11/9リスペクト、11/12モーリタニアン黒塗りの記憶、11/30ディア エヴァン-ハンセン。
その後に見たのが「彼女の好きなものは」だったのだけど、先に書いちゃった。
「リスペクト」は、偉大なる歌手アレサ・フランクリンの伝記映画。知らない人は知らないだろうけど、素晴らしい歌手で、米黒人の人権問題にも取り組んだ人。まえにレポートしていた「サマー・オブ・ソウル」のコンサートにも出演していたが、残念ながらもう故人。
演じたのはドリーム・ガールズにも出ていた歌手で女優のジェニファー・ハドソン。
アレサはデトロイトの割と大きな黒人向け教会の牧師の娘たちのうちの一人。この当時は(日本で言えば昭和30年代か)乗るバスも映画館も教会も学校も、白人と黒人の利用する場所は分けられていた。つまり、白人用は綺麗で新しく、黒人用は古くて汚いとかの差別がまかりとおっていた。パパはアカデミー賞受賞俳優のフォレスト・ウィッテカーが演じた。黒人たちの集まるミサでは今では日本でもおなじみのゴスペルが歌われ、アレサら姉妹は歌が上手で人気者。パパもホームパーティ(ダイナ・ワシントンやエラ・フェッツジェラルドまで来るような会(@_@))で、アレサに歌わせて、彼女は拍手喝采を浴びる。
彼女はだから黒人のレベルでいえば経済的に恵まれていたのだが、ママがいなかった。ママは、離婚していて、たまにしか会えない。でも、きれいでピアノと歌の上手なママはアレサの憧れで大好きだったのに、若くして亡くなってしまう。きっとママが離婚した理由は、パパにぎっちり束縛されたからだろう。そして結局アレサはママと同じような運命を辿るのだった。娘への愛情は強いのだが、パパの押し付けや束縛は凄い。ただ、昔は「女三界に家無し」だったからね。人種や生きる場所を問わず・・・(-_-;)。しかも彼女は幼くして教会関係者に半ば騙されて、妊娠・出産するが、誰の子かは決して言わないのだった。健気。
その後歌手としてレコード会社と契約した彼女は父から逃れるように結婚するも、なかなか売れないし、やっぱりマネージングする夫の締め付けが強かった。結局彼女は何度か結婚し、そのたびに子供を産んだ。彼女の願いは子供たちと仲良く暮らすことだったのに、その後売れたのに願いがかなわない。気持ちを紛らわすためのお酒でボロボロになって、仕事の合間にキング牧師らの公民権運動に賛同してその会で歌って・・・・。傷ついても傷ついても自分の歌を杖としてあの時代を生き抜いた彼女の生き方は、凄まじく、また尊敬に値すると思う。
タイトルの「リスペクト」は、有名な彼女のヒットソングのタイトルだけど、そこには、自分を尊重しない男たちや社会に対しての、心の叫びが現れている。それにしてもアレサの歌もジェニファーの歌も素晴らしかった。サントラ買おうかなと今頃思っている。
写真は、彼女が売れるきっかけとなったレコーディング風景。それまでの都会のレコード会社のスタジオから離れ、田舎の一軒家スタジオで、スタジオミュージシャンたちとセッションしながら作り出したサウンドが良かったのだ。
「モーリタニアン黒塗りの記憶」は、事実に基づく映画で、モーリタニアンとは、あの9・11の同時多発テロの首謀者の一人とされて、故郷で拉致逮捕されてから長い間裁判もなしにキューバにあるグアンタナモ刑務所に拘束されていた男モハメドゥ・ウルド・スラヒのこと。モーリタニア出身だからそう呼ばれたが、彼は全くあのテロとは関係なかった。ただ、知り合いの知り合いにその関係者がいたというだけだったのに、その男が名前を出したからテロリスト扱いされてしまったのだった。長いこと裁判もないということは、つまり起訴するだけの証拠がないということなのだろうがずっと収監されたままなので、故郷の家族から保護願いが出て、その依頼を受けた弁護士・久しぶりのジョディ・フォスターが弁護に来る。やっぱりジョディ・フォスターは出演する作品を選んでるなあ。社会派の骨太の作品で、彼女の演じる実在の人権派弁護士ナンシー・ホランダーにはルックスも寄せてある。
アメリカの社会的には、彼が関与したのが事実であろうと無実であろうと、さっさと処刑でもしてしまったほうが受け入れられるのだ。それに対し彼を擁護・弁護しようとする法律家も人権活動家も、家族や友人らからつきあいを避けられる。
