「すいません。浅谷美穂の名で予約したと聞いた者ですが・・・・」

 

数日前、妻が不倫していると会社に連絡してきた浅谷美穂なる女性。

半信半疑ながら、その真偽を確かめるため私は彼女が指定してきた料亭に来ていた。

 

 「承っております。お座敷にご案内いたしますのでどうぞ。」

 

料亭の女中がそそくさと来て私を座敷まで案内した。

 

 「お見えになられました。」

 

女中がそう声をかけて襖をサッと開けると、40前後の中年女性と30前後のスーツ姿の

男性が着座して待っていた。

 

 「お忙しい中、恐れ入ります。浅谷です。お座りください。」

 

彼女はそう言ってサッと名刺を私の前に差し出した。

 

 「隣にいるのは私の会社の法務担当です。私、会社を経営しておりまして。」

 

すると今度は彼女の会社の案内と思われるパンフレットをサッと出して来た。

 

 「私、海外の高級ランジェリーや化粧品を輸入販売しておりますの。」

 「はぁ、そうですか・・・・・。」

 

妻の不倫の話で来ているのに何だか商談めいた展開に私は拍子抜けした。

 

 「それで、妻が不倫しているという件なのですが・・・」

 

なかなか本題に入らない雰囲気に業を煮やした私は自分から口火を切った。

 

 「そうですね。それでは・・・」

 

彼女はそう言うと隣の男性に目配せして、カバンから大きな書類袋を出して来た。

 

 「これをご覧ください。」

 

書類袋の中からは何枚もの写真と素行行動調査報告なる書類が入っており、その写真には間違いなく妻と見知らぬ男性が写っていた。

 

 「それに、こんな動画も撮影されています。」

 

彼女は自分のスマホを私の目の前に出すと、そこには妻と見知らぬ男性がラブホテルに入っていく様子の動画が映し出されていた。

 

 「冴羽さんの奥様で間違いないですよね?」

 

彼女の問い掛けに私は小さく頷くしかなかった。

 

 「うちの主人と奥様の関係はかれこれ10年近くになろうとしています。」

 「私、もう主人とはやっていけない。離婚を考えています。だけど・・・」

 

そう言い始めた彼女の目は睨みつけるような憤怒の表情。

睨む 女性のイラスト素材 - PIXTA さん

その表情を見ていると、やはり妻の不倫は本当なのだと確信せざるを得なかった。

 

 「私、このまま泣き寝入りはしないつもりです。訴訟を起こします。」

 「主人と奥様相手に精神的苦痛の慰謝料を払ってもらいたいと思っています。」

 

すると彼女の隣の男はサッと"訴状"と題された書類を私の前に置きました。

 

 「ですが、よく考えたら奥様は専業主婦。慰謝料は冴羽さんが払うことになる。」

 「冴羽さん、奥様の不倫で離婚されますか? されないですよね?」

 「だって、冴羽さん奥様の家の婿養子だから。違いますか?」

 

何やら強要するような言い回しに私は身構えた。

 

 「そこで私は考えたんです。」

 「訴訟なんかして、恥じ晒すよりも示談できた方がいいんじゃないかって。」

 

示談という言葉に彼女の目的はカネなのだと私は確信した。

 

 「私、先ほど会社を経営していると申しましたけど、その株を冴羽さんに買っていただけたらと思っていますの。」

 

彼女の会社の株を買え、という提案に私は驚いた。

 

 「それは、いくらですか?」

 

私が尋ねると、彼女は五本指を出して「500万円!」と言い放った。

 

 「大手メーカーの西芝に勤めている冴羽さんならはした金じゃありません?」

 「裁判になったら会社にも居づらくなるし、家庭もおかしくなりますよ。」

 「裁判で慰謝料500万払うより、私の会社に500万投資した方が得ですよ。」

 「決して、悪くないご提案だと私は思うのですが、どうでしょうか?」

 

見ると彼女は不遜な笑みを浮かべながら得意顔で私に提案してきた。

 

 「ふざけるな! 私をゆするのか!」

 

人の弱みにつけ込んでカネを強請り取る人間はクズの中クズ。

そう思っていた私はいつになく語気を荒げてしまった。

 

すると先ほどまで黙っていた法務担当という男が急に声をあげた。

オリジナル インテリヤクザに脅される - 深山りおのイラスト - pixiv さん

「社長は被害者なんだよ! てめえの女房の不始末棚に上げて何言ってんだ!」

「いいかぁ! 社長は穏便に示談で済ましてやるって言ってんだよ!」

「それをゆすりって、キサマ何様のつもりなんだよ!」

 

よく見るとこの男、高級スーツに身を包んでいるとはいえ、耳にはピアスをしていて物腰態度もカタギの雰囲気ではない。

その筋の男なのかも知れなかった。

 

 「やめなさい! 冴羽さんに失礼よ。」

 

彼女はそう言って男をたしなめたが、これは想定された芝居の気がしてならなかった。

 

 「冴羽さん、とにかく一度じっくりご検討ください。」

 「訴訟しても、しなくても私はどちらでもいいのです。」

 「どちらが得かよくよくお考え下さい。」

 

彼女はそう言って、2週間後に返答するよう私に約束させた。

何もしていない私が何でこんな恐喝まがいのことに巻き込まれないといけないのか、その理不尽に打ち震えた。

 

このままではいけない、奴らのいいようにされてしまう!

 

そう考えた私は次の反撃の一手を模索した。