「ロストケア」
予告編から、ちょっとこれは心して見なくちゃと思っていた作品。テーマは老人介護の現状と問題、それに生命の尊厳をどう守るかという問題も絡む。結局は個人レベルでも社会レベルでも、人はどう生きるべきかという信条の確立が必要なんだけど。
冒頭で孤独死したらしい人(おそらく老人)の家で警察が遺体の搬出をするところが映る。ゴミ屋敷の室内、ベッドにはヒト型のシミ。そこでハンカチを口に当てて立ち会うのは検事の大友(長澤まさみ)。検事ってこんな現場に立ち会うんだっけ?と疑問に思ったが、その理由は後でわかる。
画面は私立の介護事業者が利用者宅を訪問するところに変わる。複数のメンバーで訪問して、親切に認知症老人に声をかけ、着替えを手伝い、やってきた同居していない娘(戸田菜穂)は食器を片付ける。あの人、介護と仕事と家族の世話で相当追い詰められているよと帰りの車内で噂する中年女性介護士(峰村リエ)。若白髪の斯波(松山ケンイチ)は特によく気が付き働き者で、利用者からの信頼もあつい。他の家ではシングルマザーの娘(坂井真紀)が介護する母親に心無い言葉を投げつけられていた(認知症だから仕方ないけど)。彼女はまだ若いんだから、あの母親さえいなければ、再婚だってできるだろうにと噂するさきの介護士。
と、その母親が、馬鹿にタイミングよく急死した。死因は急性心不全。(よくある「死因」だが、終末期になれば当然それは起きることなので、最近は死亡診断書に安易に心不全とか呼吸不全とか書かないようにと厚労省から指導されている)。介護士もお通夜に参列し、坂井真紀に声をかけ慰める斯波。
こんどは事件がおきた。戸田菜穂の父が一人暮らしする家で、父の遺体と介護事業所の所長の遺体が発見されたのだ。そこで事件として司法解剖が行われ、所長は頭部外傷、老人からは致死量のニコチンが検出された。所長は会社で預かった合いカギを使って盗みに入ったらしく余罪もあるようだが、防犯カメラの映像などから殺人犯として逮捕されたのは斯波だった。調べると、この介護事業所の利用者の死亡率が異常に高く、斯波は42件の殺人を自供。しかし利用者で死亡したのは41名だった。
検事大友と容疑者斯波の対峙が、息詰まるような白熱したもので、目が離せない。なぜ殺したのか、と訊くと、僕は殺人ではなく救済したのですと斯波。それはあなたの勝手な正義だ、他人の命を奪っていいはずがないと検事。斯波の身元を調べると、42人目、いや初めての殺人は、自分の父(柄本明)だとわかった。母を亡くし父に育てられた斯波は、老いた父が弱ると仕事を辞めて自宅介護したが、たった二人の家族でしかも稼ぎ手が仕事を辞めるとそこには悲惨な将来が待っていることが多い。
生活保護申請の窓口、あの職員というか自治体は最悪だ。複数の人員を配置し、すぐ支給できないならケアマネや生活相談係や支援NPOなどを紹介すべきである。父は認知症も患い徘徊し暴れ、ある日正気な時に、息子に殺してくれと頼んだ。息子はなんとかして注射器を手に入れ、なるべく目立たず苦しませないやりかたとして、煙草から抽出したニコチンを注射した。なぜその後も同じ方法で殺人したかと言えば、そのときにバレなかったからだという。斯波は父の死後に介護士の資格を取り、まじめに仕事していた。きちんと自分なりの介護日誌もつけていた。だがそこには出勤しなかった日の記録もあった。なぜか?利用者宅に盗聴器をつけていたのだ。そこまで来ると、単に同情のために殺人をしていたとは言い難くなると感じた。
一方大友の母(藤田弓子)は彼女が幼い時に離婚し、女手一つで娘を育てたが、最近自分の老いを感じて自ら施設に入った。そのための資金も蓄えていたのだ。大友は、母が自分に迷惑をかけないようにそうしたのだと感じていた。忙しいが月に一度は施設に会いに行く。母はにこやかだが、娘にトイレの介助はさせず職員を呼ぶ。そして、だんだん認知症が進んでいっているようだ。母はクリスチャンだが大友は違った。斯波も信仰はもっていないが、ミニマリストかと思うような彼の自宅アパートには聖書があり、その中の「自分がしてほしいと思うことを他人にもしてあげなさい」という内容のところにラインマーカーがひいてあった。