一方、軍のほうでも、逆にスラヒを有罪にして断罪(処刑)するために、海兵隊検事のカウチ中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)に任務を命じる。彼は友人があのテロで墜落させられ亡くなっているので意欲を燃やすが、調べていくと、どうにも調査書(供述調書)が足りない。
奇しくもホランダーとカウチは同じ問題にたどり着いたのだった。カウチは早く起訴しろという圧力に抗しながら、CIAにいる友人の協力を得て、文章を黒塗りで隠した黒塗りだらけの極秘調書を手に入れる。ホランダーも彼に近づき、また別ルートから辛うじて黒塗り調書を見る。
ことの真実は、軍の将軍の命令を受けたグアンタナモの大佐が、看守らとスラヒに拷問を繰り返し、また母に危害を加えると脅し、正常な判断ができない状態で罪を認めるとサインをさせていたのだった。このことを大佐に問いただしたカウチは解任され、友人らから孤立する。しかしホランダーは禁じられている拷問によって署名させられた調書は無効だと、スラヒに米国を訴えさせるという奇策に出て、結局スラヒは勝利した。勝利したのにも関わらず米国は控訴し、計14年間拘束され、その間に最愛の母は亡くなっていた。( ノД`)
彼はグアンタナモ・ダイアリーという本を書き、(映画の原題)それは各国で出版されたのだった。日本でも出ている。しかし、それにしても、その間の収監(特に前半は劣悪な環境下だった)を耐え抜き、自殺することもなく頑張り続けたスラヒのタフな人間性はたいしたものだ。タハール・ラヒムの演技も風貌もすごく作品に合っていたと思う。真面目で真実に対し誠実な中佐にカンバーバッチは相変わらず演技もうまく合っていた。この作品は多くの映画賞の各賞にノミネートされており、(一部はもう受賞ずみ)この先きっと複数受賞するだろう。
「ディア エヴァン・ハンセン」
これはブロードウェイのロングラン・ミュージカルの映画化。主演の彼は、舞台でも主演をつとめていた人、ベン・プラット。
内気で友達もいない高校生エヴァンは、看護師のママと二人暮らし。ママは仕事で家にいないことも多い。夏休みに森林保護のボランティア研修に行っていたときに木から落ち(ほんとは自殺未遂)、骨折して左腕にキャスト(ギブス)をつけているが、そのキャストに落書きや励ましの署名をしてくれる学友もいない。彼は心療内科のカウンセリングで、医師から自分あての手紙を書くように言われて、学校の図書館でPCで書き、プリントアウトするが、それを乱暴な言動のため学校で浮いているコナーに見られて奪われてしまう。しかもコナーはエヴァンの好きな女の子の兄なのだ。がっくりしていると、エヴァンは校長先生に呼ばれた。何事かと思えば、なんとコナーがあの後自殺してしまい、その彼のポケットにエヴァンあての手紙(遺書)が入っていたと。それで友達がいないと思っていたコナーに友達がいたと彼の両親が喜んで、ぜひエヴァンを家に招いてコナーとの交友の話を聞きたいといっていると。
完全に誤解なのだが、気の弱いエヴァンは断り切れずにコナーの家に行き、しかもついつい悲しんでいる家族のために(妹は兄にいろいろ痛い目に合っていたから違うが)サービスで彼との思い出エピソードを作って語ってしまった。(-_-;)やめときなよ・・・。
その話は、いつしかクラスメートによって、思い出の場所であるが今は閉鎖されているりんご園を再開させようというクラウドファンディング話にまで発展してしまった。SNSでもフォロワーが「万」つき、ひっこみがつかなくなっていったが、でも彼は現実と今勝手に膨らんでいる虚構(美談)とのギャップに苦しくなってしまった。さて、彼はどうするのか・・・。
ベン(エヴァン)がいじらしくて、切なくなる。その彼を慈しみ一生懸命に育てているお母さんも、また、息子を失ったコナーのお母さんの、息子の思い出にしがみつく気持ちも、母親とは違うコナーの父親(しかも生さぬ仲なのに大事に育ててきたのだ)の気持ちも胸に迫る。
エヴァンの父は、若い女に走って離婚し、遠い別の街にいるんだって。ヤレヤレ。(;´Д`)
全体に、ミュージカル仕立てだから、辛い場面でもなんとなくホッとする感じがする。そして最後には温かい気持ちで映画館をあとにすることができる作品だった。エヴァン、少数だけど卒業までに友人ができてよかったね。