放火と殺人未遂で逮捕された娘の公判がはじまった。

 

残念ながら娘の裁判は公訴事実を争わない、いわゆる自白事件扱いであり、情状酌量で執行猶予を得ようとするものであった。

 

検察側の冒頭陳述によると娘の職場に、娘を妊娠させた家庭教師だった男が2年前に転職してきて不倫関係になった。

 

男の妻が不倫に気づいて娘と激しい口論となり、これを深く恨んだ娘が私の車を使って夜半に男の自宅に行き、玄関付近にポリタンクに入れた灯油をまいて火をつけ不倫相手の家を半焼させたというものだった。

 

取り調べで娘が「不倫相手の妻を殺してしまいたい気持ちがあった。」と供述したため殺人未遂の罪もつけられていた。

 

私が依頼した弁護士は情状証人を出して、娘もまた被害者であるという戦略を立てており、情状証人として出頭したのは娘の親友だった。

 

 「亮子は上杉さんとの交際に悩んでいました。」

 

娘の親友はそう切り出した。

 

 「被告人、いや亮子さんは上杉さんとの交際の何に悩んでいたのですか?」

 「奥さんがいる相手と不倫交際しているということですか?」

 

弁護士がそう尋ねると、娘の親友は意外なことを言いだした。

 

 「不倫交際もありますが、それよりも上杉さんが避妊してくれないことでした」

 「俺の愛は中に出すことだって言って聞かず、女はピルを飲むべきだと。」

 

ほんの少しだが傍聴席からざわめきが起きた。

 

 「他に亮子さんはどんな悩みをあなたに打ち明けたのですか?」

 

弁護士が再び尋ねると、彼女は毅然とした雰囲気でこう言い放った。

 

 「愛されていない。自分を性の捌け口にしか考えていない気がすると。」

 

 「親友のあなたはそれを聞いてどう思われましたか?」

 

弁護士の質問に対し、彼女は「私もそう思いました。」と答えた。

 

彼女の証言によると、娘の不倫相手である男とのラインでのやり取りは決まって性的な表現に終始したエロチックなもので「こんなプレイをしてみたい」だの「いつセックスできるのか」といった内容ばかりだったという。

 

娘は男に嫌われたくない一心から「エッチですね」、「もう少し我慢してね」といったレスポンスをする一方、男から愛されている、大事に想われていると感じられる言葉が皆無なことに悩んでいたのだという。

 

そんな中、娘は不倫相手の男の子どもを妊娠してしまい、男は中絶を強く要求。

心配した娘の親友が中絶に付き添ったということだった。

 

 「自分の性欲のために娘を二度も中絶させやがって!」

 

私は心の中で娘の不倫相手の男を心底憎んだ。

 

 「でも、それだけではありませんよね?」

 

弁護士が更に証人の彼女に問いかけると「はい」と返して驚く発言をした。

 

 「亮子が中絶して数日後、私たちの前に上杉さんの奥さんが現れたんです。」

 「お腹が大きくなっていて妊婦さんでした。」

 「奥さんは金輪際、上杉さんに近づくな。泥棒ネコが! と言いました。」

 

 「それで、どうしたんですか?」

 

弁護士が訊くと

 

 「奥さんは大きな声で言ったんです。」

 「あなたは夫の子を堕したんでしょ。あたしは産めるのよ。わかる?」

 「あなたは産めないの。あたしは産める。あなたは夫の性の捌け口なのよ。」

 「自分のこと考えて赤ちゃん堕ろすような女、女として最低だわ!」

 

そうゆう言葉をレストランで食事をしていた娘と親友の彼女の前で不倫相手の妻は投げつけたのだという。

 

 「放火といいますが、こうゆう背景がありますこと斟酌いただければと思います」

 「証人の発言を終わります。」

 

弁護士はそう言って締めくくった。

 

わたしはこれを聞いて、本当は娘が被害者で加害者は不倫相手の夫婦の方ではないのかとまで思ってしまった。

 

悔しかった。

悔しくて、悔しくて、涙が出た。

見ると妻も同じだった。

 

何で娘が二回も同じ男から中絶を強いられ、挙句になじられて傷つけられなければならないのか、理不尽だと思った。

 

 「大丈夫ですよ! 有罪でも今回は必ず執行猶予が付きますから。」

 

弁護士は私や妻に自信あり気にそう豪語した。

そして、ついに判決の日を迎えることとなった。