舞(ゆかり)と亜矢、ふたりの不自然な突然死に和美が関わっていると考えた俺はその真偽を確かめるべく、和美に連絡を取ろうとしていた。
そんな矢先、彼女の方から入院したので見舞いに来て欲しいという連絡が来た。
「ごめんね。こんなトコに来てもらって。でもあたし、身寄りがいないから。」
和美は高校生の時、両親と弟を自動車事故で亡くしていた。
「アラサーでまさかのステージ4よ。結構進行しちゃったみたいで・・・」
和美によると胸の小さな小石のようなしこりが2年前からあり、それが大きくなってきたので病院で診てもらうと、まさかの乳がんのステージ4だったという。
骨と脳に転移していたため、手術不可で抗がん剤治療をしていたが、その抗がん剤も効かなくなったため緩和治療のみ。末期になったようだった。
「あなたが何を言いたいのか、だいたい察しがつくわ。」
「言っておくけど、あたしは彼女たちを呪ったり絶対にしていないから。」
舞も亜矢も亡くなる際、人の形をした白い煙のようなモノが現われて急死していた。
和美はタロット占いを生業とする巫女のような女。
彼女の占いは非常によく的中するということで、占いやスピリチュアルな世界では有名人。人を呪うなんてことはたやすいことと思えた。
「いや、俺はそんなことまで思っていないよ。ただ、何か腑に落ちなくて・・・」
当然ながら、呪うというのは現代では何の咎めもない。
非科学的なことであり、法的にも何の問題もないのが呪いである。
でも、その発想が気味悪いのは事実だ。
「あたしね。この前余命宣告されたの。そう遠くない日に自分がこの世からいなくなるって考えたら、怒りとも悲しみともつかない感情が湧いたわ。」
和美が余命宣告されたのはひと月前ほどのことだった。
「あなたは無邪気に舞さんや亜矢さんとの話を面白おかしくしてたよね。」
「年上のあたしは若い頃にはよくある話って、今までは聞き流せたものが余命宣告されて聞き流せなくなったの。」
和美ががんを患っているなんて微塵も知らないでいた俺は姉さん気質の和美にあることないことを呑気に話していたのだ。
「それに、あなたが大会社の御曹司ってことは彼女たちに知らせないのは良くないと思った。だから、あたしが彼女たちに間接的に教えたの。」
「彼女たちには本当に幸せになったもらいたかったから。」
なるほど。
急に俺が御曹司ってことで彼女たちが騒ぎ出したのはやはり和美がリークしたものだった。
舞か亜矢か、どちらが俺と結婚するかは優柔不断な俺には決められまいと考えた和美は先に"子どもができた方"と考えていたようだった。
「だけどね。やっぱり悔しかったの。口惜しかったの。」
「彼女たちはあなたと交際を続けられる。あたしは体調悪いし、先が長くない。」
「そう思うと、何とも言えない気持ちにさせられたの。」
「だからかもしれない。私の強い情念が生霊を生んだのだと思う・・・」
生霊。
古来から生きている人間が強い情念を持つと無意識にその魂が肉体を離れて、情念に関わる人物の前に現れ、時に恐ろしいことを起こすという。
「悪かったよ。俺、和美の病気のこと何も知らなくて、愚かだな・・・・」
余命宣告を受けた人に色恋沙汰にまつわるエピソードを聞かせて、得意になっていた自分がとてつもなく恥ずかしかった。
「いいのよ。病気のこと知らなかったんだから、仕方ないわ。」
「でも・・・でも、もう少しあたしのことも女として見てもらいたかった。」
「彼女たちより年増だし、あなたから見てもオバさんかも知れないけど、もう少しひとりの女として見てほしかった。」
和美はそういうとポロポロと涙をこぼしはじめた。
「あたしも女として、抱いて欲しかったの!」
「あなたの母親や姉の代わりじゃなく、女として扱って欲しかったの!」
彼女の本音、心の叫びだった。
和美に謝る訳にはいかないし、反対に責めることもできない。
俺はもう何も言えなくなってしまった。
「彼女たちには申し訳ないと思っているわ。あたしの情念が生霊を生み、それが彼女たちの命を奪ったのだとしたら、大変なことをしてしまった。でも、どうすることもできなかった。わかってほしい。」
呪うだの、生霊だのスピリチュアルなオカルト世界のことを男女が真剣な雰囲気で話し合っている様は傍から見たらとても奇異なものに映っているに違いない。
「ああ。わかっているよ。」
俺はそう言うのがやっとだった。
「あたしは緩和治療は受けないつもり。」
「彼女たちを死に追いやったんだから、せめて病の痛みに苦しんで死んでいくことで償うつもりよ。」
「何もそんなことまでしなくても・・・・・」
俺はそう言いかけたが、和美の真摯な様子に言葉を失った。
それからひと月後、和美は静かに息を引き取った。
俺は一気に3人の女を失ってしまった。
そして、3人の女の中でもっとも深く深く心の底から俺を愛していたのは和美だった。
亡くなった後、彼女の部屋からは俺宛に書いたと思われる手紙が大量に出てきた。
そこには決まってある言葉が綴られていた。
"いつも愛している"
俺はもっと彼女の真摯な想いにキチンと向き合うべきだったと悔やむばかりだった。
女は魔物という人がいるが、それは女の強い情念を愚かな嫉妬の類として扱う男の偏見から起因しているのかも知れない。