずっとかけてくれたのを聞きながら、膝をかかえて泣いたものだったわ。

 

 

中ちゃんの衣装やギターも展示してあった。いつもにこやかでファンたちにもフレンドリーだった中ちゃん。あ、NSPってだいたいそういう人たちだったっけ。平賀さんもそう。もともと岩手のお兄ちゃんたちだもの。(^^;)

最近、若かったころに聞いていたアーティストたちが次々になくなっていって(カラオケではレパートリーの大橋純子さんしかり)だんだん寂しくなっていく。

・・・といいながら、おばちゃん(σ(^^;))は、あっちゃん(増子敦貴くん)のカレンダーを予約したり、ananは買わないけど八木君の写真を眺めてにこにこ(ニヤニヤじゃないよ💦)したりするのであった。

 

 

 

 

あっちゃんは少し俯いたり横を向いたりしたとき、より綺麗。で、写真のとおり、このときはかなりメイクしたまま、誰もいない会社で深夜なのにナゲットとピザーラ食べてコーラ飲みながらインスタライブしていた。「おめでとう」は、フォロワー20万人突破したかららしい。自分でドンキで買ってきたタスキだって。インスタでは左右逆になるから、僕は右利きですよ、って。ついてきた辛いスパイスは全部かけるあっちゃんだった。好きなのは照り焼きチキン。コーラを飲みながら、途中でゲップがでたらどうすんだと心配していた。(;''∀'') 「千と千尋の神隠し」のチケット抽選、応募する気だけど、当たるかな~?

 

 

はい、これはもう、何も言うことのない八木君です。