ここで私がぶつぶつ言ってもなんの影響力もなくて蚊がつぶやくようなものなんだけど、ちょっとやっぱりガスぬきしないと落ち着かないので書いてみる。
タクミ君シリーズ完全版、すなわちそれぞれの既刊本のなかのエピソードを取り出して時間軸に従い順にならべたもの+描き下ろし、全11巻。第3巻まで読んだ。
第3巻のタクミたちが祠堂学院2年生の9月のできごと、「告白」について。さきに収録されていたのは、「虹色の硝子」。
この「告白」の主要な登場人物は、ギイをのぞけば3年の生徒会会計岡嶋英彦と1年の級長の一人呉良介。岡嶋は愛のない体の付き合いのできる子でしかもハンター。人を見抜く力の優れたギイは良介に岡嶋に近づくなと言っているのだが、彼は岡嶋に惹かれていて、岡嶋も良介に惹かれている。ギイが昔から良介を知っているのは、良介の父がある銀行の頭取でギイの父の会社が出資者だから。呉家は日舞の家元で、良介の兄が日舞の名手で後を継ぐわけだがまだ若く、現呉流トップの祖母と兄の間に指導者層が薄い。それで良介も期待されていたが、その踊りは厳しい祖母のお目にどうにもかなわず、追いやられるように山奥の祠堂に入学させられていた。
それならそれで父のように経営者にという手もあると思うのだが、彼は踊りが好きだったのだ。なのに秋の重要な流派の行事「お披露目会」に参加するなという通知が来て、彼は7月に一人で学園内の林でエニシダの咲く茂みに隠れて泣いていた。それを、逢引きに好都合な場所を探していた岡嶋に見られてしまったのだが、その泣く姿が美しく清く切なげでいじらしく、岡嶋は以来良介が気になり始めた。プラトニックに。
その後詳しくは書かないが、岡嶋は恋人(彼にとってはセフレというべきか)との仲を清算し、良介が奥の手を使ってお披露目会に出て踊るので、会場にかけつける。ギイは招待されていたのでその会場にいたのだが、客席に岡嶋を見つけて貴賓席から抜け出した。そして、岡嶋が今は本気なのがわかって反対するのをやめ、良介が見違えるような素晴らしい舞を踊ったあと彼をつれて楽屋にいくのだが、当の良介は、ルールに厳しい祖母に思い切り平手打ちにされてよろめいた拍子に壁に頭を打ち、救急車で病院に運ばれる。そのため良介は、なんと、全聾になってしまうのだ。(両耳ともほとんど聞こえないという意味ね)
そして自暴自棄になった良介を、毎週末外出許可をとって岡嶋は病院に通い、なんとか立ち直らせる。かれらが学校の図書室に来て、たった一冊しかなかった手話の本をたまたま図書当番をしていたタクミから借り、「私はあなたを愛しています」という手話をまず岡嶋が繰り返し、それに涙をこぼしながら良介も同じ手話を返した。(タクミはその手話だけは昔学校の先生から教えられて知っていたのだ)そして人目もはばからず岡嶋は良介を抱きしめるのだった。
ここまで読むと美しい告白の話なんだけど。ここから蚊がぶんぶんうるさくなる。
まず、老女が張り倒したくらいでは、壁に側頭部を打っても、耳から血が垂れるようなこと(側頭骨骨折)にはならない。脚立から落ちて、とか階段や窓から墜落して、とか交通事故で、ならあるが。とにかく強くぶつけないと折れない。いや折れても、この場合片方であって両方は折れない。折れ方も縦骨折と横骨折とあって、それによりめまいを起こすか難聴になるかである。でもそれも安静にしているうちそれなりに回復する。「手術しても鼓膜がだめだった」と書いてあったが、鼓膜に大穿孔があっても聾というほど聞こえなくはならないし、再手術も可能だと思う。また、外耳中耳の問題なら適切な補聴をすればよい。もし万一片耳が外傷で高度難聴になったとしても、もうひとつの耳は無事なはずである。
百歩譲って両耳聾になったとして、人工内耳の埋め込み手術を行えば聴力回復の見込みはある。今は健保適用されたからむしろ適応が絞られた感があるが、そうでなかったころは高級車を買うくらいの金額で自費で手術した人も結構いた。この話が書かれたころにも東京あたりではぽつぽつ行われていたと思う。それに家元なら出せる金額である。
そして、幼い時から高度難聴だったら手話も使うが、普通に聞こえていた人の中途失聴だと、むしろ読唇と補聴の組み合わせのほうが現実的だ。手話はたいてい失聴した人のほうも一から覚えることになるし。(手話で伝えるほうが胸に迫るだろうとは私も思うけど)
実写「虹色の硝子」(タクミくんシリーズ第二作)でも、鈴木君の病気は進行性で命に及ぶ神経筋疾患となっていて、それは納得できたが、原作では(まだ読んでないけど)血友病だったらしい。しかし、血友病は今はもう、即致命的なものではなくなっていて、それを考えて実写のスタッフたちで色々調べ、その病気を見つけ出してその設定にしたという。原作を世に出した時点でも(1988年)もうすでに凝固因子の血液製剤などは実用化されていたと思うのだが。。
というわけで、もっとその辺をリサーチするかブレインを置けばいいのになあと思うのだった。
これは物語文学だからそんなことはこだわらなくていいのかもしれないが、気になる人は気になるのである。だからリアリティも必要なんだよね。
・・・・って、すでに誰かが耳の話も血友病の話も作者の耳にいれてるんだろうけどね。