私の名前は冴羽亮(さえば・りょう)

大手総合電機メーカーの西芝に勤める55歳の会社員。

7歳年下の妻と25歳になる娘を持つ平凡な男だ。

 

巷では不倫だ婚外恋愛だというのが流行しているようだが、うだつの上がらない私には無関係な世界だと思っていた。

 

あの電話が来るまでは。

 

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 「冴羽課長、4番にお電話です。」

 

外線電話を受ける時、通常取引先の名を言うのが通例だが、それがないということは

プライベートな相手ということを暗示していた。

 

 「お電話変わりました。冴羽でございます。」

 

私が電話口でそう言うと、落ち着いた感じの女性の声でこう切り出した。

 

 「はじめまして。わたくし、浅谷美穂と申します。」

 「冴羽さんの奥様である礼子さんのことで、折り入ってお話がございます。」

 

浅谷美穂という名に聞き覚えはなかったが、妻の名前はあっていた。

私は瞬間、怪し気な投資関係のセールス電話ではないかと感じて身構えた。

 

 「それで、私にどうゆうご用件でしょうか?」

 「単刀直入に言いますと、冴羽さんの奥様と私の主人が不倫関係にありまして、」

 「ちょっと、いきなり何を言い出すんですか! コッチは忙しいんですよ!」

 

予想外の不倫という言葉に耳を疑い、悪質なイタズラだと感じて私は言葉を遮った。

 

 「驚かれるのは当然です。でも、事実なんです。証拠もあるんですよ。」

 

浅谷と名乗る女性の話し方は感情のない営業トークのようで違和感しかありません。

 

 「証拠? どんな証拠があるって言うんですか?」

 「興信所を使った素行調査一式があります。これを見ていただきたいのです。」

 

今度は少し焦った感じの口調に変化したため、私は益々疑念を強くしました。

 

 「悪いですが、そんなテには乗りませんよ。そうやって私をおびき出して、何か契約をさせようという魂胆ですよね。もう、電話切りますよ。」

 

すると「待ってください! きちんと聞いてください!」という叫びにも似た声がして、こう続けます。

 

 「奥様の名前は冴羽礼子、48歳。現在、東京百貨店にパート勤務されていて・・・・・・・・・・」

 

電話の相手は妻の経歴と現在の状況を事細かく言い始めました。

そのすべてがあまりにも詳細で正確であったため、さすがの私も相手の言うことを信じざるを得ない気になっていきました。

 

 「それで私に何を相談するって言うんです? 妻に直接言ったらどうですか?」

 

妻の不倫に半信半疑な私はそう言って、この不愉快な会話から逃げようとしました。

 

 「私も女ですよ。面と向かって奥様に言って冷静でいられる訳がありません。」

 

この時だけは流石の私も「それもそうだなぁ」と相手の主張に納得。

 

 「わかりました。どこかでお会いいたしましょう。」

 

私がそう言うと、

 

 「では会社の業務用携帯でいいので番号を教えてください。」

 「折り返し、こちらから日時と場所をご相談させていただきます。」

 

という返事。

一瞬、躊躇はしたものの"妻の不倫"という青天の霹靂に気が動転していた私は携帯番号を教えてしまったのです。

 

これが私をさらなる窮地へと追い込むことになるなんて知らずに。