「冴羽さん、事情は把握いたしました。あとは我々にお任せください。」
妻の不倫を口実に500万円の示談金を要求された私はやむなく、会社がよく使っている法律事務所に駆け込んで相談することにした。
「恐らく、奥様の不倫は事実ではないかと思われます。」
「ただし、相手が主張するすべてが事実ではありません。都合よく言うのです。」
「何がファクト(事実)で何が虚構なのか見極める必要があります。」
弁護士からも妻の不倫は事実だといわれると何とも言えない気持ちになった。
「そこで、私どもが提携しているプロの興信所を使って徹底的に調査します。」
すると法律事務所の相談室にビジネススーツを着込んだ探偵が入って来た。
「はじめまして。佐々木と申します。」
そう言いながら私に名刺を差し出すと、弁護士の隣にサッと着座して私を見据えた。
「冴羽さんには3つのことをお願いしたい。」
「一つは奥様に不倫に関わる一切の話題をしないこと。要するに、見て見ぬフリをしていただきたい。」
「二つ目は、私たちとの連絡用にこのスマホを持ち歩いてください。」
そういって何の変哲もないスマートホンを探偵は私の目の前に置いた。
「最後は奥様のスマホとこのスマホを繋げて、奥様のスマホにデータを送り込んでもらいたい。だいたい30秒で完了します。」
「何のためにですか?」
私が探偵にそう尋ねると、探偵はニヤリと笑って
「奥様のラインのやり取りをモニターするためですよ。つまり、盗み見です。」
「最近は皆さん、ラインを使ってやり取りしているんでね。」
やはり探偵が法律スレスレのことをやってのけるという噂は本当のようだった。
「わかりました。」
私はそう言って、帰宅することにした。
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「ただいま。」
リビングに入ると妻と娘が2人して夕飯の支度をしている最中だった。
「ねぇ、お父さん。明日の土曜だけど車を借りてもいい? 友達と伊豆行くの。」
25になる娘がそう言って近寄って来た。
「構わないけど、事故だけは気をつけろよ。」
私がそう言うやいなや今度は妻が
「ちょっと亮子! 帰り遅いの? お母さん、明日は仕事で帰り遅いのよ。」
妻は10年ほど前から百貨店にパート勤めしている。
月に一回ほどは棚卸だ、歓送迎会だといって遅い帰宅になる日があったが、今考えればこの時を利用して不倫していたのだと分かった。
「お父さんの夕飯どうしようかしら。困ったわ・・・。」
妻はそう言って困惑して見せた。瞬間、役者だなぁと思った。
「いいよ、いいよ。何か適当に外で食べるから、俺のことは気にするな。」
私がそう言うと妻は「ごめんなさいね。」と言いながら、夕飯を食卓に並べた。
するとその時、探偵から渡されたスマホが鳴った。
「もしもし、佐々木です。明日、奥様動かれるみたいですね。」
まるで今の会話を盗聴しているような感じだった。
私は妻や娘の傍からサッと遠ざかり、声を殺して言った。
「盗聴しているのか?」
するとあっさりと「はい、そうですよ。そのスマホからね。」という答え。
「いいですか、奥様が入浴されるときがチャンスです。奥様のスマホにつないでデータ送り込んでくださいよ。」
探偵の念押しに私は「わかっております。」と妻に怪しまれないよな口調で答えた。
不倫を暴くというのは盗聴までして、家庭のプライバシーを裸にしなければならないことに私は忸怩たる思いだった。