私の場合は信仰があるが、その師は、命と言うものは最高に尊く、一日でもこれを延ばすならば、世界中に敷き詰めた宝よりも貴重だと述べている。斯波もむしろちゃんと信仰を持ったほうが良かったのだ、であればこんなに殺人を犯すことはなかったのではないか。(というかむしろ斯波が人の生殺与奪を行う神気取りなのか?)行政・社会・共同体の手で掬い上げるべき人や事柄をセイフティネットというが、斯波はその穴の中から落ちた側だという。斯波は大友に、検事さんは高みから僕らを見下ろしている、そんな人たちにこちらの気持ちはわからないというが、そう思われても実際仕方ないであろう。そのことは大友もわかっている。それでも、だからといって殺人は認められないというしかない。
身内を殺された利用者に話をきくと、戸田菜穂はまだ何も考えられないと言い、坂井真紀は、私は救われたという。受け取り方は様々だ。しかしこの日本中の関心を集めた事件は結審した。判決を言い渡す会場には、傍聴席に座った戸田菜穂の叫び声が響いた。「人殺し!!お父さんを返せ!!」そして係員によって彼女は外に連れ出されたが、その時、斯波は振り返って、そちらのほうを見た。これまで「自分は救ったのだ」と言って曲げることのなかった斯波が初めて表情を変えたのだった。
判決の内容については明らかにされなかった。しかし、無罪であるわけはない。執行されるかどうかは別として、死刑のある日本では死刑が決まったのではないだろうか。一人分の嘱託殺人(これはお父さんの分)と、41人分の殺人。
いくら介護地獄の苦しい毎日だったとしても、情の通った家族を奪われることが果たして救済になるのか。頼んでもいないのに。その家族は認知症で普段全く意思の疎通がなかったとしても、時折ふと穏やかな顔を見せたり微笑んだりすることはないのだろうか。慈しんでくれた過去の思い出は蘇らないのだろうか。敬愛していた自分の親が壊れていくのを見るのは忍びないと思うが、今の姿でも受容することは可能だと思うし、いくらかの恩返しを、他人の手を借りながら行うことはできるのではないだろうか。もちろんほかの身内や縁者や行政などからのサポートは、できるだけ大きく受けたい。再婚を決めた坂井真紀が相手に言うように、人は他人に全く迷惑をかけずには生きていくことができないのだと思う。
大友は、母に会いに行き、「お母さん、私が娘で本当に良かった?」と訊くと、泣き出してしまった。母は、「よしよし」と、幼いころのように彼女を撫でてくれた。こちらも涙が出そうになった。私の母も女手一つで娘を育ててくれたが、二人ともまだ大学生の時に、癌で亡くなった。
判決後、大友は拘置所(?)の斯波のもとに面会に行く。そして告白するのだった。自分は別れた父からの再三の連絡を無視していました、そして父は、亡くなってしばらくしてから発見されました、私があのときちゃんと父にむきあっていればそんなことには・・・・。と涙にくれた。そして、斯波の家にあった赤い折り鶴を渡した。折り鶴は斯波が介護していた人によくあげていたが、その赤い鶴は斯波の父が彼にくれたもので、開くと中には父からのメッセージが書いてあるのだった。・・・・それはここには書かない。
大きく報道されることは少ないにしても、実はしょっちゅう起こっている介護疲れによる殺人、自殺、無理心中。
決して他人ごとではない、そう、自分のこととして、今しっかり考え、また話し合っていかねばならない。
そのことを訴えかけている作品だった。主演の二人、また、藤田弓子、柄本明らの演技が素晴らしかった。おまけだが、大友検事の事務所に勤める鈴鹿央士くんが可愛くて、とてもホッとするキャラで、私は彼に救われた。(o^―^o)