放火の容疑で逮捕された娘。
その娘が放火した先の相手の名を妻は知っているようだった。
「上杉君は亮子が高校受験の時に数学を教えに来ていた家庭教師の大学生よ。」
「家庭教師? 大学生?」
当時、私は仕事で多忙だったためか娘の高校受験のことは何も記憶がなかった。
娘の進路については妻に任せっぱなしで、家庭教師を雇っていたことすら知らなかったのだ。
「それがどうした? 亮子の家庭教師と言うだけだろう?」
すると妻は言いにくそうに口を開いた。
「上杉君には亮子が高校に入っても引き続き数学の家庭教師をしてもらっていました。だけど・・・・・その・・・」
「高校1年の夏に亮子が妊娠してしまって・・・・上杉君とのね・・・」
衝撃だった。
自分の娘が高校1年で妊娠して、中絶していたことなど私は何も知らなかったのだ。
「あの時、とても辛かったわ。あなたは仕事仕事で、聞く耳持たなかったでしょ。」
「それからよ。私が外で働こうとしたのは。とても家に一人でいられなかったわ。」
妻がパートに出たきっかけが娘の中絶騒動にあったことなど知る由もなかった。
「上杉君には辞めてもらったわ。亮子とも別れさせました。お互い学生だしね。」
「でも亮子は上杉君との赤ちゃんを産みたい、結婚したいって泣いて・・・・」
そう言うと妻は唇を噛んで、私にこう言い出した。
「上杉君は亮子とは遊びだったの。亮子に誘惑されたって言ったのよ。」
「何だよ、それ! そんなこと高校1年の子にできるかよ!」
思わず私は叫んでしまった。
「でも、そいつとはそれで終わったんだろう?」
と訊ねると、妻も「そうだとばかり思っていた」という返答。
推測でしかないが、娘がその男と再会して交際し、後に妻帯者ということが分かってモメた挙句の放火だとすれば、何となく察しがついた。
「とにかく亮子には良い弁護士をつけよう。ちょっと心当たりがあるから。」
私は妻にそう言うと、妻の不倫騒動で世話になった法律事務所に連絡を取ることにした。
民事専門の法律事務所なだけに刑事事件に対してどこまでできるか不安はあったが、
悠長に弁護士を探している時間もなかった。
そして、裁判を通じて想像を超える驚くべき事実が次々と明らかにされていくことになろうとは想像だにしなかった。