「夕日がきれいね。素敵なところだわ。」
舞はそう言って少しはしゃいで見せた。
俺の子を妊娠したといって結婚を求めてきた舞。
本名は"幣原ゆかり"というらしいが俺にとっては今も偽名の舞だ。
二十歳の時、精巣炎で自然妊娠は無理と診断されたことを告白しても信じない彼女に今一度ゆっくり二人きりで話をするべきだと思い、伊豆高原にある親父の別荘に来ていた。
「今夜はここに泊まるの? うれしい!」
すっかり俺が結婚する気になったと誤解している彼女はそう言ってご満悦の様子だ。
「ねぇ、しようか?」
意味深な眼差しで誘惑してくる彼女。
「妊娠してんだろ? マズいんじゃないのか?」
俺がそう返すと彼女は「そんなの大丈夫よ」と答えて、俺に抱きついてきた。
情けないが、女好きの俺は誘惑されると弱い。
気づけば俺はベッドで彼女と腰を絡めていた。
「いいわ、いっぱい出して! 一緒にいきたい。」
女の求めに応じるように俺は「行くよ」と言いながら激しく腰を振って果てた。
夕日はすっかり落ちて別荘の寝室は闇に包まれていた。
「ねえ、ちょっとあそこ見てよ。誰かいるんじゃない?」
彼女が指さした方向を見ると寝室のドアが2~3センチ開いていた。
確かに何となく人の気配がするのを俺も感じたが、暗くてわからない。
「いやだ! 誰かが覗いているよ。」
彼女がそういうと寝室のドアの隙間から人の眼のようなものがこちらを凝視している気がした。視線を感じたのである。
「誰だ!」
俺は咄嗟に叫んで寝室の電灯をつけたが、もちろん誰もいなかった。
「大丈夫だ。気のせいだよ。」
俺がそういった直後、ダンという音がして電灯が消えた。
どうやら何かの原因でブレーカーが下りたようだった。
「いやだ~。怖いよ。」
全裸だった彼女はそう言って俺にしがみついてきた。
「大丈夫だ。」
俺はそう言って、スマホの明かりを頼りに別荘の玄関にあるブレーカーを上げに寝室を出た。
廊下に出るとその先に何か白い煙か霧のようなものがうごめいていた。
「何かが燃えている?」
漏電で電線から火が出ていることを俺は懸念したが、キナ臭さは皆無だった。
次の瞬間、廊下の先でうごめいていた白い煙はスッと一本の柱にその形を変え、ドンドンこちらに近づいてきた。
白い煙のような柱は近づくににつれ、人のような形をしていることに気がついた。
人の形状をした白い煙は俺の脇を何事もないようにスッと通り過ぎ、俺が振り返ると何もなくなっていた。
「今のは何なんだ?」
とにかく俺は玄関にあるブレーカーを上げると、パッと別荘の電灯がついた。
「キャー!」
寝室から悲鳴が聞こえ、俺は慌てて彼女のもとへ走った。
そこには全裸のままでベッドに横たわる彼女の姿があった。
「舞! どうした! 大丈夫か!」
俺は叫び、彼女の体を揺さぶったが何の反応もなかった。
よく見ると息をしておらず、脈もないことに気がついた。
「おい! 死ぬな! 今、救急車呼ぶからな!」
スマホで救急車を呼ぼうとするも何故か電話がつながらない。
発信状態にならないのである。
「どうなってんだ! これは!」
やったこともない心臓マッサージの真似ごとをしながら、何度も救急車を呼ぼうと必死になる俺。
「誰か! 誰か助けてくれ!」
そう叫んで、ようやくスマホがつながった。
しばらくして救急車が到着したものの、既に彼女は心肺停止状態だった。
病院に搬送されるも蘇生はできず、死亡が確認された。
医師はおそらく心室細動による突然死だろうという診立てだった。
俺とのセックスで血圧や脈拍が変わり心室細動を誘発したのではないかという話だったが、誰かの視線、白い人の形をした煙、つながらないスマホは何か怨念めいたもの
を感じざるを得なかった。
亜矢は自殺未遂、舞いや幣原ゆかりは突然死・・・・。
俺と付き合っていた女が立て続けに不幸に見舞われるのは単なる偶然なのだろうか?
残る女は和美。
彼女は占い師で不思議な予知力がある巫女のような女だ。
まぁ、怨念みたいのは避けられるだろうと考えているうちにハッとした。
怨念って・・・まさか和美が2人を呪ったんじゃないのか?
そんな非科学的なことを真剣になって考えている俺はアタマが尋常じゃないと思いつつも、その疑念を払拭できないでいた。
もしかして亜矢にも何か得体のしれないモノが襲い掛かって、命を落としかけたのではないだろうか?
自殺未遂じゃなくて、本当は得体のしれないモノから逃れるために飛び降りたのではないか?
そのことを確認したくて、避けていた亜矢に俺は連絡を取ることにした。
そして俺のその行動が新たなる悲劇を呼び起こすことになろうとは夢にも思わなかった。